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番外編
ヘリオドール・アガットの献身と受難─1─
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「…ほへぇ…」
午後の強い日差しの中、絹糸のような金色の髪を無造作に後ろでまとめ、眼鏡を掛けた男が、城塞都市トーリボルを見上げる。
少し煤けた外套の下には、薄汚れてはいるものの、そこそこ上等な上下揃いの服。人間のそれよりは大ぶりで尖った耳──男は森の民、エルフだ──の、右耳に付けたイヤカフには、よくよく見ると、彼が連れている三頭の馬の背に掛けられた布と同じ紋章が刻まれている。
西共和国にある研究機関『学府』の徒だ。
名を、ヘリオドール・アガットと言う。
「ヒノモトの『城』やアーマラットと似た感じの材質に、混ざり具合だなぁ…」
確かトーリボルは、王都からの二度の襲撃を受けて、復旧もままならない状態だったと聞き及んでいるが、これは。
「素材も照らし合わせてみると、面白そう」
─────
ヘリオドールは、『学府』の中の遺跡部門に所属していて、発掘も行うが、どちらかというと遺跡研究の方に重きを置いている魔術師である。
今回は、先行した『学府』の徒を追いかける形で派遣された。
『学府』が追い求めてやまなかった遺跡『ワーダナットの宝物庫』が行方不明の徒と共に見つかった、という知らせがもたらされて即日、『学府』から傘下編入への署をもぎ取って文字通り『翔んで行った』同僚に、
「荷物を持って来てくれ」
とたった一言、押し付けられた為だ。
「荷物、ねぇ」
あっという間に姿が見えなくなった同僚にあっけに取られたヘリオドールの口からぽろりと漏れる。
魔術師、特に研究者肌の私物なぞ、怖くて触れるかっての。
研究結果などを奪われない為に、魔術師が取る方法などえげつないもの──良くて外傷、外観変化はザラ、即死罠や外観の永続変化とか平気で仕掛けられていたりする──と相場は決まっている。
そうでなくとも魔術師という輩がどれだけ身の回りに無頓着か、閉鎖的か。ほとんどの研究室が魔窟だし、人によっては片付けるための誰かをわざわざ雇うほどだ。
仕方なく、ヘリオドールが双子の部屋に向かうと、どういう訳か、他はともかく、妹君の分まで含めた二人分の荷物がしっかりと荷造りされてまとめてあった。
「……よっぽど」
急いでたんだなぁとヘリオドールが溜息を漏らす。
どうやったら、短時間でこれだけの荷造りをできるのだという。
これではいつ旅立つ時が来てもいいような──
(まさか、だよな…?)
思い至って、背筋に震えが走る。
あの二人は、いつどんな理由であれ、動くその時が来ても良いように常に備えていたのだ。
同僚とはいえ、この双子は『学府』の門を叩いてたった一年足らずで研究室を貰った。
『アーマラットの呪いの迷宮』関連の詳細レポートと、古代種エルフの行軍食──古来、森の民と呼ばれるエルフは一度戦闘に入ると、振り切れた士気そのままに、術と弓を駆使した戦いで氏族と自分たちの森を護る戦士なのだ──とも言われている「エルフの焼き菓子」の汎用レシピという、『学府』からすればどちらも喉から手が出るほどの研究結果ではあったが、あり得ない速さだ。
あの双子は、一体何を見据えているのだろうか。
ひとまず、荷物を確認して、移動用の馬を三頭手配すると、ヘリオドールは自分の荷物をまとめる為に一旦自分の研究室に戻る事にした。
────
部屋に戻って書類を作り、荷物をまとめていると、遺跡部門担当の事務員が小物を持って部屋を訪れた。小柄だ──『学府』に居るのが珍しいハーフフットの女の子、いや、女性だ。
「こちらが冒険者ギルドのタグで、こちらが『学府』所属を示すプレートとなります。
どちらも肌身離さずお持ちください」
『学府』所属の研究員──どんな分類であっても「『学府』の徒」と呼ばれるのだ──が外の任務に就く際は、必要に応じて冒険者ギルドのタグと、必ず『学府』所属のプレートが渡される。
どちらも本人の身分を保証する為のものだ。
「ありがとうございます。
詳しい事書類を後でまた目を通したいので頂けますか?」
「はい、こちらになります」
渡された書類を受け取り、タグを確認すると、『学府』中にある冒険者ギルド所属となっていた。
「現在は暫定的に拠点が『学府』になってます。
旅路の途中はそのままで構いませんが、七日以上逗留する場合は、初日にその町の冒険者ギルドへの報告が義務づけられてますので、お忘れ無く」
口頭で伝える必要があるのはこれだけですので、あとは書類をご覧下さい、と、付け足される。
「分かりました。それと、部屋を畳みます」
こちら書類になります、と、研究室を空ける為の書類を渡す。
研究室として使える部屋数は限られているので、いざ長期の発掘や研究などに出る場合は、研究室を残すかどうかが必ず発生する。残していっても問題はなく、連絡一本で部屋は畳める。一応帰ってくるつもりではあったが、今回ヘリオドールは部屋を畳む事にした。
フェンティセーザが絡んだ案件で、最後まで付き合わされずに済んだ事など一度も無い。正直言うと、今までの経験からどうせ最後まで付き合わされる羽目になるんだから、例え帰ってくるつもりでも、戻って来られるか分かったもんではない。
手配した馬が揃うのが明後日の朝だ。
それまでの間に片付けて、処分して、手続きを終わらせて、出立の準備だ。
「こちらで進めておけるものは進めますので、いつでもご連絡下さい」
そう言って、事務員が部屋を出ていった。
────
夜中まで掛かって部屋を片付ける。
処分するものは専用の袋に入れ、まだ使えるもので不要なものは箱に入れて外に出す。暗黙の了解で、畳まれる研究室の外の箱に入っているモノは欲しい者が勝手に持っていって良い事になっているからだ。
『学府』から国境を超え、王都が有する領土の東の国境までは、馬の足でも約十日前後、馬を休ませる日も入れれば十二、三日ほど掛かる。
処分に迷っている物をそのままに、長旅に必要な荷物と、向こうに着いてから必要であろう荷物をなんとかまとめて、足りない物を書き出すと、翌朝からの一仕事の為に、ヘリオドールはさっさと眠りについた。
────
翌朝、部屋の外の空箱に、ええいままよと処分に迷っていたものを全て出すと、ヘリオドールは事務局に足りない物を揃えて貰うように依頼して、台車を借りると双子の部屋に向かった。
「入りますね」
コンコン、とノックをして、無人の部屋に入る。
毎回これをしないと、入室してすぐにトラップが作動するからだ。
鍵をしっかりと掛けると、ヘリオドールは台車に二人分の荷物を積む。そして筆記具と紙を側に置いてその場に寝転んだ。
目を閉じて、呼吸を整え、脳内で「とある呪文」を再生させる──ヘリオドールが開発し、彼ににしか使えない固有呪文で、本人が居る部屋で起こった事を、現在を起点として「高速で巻き戻しながら『視る』」──下手に知れ渡ったらどうなるか分からない、プライベート完全無視の術である。
これで、数日間、大きく事が動いたその時までを、巻き戻しで『視る』。
術が発動したら深い眠りに落ちる為、全くの無防備になるが──双子は特に長丁場の不在になるだろう。わざわざ自分に荷物を頼んだのだから、ここで荷物の取りこぼしがあってはいけない。
その程度の気分だった。
『へ』
場面場面を逆巻きに見ていく中で、フェンティセーザの声が一際強い所があるのに、ヘリオドールは気づく。
夜中に部屋に入る小太りの男
背後の棚の背板の奥に隠してある──あれは、弓?
机の上の眼鏡
開けては閉める棚の戸、引き出し
荷物をまとめ
収納の奥から引き出される行李の中身を確認して──
溜息を吐く同僚
収納からずだ袋を引っ張り出して抱えて走り出す妹君
…………
目を開けて即座に、ヘリオドールは紙に必要な情報を書き殴った。
この術で視たものは夢と同じものだ。泡沫の様にすぐにほとけて消える光景の中に、あの同僚は『まるで自分がこの術を使って視る』事を知っていたかのように、いくつかの事を全部同時進行で沢山のものにして残して行っていた。
「あんの…馬鹿ーーー!!!!」
今度会ったら流石に殴る。あの美しい顔に一発拳を入れてやる!今まで出来なかったけど!
そう心に決めて、フェンティセーザがした様に、棚の戸や引き出しを開け閉めしていく。
すると、棚の鍵がカチリ、と音を立てた。
急いで開けると、中は綺麗に片付けられて何も無かった。
棚板を全部はずし、フェンティセーザの手の位置を思い出しながら、背板を動かす──かぱり、と小気味良い音を立てて外れると、その向こうには。
「……急ぐのにも程があるよ」
布に巻かれた一張りの弓が、仕舞い込まれていた。
それが『何』なのか、ヘリオドールは知っている。双子の古代種エルフにとって、それが『どんなに大切なモノ』なのか、どれだけ想いを馳せても辿り着けないほどのものだ。
(──どうか、本来の持ち主の元に届ける為)
故に、ヘリオドールが触れる事を拒んだソレを、あの同僚は今一度触れろと言う。
(──古き森の民の誇りに触れる事を、お許し下さい)
──触れるしか、ないだろう。
『コレ』は『学府』にあってはならない。彼の手元にあるべきだ。
巻かれた布に触れた瞬間、布に刺繍された古代文字が光を放つ。一瞬で消えたそれを掴むと、一気に引き摺り出した。
「……ありがとうございます、必ず、彼の所に連れて行きます」
ヘリオドールが聞き及んでいるのは、これが『アーマラットの呪いの迷宮』の迷宮固有武器クラスの弓で『木霊の弓』と言う名前、位のものだ。
──この世にただ一張、エルフの魔術師にしか扱えない、叡智の結晶。
魔力が付与されている武器や防具に、意志が宿る事は少なからずある。しかも、古代種の二人にとって、思いも及ばないほど大切なモノだ。モノであったとしても、丁重に扱わねばならない。
だからこそ、見ている者にどう思われようとも、ヘリオドールは『敬意』を言葉にして表すのだ。
双子の大事な宝物をそっと台車の荷に加えると、今度は残されたメッセージから、机の右下の引き出しを引き出す。そこには、丈夫な布で丁寧に包まれた荷が一つ、収まっていた。
『へりおつくえみぎしたつかえ』
一度で自分が理解するとでも思っているのだろうか。買い被るのも良い所だいい加減にしろと心の中で悪態を吐く。
自分の天才的な感覚を、息をする様に他人に求めるのはやめて欲しい。
とりあえずこの中身は自室に持ち帰ってから確認する事にして
「…そうだ、これも」
机の上にぽつんと残された眼鏡を大切に懐に入れると、ヘリオドールは自室に荷物を運ぶのだった。
午後の強い日差しの中、絹糸のような金色の髪を無造作に後ろでまとめ、眼鏡を掛けた男が、城塞都市トーリボルを見上げる。
少し煤けた外套の下には、薄汚れてはいるものの、そこそこ上等な上下揃いの服。人間のそれよりは大ぶりで尖った耳──男は森の民、エルフだ──の、右耳に付けたイヤカフには、よくよく見ると、彼が連れている三頭の馬の背に掛けられた布と同じ紋章が刻まれている。
西共和国にある研究機関『学府』の徒だ。
名を、ヘリオドール・アガットと言う。
「ヒノモトの『城』やアーマラットと似た感じの材質に、混ざり具合だなぁ…」
確かトーリボルは、王都からの二度の襲撃を受けて、復旧もままならない状態だったと聞き及んでいるが、これは。
「素材も照らし合わせてみると、面白そう」
─────
ヘリオドールは、『学府』の中の遺跡部門に所属していて、発掘も行うが、どちらかというと遺跡研究の方に重きを置いている魔術師である。
今回は、先行した『学府』の徒を追いかける形で派遣された。
『学府』が追い求めてやまなかった遺跡『ワーダナットの宝物庫』が行方不明の徒と共に見つかった、という知らせがもたらされて即日、『学府』から傘下編入への署をもぎ取って文字通り『翔んで行った』同僚に、
「荷物を持って来てくれ」
とたった一言、押し付けられた為だ。
「荷物、ねぇ」
あっという間に姿が見えなくなった同僚にあっけに取られたヘリオドールの口からぽろりと漏れる。
魔術師、特に研究者肌の私物なぞ、怖くて触れるかっての。
研究結果などを奪われない為に、魔術師が取る方法などえげつないもの──良くて外傷、外観変化はザラ、即死罠や外観の永続変化とか平気で仕掛けられていたりする──と相場は決まっている。
そうでなくとも魔術師という輩がどれだけ身の回りに無頓着か、閉鎖的か。ほとんどの研究室が魔窟だし、人によっては片付けるための誰かをわざわざ雇うほどだ。
仕方なく、ヘリオドールが双子の部屋に向かうと、どういう訳か、他はともかく、妹君の分まで含めた二人分の荷物がしっかりと荷造りされてまとめてあった。
「……よっぽど」
急いでたんだなぁとヘリオドールが溜息を漏らす。
どうやったら、短時間でこれだけの荷造りをできるのだという。
これではいつ旅立つ時が来てもいいような──
(まさか、だよな…?)
思い至って、背筋に震えが走る。
あの二人は、いつどんな理由であれ、動くその時が来ても良いように常に備えていたのだ。
同僚とはいえ、この双子は『学府』の門を叩いてたった一年足らずで研究室を貰った。
『アーマラットの呪いの迷宮』関連の詳細レポートと、古代種エルフの行軍食──古来、森の民と呼ばれるエルフは一度戦闘に入ると、振り切れた士気そのままに、術と弓を駆使した戦いで氏族と自分たちの森を護る戦士なのだ──とも言われている「エルフの焼き菓子」の汎用レシピという、『学府』からすればどちらも喉から手が出るほどの研究結果ではあったが、あり得ない速さだ。
あの双子は、一体何を見据えているのだろうか。
ひとまず、荷物を確認して、移動用の馬を三頭手配すると、ヘリオドールは自分の荷物をまとめる為に一旦自分の研究室に戻る事にした。
────
部屋に戻って書類を作り、荷物をまとめていると、遺跡部門担当の事務員が小物を持って部屋を訪れた。小柄だ──『学府』に居るのが珍しいハーフフットの女の子、いや、女性だ。
「こちらが冒険者ギルドのタグで、こちらが『学府』所属を示すプレートとなります。
どちらも肌身離さずお持ちください」
『学府』所属の研究員──どんな分類であっても「『学府』の徒」と呼ばれるのだ──が外の任務に就く際は、必要に応じて冒険者ギルドのタグと、必ず『学府』所属のプレートが渡される。
どちらも本人の身分を保証する為のものだ。
「ありがとうございます。
詳しい事書類を後でまた目を通したいので頂けますか?」
「はい、こちらになります」
渡された書類を受け取り、タグを確認すると、『学府』中にある冒険者ギルド所属となっていた。
「現在は暫定的に拠点が『学府』になってます。
旅路の途中はそのままで構いませんが、七日以上逗留する場合は、初日にその町の冒険者ギルドへの報告が義務づけられてますので、お忘れ無く」
口頭で伝える必要があるのはこれだけですので、あとは書類をご覧下さい、と、付け足される。
「分かりました。それと、部屋を畳みます」
こちら書類になります、と、研究室を空ける為の書類を渡す。
研究室として使える部屋数は限られているので、いざ長期の発掘や研究などに出る場合は、研究室を残すかどうかが必ず発生する。残していっても問題はなく、連絡一本で部屋は畳める。一応帰ってくるつもりではあったが、今回ヘリオドールは部屋を畳む事にした。
フェンティセーザが絡んだ案件で、最後まで付き合わされずに済んだ事など一度も無い。正直言うと、今までの経験からどうせ最後まで付き合わされる羽目になるんだから、例え帰ってくるつもりでも、戻って来られるか分かったもんではない。
手配した馬が揃うのが明後日の朝だ。
それまでの間に片付けて、処分して、手続きを終わらせて、出立の準備だ。
「こちらで進めておけるものは進めますので、いつでもご連絡下さい」
そう言って、事務員が部屋を出ていった。
────
夜中まで掛かって部屋を片付ける。
処分するものは専用の袋に入れ、まだ使えるもので不要なものは箱に入れて外に出す。暗黙の了解で、畳まれる研究室の外の箱に入っているモノは欲しい者が勝手に持っていって良い事になっているからだ。
『学府』から国境を超え、王都が有する領土の東の国境までは、馬の足でも約十日前後、馬を休ませる日も入れれば十二、三日ほど掛かる。
処分に迷っている物をそのままに、長旅に必要な荷物と、向こうに着いてから必要であろう荷物をなんとかまとめて、足りない物を書き出すと、翌朝からの一仕事の為に、ヘリオドールはさっさと眠りについた。
────
翌朝、部屋の外の空箱に、ええいままよと処分に迷っていたものを全て出すと、ヘリオドールは事務局に足りない物を揃えて貰うように依頼して、台車を借りると双子の部屋に向かった。
「入りますね」
コンコン、とノックをして、無人の部屋に入る。
毎回これをしないと、入室してすぐにトラップが作動するからだ。
鍵をしっかりと掛けると、ヘリオドールは台車に二人分の荷物を積む。そして筆記具と紙を側に置いてその場に寝転んだ。
目を閉じて、呼吸を整え、脳内で「とある呪文」を再生させる──ヘリオドールが開発し、彼ににしか使えない固有呪文で、本人が居る部屋で起こった事を、現在を起点として「高速で巻き戻しながら『視る』」──下手に知れ渡ったらどうなるか分からない、プライベート完全無視の術である。
これで、数日間、大きく事が動いたその時までを、巻き戻しで『視る』。
術が発動したら深い眠りに落ちる為、全くの無防備になるが──双子は特に長丁場の不在になるだろう。わざわざ自分に荷物を頼んだのだから、ここで荷物の取りこぼしがあってはいけない。
その程度の気分だった。
『へ』
場面場面を逆巻きに見ていく中で、フェンティセーザの声が一際強い所があるのに、ヘリオドールは気づく。
夜中に部屋に入る小太りの男
背後の棚の背板の奥に隠してある──あれは、弓?
机の上の眼鏡
開けては閉める棚の戸、引き出し
荷物をまとめ
収納の奥から引き出される行李の中身を確認して──
溜息を吐く同僚
収納からずだ袋を引っ張り出して抱えて走り出す妹君
…………
目を開けて即座に、ヘリオドールは紙に必要な情報を書き殴った。
この術で視たものは夢と同じものだ。泡沫の様にすぐにほとけて消える光景の中に、あの同僚は『まるで自分がこの術を使って視る』事を知っていたかのように、いくつかの事を全部同時進行で沢山のものにして残して行っていた。
「あんの…馬鹿ーーー!!!!」
今度会ったら流石に殴る。あの美しい顔に一発拳を入れてやる!今まで出来なかったけど!
そう心に決めて、フェンティセーザがした様に、棚の戸や引き出しを開け閉めしていく。
すると、棚の鍵がカチリ、と音を立てた。
急いで開けると、中は綺麗に片付けられて何も無かった。
棚板を全部はずし、フェンティセーザの手の位置を思い出しながら、背板を動かす──かぱり、と小気味良い音を立てて外れると、その向こうには。
「……急ぐのにも程があるよ」
布に巻かれた一張りの弓が、仕舞い込まれていた。
それが『何』なのか、ヘリオドールは知っている。双子の古代種エルフにとって、それが『どんなに大切なモノ』なのか、どれだけ想いを馳せても辿り着けないほどのものだ。
(──どうか、本来の持ち主の元に届ける為)
故に、ヘリオドールが触れる事を拒んだソレを、あの同僚は今一度触れろと言う。
(──古き森の民の誇りに触れる事を、お許し下さい)
──触れるしか、ないだろう。
『コレ』は『学府』にあってはならない。彼の手元にあるべきだ。
巻かれた布に触れた瞬間、布に刺繍された古代文字が光を放つ。一瞬で消えたそれを掴むと、一気に引き摺り出した。
「……ありがとうございます、必ず、彼の所に連れて行きます」
ヘリオドールが聞き及んでいるのは、これが『アーマラットの呪いの迷宮』の迷宮固有武器クラスの弓で『木霊の弓』と言う名前、位のものだ。
──この世にただ一張、エルフの魔術師にしか扱えない、叡智の結晶。
魔力が付与されている武器や防具に、意志が宿る事は少なからずある。しかも、古代種の二人にとって、思いも及ばないほど大切なモノだ。モノであったとしても、丁重に扱わねばならない。
だからこそ、見ている者にどう思われようとも、ヘリオドールは『敬意』を言葉にして表すのだ。
双子の大事な宝物をそっと台車の荷に加えると、今度は残されたメッセージから、机の右下の引き出しを引き出す。そこには、丈夫な布で丁寧に包まれた荷が一つ、収まっていた。
『へりおつくえみぎしたつかえ』
一度で自分が理解するとでも思っているのだろうか。買い被るのも良い所だいい加減にしろと心の中で悪態を吐く。
自分の天才的な感覚を、息をする様に他人に求めるのはやめて欲しい。
とりあえずこの中身は自室に持ち帰ってから確認する事にして
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