とあるダンジョンのラスボス達は六周目に全てを賭ける

太嘉

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幕間

幕間7「君の呼び名は」

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「何やってんだよ『エル・ダーナス』」

部屋に入って来て開口一番、呆れた口調でそのひとは叩きつける様に吐き捨てた。

────

トーリボルが地下迷宮ごと隆起して二十日ほど経った頃だろうか。
ベッドの住人と化したままで、背中の皮以外は回復したフールにあれこれと世話を焼かれていたエルドナスは、ある意味突然の来客に度肝を抜かされた。

来客は二人。
エルドナスの師であるフェンティセーザと

「……アガット師?」
「反応が遅い」

すたすたと歩いて来て、ぺこん、とエルドナスの脳天に軽く手刀を入れたのは、絹糸の様な金髪を無造作にまとめた、眼鏡を掛けたエルフだ。
名をヘリオドール・アガット。エルドナスとフールはまだ知らなかったが、数日前に『学府』トーリボル支部長になったばかりだ。

「お前も」

ぺこん。
フールの方へと振り向きざま、ヘリオドールはフールの脳天に軽く手刀を入れる。

「お前さ、こいつを護るんだろ?
殺意も敵意も毒気もないからって弛みすぎ。
相手に対して殺意も敵意も毒気も持たずに一流は接近してくるからな」

ぺこん。
もう一回手刀を入れて、そこをわしゃわしゃと撫でた。

「あいつからだいたいの話は聞いた。
……よく、生きててくれたよ」

そして、エルドナスの頭も、同じ様に。

「まあ会ったら会ったでそんなに老けてないわ魔力は増大してるわ背後にゼリーみたいなでっかい人形まとわりつかせてるわでほんとお前何なの?
何やらかしたらここまでおかしくなれんの?この馬鹿」
「あ、アガット師?」
「もう少し罵倒続けていいか?」

心配掛けやがって、と、口汚く零しながら、しかしヘリオドールはそれ以上はやめて、そっとエルドナスを包み込む様に抱きしめた。

「……頑張ったな」
「……はい。アガット師のお陰です」
「私がここの『学府』の支部長になっ、否なったから、本部からの下手な研究対象化については心配いらない。自由におやり」

私も自由にやるけどな、とエルドナスの頬肉をむにむにしながらヘリオドールは告げる。

「今日は挨拶だけな。もう行くから、ゆっくりおやすみ」

これ土産、と言って、エルドナスの膝の上に小さな紙の袋を置くと「じゃあ私は帰るけどお前どうする?」とフェンティセーザに声を掛ける。
「私も帰ろう」と珍しくフェンティセーザが長居をせずに席を立った。

────

「…いきなりでびっくりさせたね」
少しむくれたフールは、訳わからなかったよね、とエルドナスに苦笑いされた。

「お互いの紹介もさせて貰えなかったなぁ。
フール。今の方はね、僕の探索や発掘の師匠で、ヘリオドール・アガット師」
「はっくつやたんさく?」
「うん。僕には師匠が三人居てね。
『学府』で僕を保護して、魔術師としての色んな事を教えてくださったのが、ここに毎日張り付いてたフェンティセーザ師。
だいたい僕が『師匠せんせい』って言ったらこのひとの事だよ。」

その人は分かる、とフールが頷いた。

「君もお世話になったろうなと思うけど、妹君のアレンティーナ師が僕の縁組親。あの方は薬学系だったから、あまり教えて頂いた事はなかったなぁ」

その人も分かる、と、少し身体を震わせながらフールが頷いた。
そういやおいら、助け出されてすぐにあのひとにぬるま湯、ばしゃーって…何度も…

「うひぃ…」
フールが背筋に走る震えに大きく身を震わせると、エルドナスがくすくす笑う。

「そして、発掘探索の技術や、道具の使い方や開発の仕方とかを教えて下さったのが、さっきのアガット師」

あのひと、あんな身なりだけど、フィールドワーカーなんだよ、と付け加えると「ぜんぜん見えない」と返って来た。

「…でね、師匠が多分、執着してる」
「アガット師、てひとに?」

フールはさん付けで大丈夫だよ、と返して

「僕が師匠に拾われた頃にはもう執着してたんじゃないかなと思うけど。何度もアガット師の為に動く羽目になったし…師匠本人無自覚だしなぁ」

でね、とエルドナスが続けた。

「僕の元々の名前は『エル・ダーナス』だったんだ。
それを拾われた時に「音が良くない」ってフェンティセーザ師が「今後『エルダナス』と名乗りなさい」ってなって変わったんだ。
その後で、アレンティーナ師と縁組して名前を貰って『エルダナス・レン=スリスファーゼ』になって…」

ここまではいい?と尋ねられ、こく、とフールが頷いて返した。

「で、『試練場』のダンジョンマスターになった後、リ・ボーが「何かあった時の為に名前を少しだけ変えておけ」と言って、『試練場』の登録名が『エルドナス』になったんだ」

すごい変遷だよね、と、どこから遠くを観る眼差しで空を見ながら、エルドナスはフールに身を預けた。

──名前だけでも、思えば遠くへきたものだ。

「……フール。
きみだけが僕のことを『ダナ』って呼んでくれる様に……アガット師だけなんだ、僕の事を『エル・ダーナス』って呼んでくれるの」

「お前の本分は『探索と発掘』だろう?」とその原点に無理やり引きずり戻す──本来の名の響きに、そんな力があるとは思ってもいなかった。
きっとあのひとヘリオドールは、今後エルドナスじぶんがどう名を変えようとも、人の目がある所はともかく、変わらず元の名前で呼ぶだろう──探索と発掘の師として、同胞として。

「僕は、時折でもいいんだ。そう呼ばれたい。
だから、僕の全ての名前を、知って、憶えててくれると、嬉しいし助かる…かな」
「ダナ…わかった」
理解はしたけど心はついて行ってない、という表情で、フールが返す。

「たったひとつ」の呼び方を、別の存在が持っているのは、やっぱり──

そんなフールの頬に、そっと、人には見えざる手で優しく触れて、自分の方に引き寄せる。
二つの姿がそっと重なり、ほんの少しだけ離れた。

「今の自分を作ってくれたという意味で特別な存在ひとがあちこちにいるけど、ぼくには、わたしには、きみだけだよ、フール」

手が、腕が動くなら、自分の手でこうしたかった──多分「妬いている」であろうフールの表情が、態度が、いとおしくてたまらない。
理解が欲しい、納得が欲しい。それがわがままなのは分かってはいるけれど──

などとぼんやり考えていたら、今度はフールがその身を寄せて来た。

「……ダナ、もうすこし」
「まって、収拾が付かなくなる…」
「大丈夫、おいらにまかせて」

今度は、なかなか二つの姿へは戻らなかった。


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