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幕間
幕間1「これも『成長』と言えるのだろうか」
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『試練場』が再起動して十日も経った頃、エルドナスはようやく面会謝絶が解け、フール以外の面々との面会を許される様になった。
限られた時間のその殆どが、師のフェンティセーザによる、起動状況の聞き取りだった。
目下『学府』では、地下迷宮を造り出すシステムボックスの解析が進められているが、その目処は立っていない。
特に未だ王都による「ダンジョンマスター狩り」が行われている現在、自らの地下迷宮のみとはいえ、地下迷宮とそのシステムに精通している現役のダンジョンマスターは格好の研究対象なのだ──そこに赤の他人よりもと、師がそっとその身を張ったのは言うまでもないが。
リヴォワールドや『ミフネ』が尋ねて来ても、必ずフェンティセーザが同席している。その中で、外の状況を少しづつエルドナスも知っていった。
復旧に派遣された冒険者達から有志を募り、ダンジョンマスターやシステム操作担当が不在でまだ比較的安全と思われるうちに、再稼働した『試練場』の配置図に新しい部分が無いかの探索が進められている事。
早速『王都』からの介入があり、それを『学府』傘下になった件を出して追い返した事。
──領主その人が、隣国ヒノモトへの繋ぎを独自に働き掛けていたこと。
「師匠、働きすぎでは?」
「今までが暇すぎたのだよ」
お前に言われたくないよ、と返されたエルドナスは「働きすぎてる気はしませんでしたが」ときょとんとして、フェンティセーザに痛いデコピンを貰う。
十五年の間、自分が何をやってきていたのかを、このダンジョンマスターは何も理解してはいない。説明したとしてもそれはダンジョンマスターとして当然の責務と受け取るしかしないだろう。
自分の事になると途端に色々な事が麻痺する悪癖に少し腹が立って、弟子の頭をくしゃくしゃに撫でてやると、大きな『手』が降りて来て、乱れた髪をそっと撫でて整えた。
「……なんなんだろうね、ソレは」
「……なんなんでしょうね、コレ」
少し引きで見て分かったのだが、今はベッドに寝そべるエルドナスを抱き込む様に、エルドナス本人より二回りも三回りも大きい、全身に古代文字の羅列が刻まれた、つるんと膨らんだ人型が、存在している。
ベッドの上に居るせいか、天井に頭部が付きそうだ。
足らしき部分をフールが枕にしているあたり、実体もある様に思われる。
ちゃんと頭部部分には目鼻口らしき孔も見てとれるが、こちらは機能しているかどうかは判断が付かない。
中身は、エルドナスの身体と外殻の間にあるであろう、余剰の魔力の塊だ。
勿論、古代文字含め、誰にでも見える訳では無い。
フールにはしっかり見えている様だが、魔力の塊なぞ、魔術師としてある程度修めていて、それなりに魔力を保有する者にしか見えないだろう。事実、今まで訪ねて来た者で、この人型が視認出来たのは、本業が魔術師のフェンティセーザしかいない。
魔力があるなら気配もあるので、気配を感じられる者にはそこに何かが「いる」のが分かるが、そこまでだ。
エルドナスの隣では、主の髪を整える『手』に対してむっかりとした表情を隠しもしないが、逆の『手』で髪を優しく撫でられてなんか嬉しくもあるという、微妙な表情のフールが寝転んでいる。
事の次第はというと
暴走したフールと相対した時、無我夢中でどうやって杖をはたき落としたかなど全く分からないわ必死すぎて憶えていないわで、説明のしようもなく困っていた所、外殻が淡く光りながら、ふにょんふにょんと形を変えて光の帯を作ってみせたのである。
それから、エルドナスの意思とは全く関係なく変形に変形を重ねて人型を取った後、身振り手振りで簡単な意思疎通を図り出そうとしたものの全く動かなくなり──試しにエルドナスが動かしてみたら、少しなら遅延なく操作できる事が分かり、今に至る。
「………しすてむ01:まじしゃん」
ものすごく不服そうに、認めたくなさそうに、フールがぽつりと呟いた。
「まじしゃんは、おぺれーときのうがないしすてむ。おいらか、だれかをとおしてじゃないと、いしそつうできない」
そんなシステムが、接続した魔力を介して勝手に動き出して、勝手に主にまとわりついて、拗ねたフールのほっぺたをつんつんぷすぷすしているのである。
「私、システムと融合しちゃったんですかね…」
師の前なので素のままではおらず、頑張って「私」と名乗っているが、接続までは確かに憶えがあるエルドナスに
「ゆうごうしてしまうまえに、ちゃんとさるべーじしたもん…」
とフールが返す。
「それに、ゆうごうしてしまったら、もとのからだ、ひとじゃなくなる」
「人でなくなったら、どうなるのかな?」
「……しすてむがこわれるまで、そのままのすがたで、しねなくなる」
フェンティセーザの問いに、短くフールが返す。
腕が動くなら、ちょっかいを掛けてくる『手』をぺしりと跳ね除けたいのだろうがまだまだそうはいかない。
何より、手が頭を撫でる時の主の顔が、とても優しくて、柔らかくて、なんだか愛されてる気がして、もっと撫でてほしい──などと、思えてしまって無碍にしづらいのだ。
「…元の外殻状に戻る事はできるのかな?」
フェンティセーザの問いに
「できるの?」
とフールが人型に伝える。
人型の顔のパーツが、不服そうな表情を作った。
表情を変えずに、エルドナスが二人から視線を逸らす。
「ほう」
フェンティセーザがにっこりと笑みを深める。
「まだロクに動けもしないのに、そんなに愛しい相手と触れ合っていたいと?」
今度は、フールが伝える前に──伝えようにも、意味を理解したフール自身が真っ赤になって貝になってしまったため──人型がぴしり、と固まる。
冷や汗がぽとぽと落ちるかの様に、顔部分から小さな古代文字の記号がぽとりぽとりと落ちては外殻に吸収される。
数秒後、やけに表現力が豊かな人型は解けるように、外殻の形に戻った。
「──気持ちは分かるが、面会時間が終わってからでも山の様に時間はあるだろう?」
「──申し訳ありません、拗ねるフールが、その……」
思っていた以上に、可愛くて。
などとは口が裂けても言えない。
(……などという所なのだろうな)
と、弟子の考えなど師匠の空の色の目にはお見通しなのだった。
───
エルドナスが『試練場』再起動時にシステム01と接続して魔力の受け渡しを行った際、最初の起動時と違い過ぎる質と量の魔力が行き交った為、オーバーフローを起こさない様にと、システム01側が外殻に変形機能を持たせた事と、もののついでで、システム01が、外殻の動きがダンジョンマスターの意思にある程度添える様にと手を加えた事が判明するまで、退院してから更に二、三日掛かったというのはまた別の話である。
──あの非常事態にも関わらず、システム01が面白がって、否、まだそれでも魔力に余裕があるからと、目と口から謎の怪光線を出せる仕様にしてしまった件については、フールが口を閉ざしたので、今のところ誰も知る由はない。
限られた時間のその殆どが、師のフェンティセーザによる、起動状況の聞き取りだった。
目下『学府』では、地下迷宮を造り出すシステムボックスの解析が進められているが、その目処は立っていない。
特に未だ王都による「ダンジョンマスター狩り」が行われている現在、自らの地下迷宮のみとはいえ、地下迷宮とそのシステムに精通している現役のダンジョンマスターは格好の研究対象なのだ──そこに赤の他人よりもと、師がそっとその身を張ったのは言うまでもないが。
リヴォワールドや『ミフネ』が尋ねて来ても、必ずフェンティセーザが同席している。その中で、外の状況を少しづつエルドナスも知っていった。
復旧に派遣された冒険者達から有志を募り、ダンジョンマスターやシステム操作担当が不在でまだ比較的安全と思われるうちに、再稼働した『試練場』の配置図に新しい部分が無いかの探索が進められている事。
早速『王都』からの介入があり、それを『学府』傘下になった件を出して追い返した事。
──領主その人が、隣国ヒノモトへの繋ぎを独自に働き掛けていたこと。
「師匠、働きすぎでは?」
「今までが暇すぎたのだよ」
お前に言われたくないよ、と返されたエルドナスは「働きすぎてる気はしませんでしたが」ときょとんとして、フェンティセーザに痛いデコピンを貰う。
十五年の間、自分が何をやってきていたのかを、このダンジョンマスターは何も理解してはいない。説明したとしてもそれはダンジョンマスターとして当然の責務と受け取るしかしないだろう。
自分の事になると途端に色々な事が麻痺する悪癖に少し腹が立って、弟子の頭をくしゃくしゃに撫でてやると、大きな『手』が降りて来て、乱れた髪をそっと撫でて整えた。
「……なんなんだろうね、ソレは」
「……なんなんでしょうね、コレ」
少し引きで見て分かったのだが、今はベッドに寝そべるエルドナスを抱き込む様に、エルドナス本人より二回りも三回りも大きい、全身に古代文字の羅列が刻まれた、つるんと膨らんだ人型が、存在している。
ベッドの上に居るせいか、天井に頭部が付きそうだ。
足らしき部分をフールが枕にしているあたり、実体もある様に思われる。
ちゃんと頭部部分には目鼻口らしき孔も見てとれるが、こちらは機能しているかどうかは判断が付かない。
中身は、エルドナスの身体と外殻の間にあるであろう、余剰の魔力の塊だ。
勿論、古代文字含め、誰にでも見える訳では無い。
フールにはしっかり見えている様だが、魔力の塊なぞ、魔術師としてある程度修めていて、それなりに魔力を保有する者にしか見えないだろう。事実、今まで訪ねて来た者で、この人型が視認出来たのは、本業が魔術師のフェンティセーザしかいない。
魔力があるなら気配もあるので、気配を感じられる者にはそこに何かが「いる」のが分かるが、そこまでだ。
エルドナスの隣では、主の髪を整える『手』に対してむっかりとした表情を隠しもしないが、逆の『手』で髪を優しく撫でられてなんか嬉しくもあるという、微妙な表情のフールが寝転んでいる。
事の次第はというと
暴走したフールと相対した時、無我夢中でどうやって杖をはたき落としたかなど全く分からないわ必死すぎて憶えていないわで、説明のしようもなく困っていた所、外殻が淡く光りながら、ふにょんふにょんと形を変えて光の帯を作ってみせたのである。
それから、エルドナスの意思とは全く関係なく変形に変形を重ねて人型を取った後、身振り手振りで簡単な意思疎通を図り出そうとしたものの全く動かなくなり──試しにエルドナスが動かしてみたら、少しなら遅延なく操作できる事が分かり、今に至る。
「………しすてむ01:まじしゃん」
ものすごく不服そうに、認めたくなさそうに、フールがぽつりと呟いた。
「まじしゃんは、おぺれーときのうがないしすてむ。おいらか、だれかをとおしてじゃないと、いしそつうできない」
そんなシステムが、接続した魔力を介して勝手に動き出して、勝手に主にまとわりついて、拗ねたフールのほっぺたをつんつんぷすぷすしているのである。
「私、システムと融合しちゃったんですかね…」
師の前なので素のままではおらず、頑張って「私」と名乗っているが、接続までは確かに憶えがあるエルドナスに
「ゆうごうしてしまうまえに、ちゃんとさるべーじしたもん…」
とフールが返す。
「それに、ゆうごうしてしまったら、もとのからだ、ひとじゃなくなる」
「人でなくなったら、どうなるのかな?」
「……しすてむがこわれるまで、そのままのすがたで、しねなくなる」
フェンティセーザの問いに、短くフールが返す。
腕が動くなら、ちょっかいを掛けてくる『手』をぺしりと跳ね除けたいのだろうがまだまだそうはいかない。
何より、手が頭を撫でる時の主の顔が、とても優しくて、柔らかくて、なんだか愛されてる気がして、もっと撫でてほしい──などと、思えてしまって無碍にしづらいのだ。
「…元の外殻状に戻る事はできるのかな?」
フェンティセーザの問いに
「できるの?」
とフールが人型に伝える。
人型の顔のパーツが、不服そうな表情を作った。
表情を変えずに、エルドナスが二人から視線を逸らす。
「ほう」
フェンティセーザがにっこりと笑みを深める。
「まだロクに動けもしないのに、そんなに愛しい相手と触れ合っていたいと?」
今度は、フールが伝える前に──伝えようにも、意味を理解したフール自身が真っ赤になって貝になってしまったため──人型がぴしり、と固まる。
冷や汗がぽとぽと落ちるかの様に、顔部分から小さな古代文字の記号がぽとりぽとりと落ちては外殻に吸収される。
数秒後、やけに表現力が豊かな人型は解けるように、外殻の形に戻った。
「──気持ちは分かるが、面会時間が終わってからでも山の様に時間はあるだろう?」
「──申し訳ありません、拗ねるフールが、その……」
思っていた以上に、可愛くて。
などとは口が裂けても言えない。
(……などという所なのだろうな)
と、弟子の考えなど師匠の空の色の目にはお見通しなのだった。
───
エルドナスが『試練場』再起動時にシステム01と接続して魔力の受け渡しを行った際、最初の起動時と違い過ぎる質と量の魔力が行き交った為、オーバーフローを起こさない様にと、システム01側が外殻に変形機能を持たせた事と、もののついでで、システム01が、外殻の動きがダンジョンマスターの意思にある程度添える様にと手を加えた事が判明するまで、退院してから更に二、三日掛かったというのはまた別の話である。
──あの非常事態にも関わらず、システム01が面白がって、否、まだそれでも魔力に余裕があるからと、目と口から謎の怪光線を出せる仕様にしてしまった件については、フールが口を閉ざしたので、今のところ誰も知る由はない。
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