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33.結婚の約束

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 夕日の赤い光が特別室の窓から差し込んできていた。イチノスケとセイスケは今夜フミに付き添うために仮眠しているのでこの部屋にはいない。
 ベットには目を閉じたフミが眠っていて、ベッドの横に置かれた椅子にショウタが座っている。主治医のクボタはフミの夫であるカズマと一緒にソファに腰掛けていた。

「目が覚めましたか? 手術は成功しましたよ」
 ゆっくりと目を覚ましたフミにショウタが声をかける。
「ショウタ先生?」
 まだ意識が混濁しているのか、フミは焦点の合わない目でショウタを見ていた。
「そうです。ショウタです。また会えましたね」
 ショウタはほっとしたように笑った。フミの直腸にできた悪性の腫瘍は全て切除した。意識も無事に戻ったのでもう心配はいらないとショウタは安心する。

「私は生きることができたのですね。これで孫にも会えるし、長男の結婚式に参列できる。そして、甥の結婚式にもね」
 フミはショウタに微笑を返した。
「俺には婚約者がいるので、近い内に結婚式を挙げようと思っています」
 ショウタはミホの花嫁姿を妄想してしまい、真っ赤になりながらフミに告げる。
「ショウタ先生は赤鬼なのね。私は絶対に元気になってナルカの町に行くから、必ず招待しなさいよ」
 フミはそれが可能であると確信するほど、眼の前にいる異形の医師を信頼していた。


 カズマがベッドの傍にやって来てフミの手を強く握った。
「フミ、よく頑張った。良かった、良かった」
 カズマは流れ出る涙を拭うこともしない。
「頑張ったのはショウタ先生よ。私は寝ていただけだもの」
 笑顔のフミの目にも涙が光る。夫や妊娠中の娘、結婚を控えた息子に心配をかけずに済んだと心から喜んでした。


「ショウタ。後は私に任せておけ。サエキ兄弟もいるしな。今日はかなり力を使ったので消耗しただろう。好きなだけ飯食ってゆっくり休め」
 そう言ってショウタの肩を叩いたのはクボタだった。この異形の教え子が能力を使う時、膨大なエネルギーを消費することを彼は知っていた。
「ありがとうございます。それでは後をお願いします」
 ショウタは深々とクボタに頭を下げた。彼が医師になることができたのはクボタの尽力のおかげである。まさに、ショウタにとってクボタは尊敬する恩師であった。
「婚約者によろしくな。結婚式には私も呼ぶんだぞ」
 クボタがそう言うと、ミホを想い赤いショウタの肌が益々赤くなった。



「フミさん、大丈夫かな」
 夕方になって旅館に戻ってきたミノルはミホに訊いた。
「ショウタさんが手術するのだから、絶対に大丈夫よ」
 ミホには何も不安はなかった。あのセイスケとショウタが揃っているのだ。手術の失敗などあるはずがない。
「そうだよな。早くショウタさん帰ってこないかな」
 予定ではショウタは夕飯には帰ってくるとミホとミノルは聞いていた。
「本当にね。とってもお腹を空かしているでしょうから」
 ショウタが鬼の能力を使うと腹が減るらしいことはミホにもわかっていた。ショウタの勤務日の食事量は明らかに多い。


「ただいま。腹減った」
 ミホとミノルを待たせる程でもなくショウタは旅館に帰り着き、二人の泊まっている部屋に顔を出した。
「お帰りなさい」
「お帰り!」
 ミホとミノルは笑顔でショウタを迎える。二人はショウタの笑顔でフミの手術が成功したことを知った。

 ショウタとセイスケの部屋では夕食の用意が始まっていた。予めセイスケがかなりの追加料理を頼んでいたので、大きな座卓の上には所狭しと料理が並べられていく。
 こちらの部屋にやって来た三人は豪華な食卓に目を奪われながら、座布団に座った。

「これはハモの天婦羅だ。ケイトの名物なんだ」
 ショウタは学生時代にクボタに食べさせてもらったことがある。
「あっさりしていて、本当に美味しいわ」
 ミホは家でも作れないかとじっくりと味わっていた。
 松茸の炊き込みご飯が大きな釜ごと運ばれてくる。
 味噌で味付けた猪鍋がグツグツと音を立てて煮えている。
 色とりどりの料理が食欲をそそっていた。 


 六人前を下らない量を食べ尽くし、三人は満足していた。
 ショウタと一緒に風呂に入ったミノルは、昼間はしゃぎ過ぎたのか、早々に布団に入って眠りにつく。
 
「ミノルが眠ったのならば、少し夜の散歩に行かないか」
 ミホたちの部屋の戸を小さく叩く音がして、部屋の外から小声でショウタがミホを誘った。
「はい。今、用意します」
 婚約者で同居しているとはいえ、ミノルも一緒であるし、ショウタは夜にミホの部屋を訪れたことはなかったので、二人きりで過ごすことは稀である。ミホは嬉しくて少し浮かれていた。


 いつもは洋装のショウタだったが、今夜はは浴衣を着ていた。
 丸に近いほど満ちた月が空に輝き、その明かりが大きな川の水面で反射してきらきらしている。
 ショウタはそっと手を差し出すと、ミホは恥ずかしそうにショウタの手を握った。夜なので暗くて良かったと彼女は思う。昼間ならば火照った顔が見られてしまい恥ずかしい思いをする。

「ここがキジガワ。恋人たちが川岸を散歩したり、川岸に座って話ししたりする場所で、学生たちの間でも有名なんだ」
 ケイト帝国大学の近くには有名な女子大学がある。そこの女学生とキジガワを散歩するのが男子学生の夢となっていた。鬼であるショウタにはそのような楽しい思い出は全くなかったので、ミホとキジガワを散歩してみたいと思ったのだ。

 所々に電灯がつけられているので、周辺は全くの暗闇でもない。
「綺麗。この川は昼間も見たけれど、夜は印象が全く違うわ」
 恋人たちが訪れる場所だと聞いて、ショウタとの散歩はとてもロマンチックだとミホは感じていた。

「フミさんと大学の恩師が俺の結婚式に出てくれるらしいんだ。あの……、三ヶ月後の正月ぐらいに結婚式を挙げないか?」
 ありったけの勇気を出して、ショウタが求婚した。
「はい」
 小さな声でミホは返事をする。彼女もまた勇気を振り絞っていた。

「俺は鬼だけど、本当に俺でいいのか?」
 ショウタはミホを幸せにしたい。鬼の自分にそれが可能であるのか不安を感じていた。
「私はショウタさんと結婚したい。鬼とか人とか関係ないもの」
 ミホは優しいショウタが大好きで、ずっと側にいて医師としての彼を支えたいと思う。暗いからこそできた告白だった。明るい日の下では恥ずかしくてとても言えそうにない。
「ミホ。俺もミホだから結婚したい」
 ショウタはそっとミホの背中に腕をまわした。ミホの顔がショウタの胸に近づく。甘いミホの香りに酔いしれながら、もうミホを手放すことなどできないとショウタは思っていた。
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