とあるダンジョンのラスボス達は六周目に全てを賭ける

太嘉

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番外編

ヘリオドール・アガットの献身と受難─4─(完)

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────

星々の煌めきの中を星の位置を頼りに飛び続け、空が白み始める頃、トーリボルの城壁の突起で一度羽を休めながら、ヘリオドールは支部の場所を探す。

(──なんて顔してるんだよ、馬鹿)

自分が飛び立った二階の窓の側に、フェンティセーザの姿が見えた。猛禽類の、良すぎる視力のせいで、目の下の隈まで見えてしまう。

(寝とけよな、ほんと)

ヘリオドールが化けた鳥の姿を見つけたのか、慌ててフェンティセーザが窓を開けた。そこに向かって、あともう少し、と、翼を羽ばたかせてヘリオドールが飛び立つ。

「──ただいま、一日遅くなった」

窓枠にに降り立つとすぐに術を解く。
夜の寒さは昼の暑さよりだいぶマシだったが、それでも夜通しの移動はかなり疲労が溜まる。
外套の重みが、ずしりと響いた。

「──ヘリオ!」

気が付いた時には、ヘリオドールの身体は、窓枠からそのまま倒れ込み、フェンティセーザの腕の中にあった。

「ヘリオ、しっかりしろ、ヘリオ…」
「『準備と移動で一ヶ月待て』って、伝言」

頬をぺちぺちと叩かれてはいるが、溜まった疲労と無事に着いた安堵から、身体が鉛の様に重たくなる。
あと──温かい。
飛ぶ間、冷たい空気から守ってくれたこの外套が温かいんだと思う事にする。
温かくて、眠い。

「ちゃんと、手紙ととげたから、すこしねせて…」

目を閉じると、急速に意識が落ちていく。

(…おまえ、も、ねなよ…)

自分の髪を掻き上げる手が、やけに優しいなと思いながら、ヘリオドールは意識を手放した。

─────

余程疲れていたのだろうか──ヘリオドールが目を覚ましたのは、その日の深夜だった。

外套を脱がされ、眼鏡や身体を締め付けるものを外された状態なのは理解できるものの、フェンティセーザに背中から抱き込まれていて流石に驚く。

あり得ない。
『学府』ではありとあらゆる手を使って妹を護ってたあの超火力のシスコンが?

自分と?同衾??

「…目が覚めたか?」
「…うん。まだ動きたくないけど」

慣れない事をしたせいで全身が怠くて重い。
明日は多分、全身筋肉痛かもしれない。
──動きたくないのは、決して背中に感じる温もりが心地いいからだけじゃない。怠くて重いせいだ。
喉の渇きを伝えると、枕元に水差しが準備されていた。なんとか起き上がって、一杯飲む。もう一杯注いでフェンティセーザに勧めると同じ様に飲み干した。
向かい合って座り直すと

「通信機器を、設置した直後に、倒れたと、連絡が入って、心配した」
「…ごめん、向こうの暑さが頭に入ってなかった」
「…私もだ…」
「お前暑さ寒さには強いもんな」

羨ましいよ、と力無く呟くと、髪を撫でられる。

「…帰って、来ないかと思った」
「ちゃんと戻るって言っただろ」
「……」

フェンティセーザが初めて見せた不安定な姿を、ヘリオドールは見なかった事にして胸の中に倒れ込む様に身を預ける。

「…一応な、『学府』からの指示でアーマラット支部所属だけど、そこは人足りてるからトーリボルこっちに出向って形になった」
「…そうか」

いつもの口調がを潜めているのは、どうも不思議なものだ。

「…何があったか知らないけどさ、もう少し寝ようぜ」
「……ああ」
「零したけりゃ聞くよ?起きてる間は」
「……」

薄目を開けると、少し乱れた銀色の薄幕が視界を埋める。流石に寝る時は解いて寝るのかとぼんやり思いながら、疲労からか少し痺れが残る重い腕をなんとか動かして整えてやると、相手の身体が少し強張ったのが感じ取れた。

心音に耳を傾ける。

「……ちょ、、お前、心臓うるさすぎ」
ふふ、くすっ、とヘリオドールが笑いを零す。
「せっかく心音聴きながら寝よって、思ったのに、早鐘これじゃあ」

これじゃあ、まるで。

「…お前が、アーマラットの外套を、着てる姿を見て」

ぽつり、ぽつりとフェンティセーザが呟く様に、言葉を捻り出す。

「向こうで、本当に、何かあったのでは、ないかと」
「……そんな心配されるほど、私は誰かさんの番になった覚えはないんだけどな」

フェンティセーザもヘリオドールも、お互い、研究室へやを持たない研究員だった頃を知っている──立場の無い研究員がも。

同族が、同族を。
立場が上の者が、下の者を。
淺ましくものだ。

一度だけ、ヘリオドールは喰らわれる所を事がある。

今はもう思い出しても犬に噛まれた程度の事でしかないのは、当時からのヘリオドール本人の諦観と達観もあるが、見られた翌日に、見た本人から「レポートを手伝って欲しい」と巻き込まれたせいだ。
ヘリオドールの得意とする分野は、どうやらフェンティセーザの専門外で──どうしてもレポートの完成度を高める為には必要だったのだ。

あの時、双子は、研究員達の雑魚寝部屋の片隅に、迷宮探索時に使われる、一時休憩用の安全地帯キャンプの結界を張って、そこでレポートを作っていた。

結局仕上げまで付き合わされた上、連名による提出もあって、ヘリオドールは自身の研究室まで手にしてしまった。
出した助け舟に対しては重すぎる対価を以って、泥水を啜る様な闇の中から助けられてしまったのだ。

今でもあの双子が自分と同じ目に遭わなくて良かったと、ヘリオドールは心から思う。

「あれは、夜通し翔ぶから寒くない様にって貸してくれた防寒着だよ」
「……分かってる」
「脱がせて、楽にしてくれたの、お前だろ?」
「……ああ」
「何かされた跡でもあった?」
「……無かった」
「…検分したのかよ」
「……」
「夜は、ギムリさんとマネラさんの所に泊まった。向こうの支部長さんと研究員も一緒だった」

ほっ、と安堵の溜息が漏れる。

「──これで、眠れる?」
隈の残る目の下を指でそっと撫ぜてやると
「……ああ」
と息を漏らす様な答えが返って来た。

やっと、眠れる、と。
目の下の隈を撫ぜる手を取り、手首と、掌に口付けを落とすと、そのまま倒れる様に眠りについてしまった。

(──言葉にしなきゃ、伝わらないんだよ、ティス)
囲い込んで、囲んで、逃げられない様に心を縛って、手中に収めたつもりになってるくせに──何故そんな行動に出るのかという、一番肝心な事をこの男は言わない。

分かってるだろう、伝わっているだろうと思っているのか、それとも──

言葉にするだけの勇気が無いのか。

どちらにしろ、言葉にして伝えてくれない限り、応えるつもりはない。
それにいずれ血を残す為に、彼も古代種エルフの女性を──見つけたら、娶るだろう。だから自分は隣に立つ『友』のままで充分だ。

心の軋みに蓋をして、ヘリオドールもさっさと横になる。

(なんでここまでしても、決定的な一言を口にしてくれないのかな、この強情っぱり)

たった一言、言えばいいのに。
そしたら面倒くさくなんてないのにさ。

────

翌日昼前。

「…おはよ…」

ヘリオドールは筋肉痛で軋む身体を無理矢理起こして朝から湯を貰い、支部の表側に顔を出す。
トーリボルの良い所は、何故かは知らないが、だいたいの大きな施設に、清掃の時間以外は一日中入られる湯殿が完備されている事だ。
どういった構造かはしっかり調べてみないと分からないが、温水すらわざわざ焚いて準備する必要もない。
確かヒノモトの迷宮攻略拠点には、地熱と水源の関係で温泉が多数あるというが、それに似た様なものだろうか?
──風呂は良い。身体が温まるし疲れも取れる。

「おはよう、ヘリオドール。お久しぶりね」
「お久しぶり、アレンティーナ。それと…」
「かつてのパーティーメンバーよ」

そこにいたのは、久々に顔を見る双子の妹、アレンティーナと、白髪混じりの真っ直ぐな黒髪が印象的な中年の美しい女戦士、少し顔に皺があるハーフフットの男だった。

「初めまして。私はヘリオドール・アガット。魔術師です」
「初めまして、私はトゥーリーン。君主だ」
「オイラはハロド。忍者だよ」

聞けば、今街の外れに拠点を建築中との事で、出来るまでの間は『学府』の施設を拠点としてるとの事だった。
正直なところ、ダンジョンマスターがまだ復帰してないので潜った所で意味はないのだが。

「フェンティスの『友達』だって?」
「……巻き込まれて連んでるだけですよ」

トゥーリーンの質問に、ちょっと考えてヘリオドールが答える。

『アーマラットの呪いの迷宮』についてのレポートの共同執筆者で、時々無茶振りに巻き込まれては付き合わされるだけの──他者から見れば、その程度の関係だろう。互いにしか見せない顔など、周囲には、言葉に出さなければ『無い』事になる。

「巻き込まれて連んでるだけだとしてもさぁ、今も側に居ていられる時点で相当だと思うけどなぁ」
「ハロドもそう思うよね?」
「…聴こえてるよ?」

ハロドとアレンティーナの密やかなふりをしたやり取りに、流石にヘリオドールがツッコミを入れる。

「向こうは何も言わないからね、こちらからは客観的にどう見えているかしか説明できないと思うんだけど」
「言わなきゃダメなの?」
「関係性を確定させたければ、だよ。少なくとも私はね」

なのも勝手に判断されるのも嫌いなんだ、とヘリオドールが付け加える。

「…面倒くさいのね」
「…口約束であっても、ってのは面倒臭いものなんだよ、アレンティー」

ヘリオドールの返事に、三人が三人、きょとんとした顔で、見合わせ──「なーんだ」と言う顔で三様にため息を漏らす。

「?何か?」
「ヘリオドール、居るか?」

同時に、奥からフェンティセーザが顔を出した。

「居るよ」
「午後から冒険者ギルドの方に行く。一緒に来てもらえるか?」
「いいよ。何時ごろ?」
「昼食の後でいい」
「了解。昼飯どうする?」
「あるもので済ませる」
「あるものって何があるのさ」

甘やかさなど欠片も無い、まるで学友の様なやりとりに、残る三人は呆気に取られる。

(え?………兄さん……?)
(昨日の朝からずっと部屋に籠ってたよね?)
(それでまだ付き合ってすらいないのかい?)

ヘリオドールが調理場の食糧のストックを確認に席を立ち──

「あるものって、何?」

真正面からじっと見据えられたフェンティセーザが、つい、と目を逸らす。
あ、これは食べるつもりもなく抜く気だな?

「まさか『エルフの焼き菓子エルヴン・クッキー』とか言わないよな?
他のみんなにまでアレ食わせる気?」
まさかね?
非常時ですらないのに、欠片ぽりぽりさせる気?

「「「はんたーーーい!!!」」」

流石にそれには、アレンティーナ、トゥーリーン、ハロドの三人も声を上げる。

「カパタト様の所の炊き出しでももう少し品数あるわよ!」
「何でせっかく街にいるのにクッキー一枚なんだい?肉食いはらをみたしに行くよ!」
「食べ歩きしたい!買い食いしたい!街ブラブラしに行くんだーーーーい!」

三種三様にフェンティセーザを引っ掴んで外に連れ出すのを、更にその背中をヘリオドールが押して追い出す。

「行ってきなよ、向こうで合流な」

そして、ぱたんとわざと軽く音を立てる。
そこから先は素早く戸締りを終えると、台所に立って牛乳を沸かし始めた。

予想した通り、食糧のストックはさみしいもので、とてもじゃないけど四人分の腹を満足させる程ではなかった。
支部住まいふたごのなかま達が夜はどうしているのか全然分からないけれど、昼から出るなら何か日持ちする食糧を買って帰ってきた方がいいかもしれない。
何も食べる気は起きないし、せっかく材料も買ってきたので、マネラのレシピを見ながら、一度シチュードティーを作って飲もう。美味しく出来たら、その時は──振舞ってやるのもいいかもしれない。

──なんかちょっと、心なしか一抹の不安を覚えながらも、ヘリオドール・アガットの日常はやっと始まったかの様に思えた。

───幕間「冒険者ギルドにて・3」へ続く。
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