とあるダンジョンのラスボス達は六周目に全てを賭ける

太嘉

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幕間

幕間8「眠れない夜」

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「…ほんっっっとにお前、堂々と」

自室で書類と睨み合い中だったヘリオドールは、夜更けの来客に悪態をついた。

「眠れん」
解せぬ、という表情で、水気を纏わせたフェンティセーザが返す。

どんな街であっても、冒険者として一定期間駐留する場合は拠点が必要である。
一軒家を借りてもいいし、なんだったら宿でもいい──ツテやコネがあるなら、『学府』の支部もその中に含まれる。

「温まった体温が下がる時にちょうど眠れるらしいぞ。風呂入って来なよ」
「今済ませて来た」
「私はまだだけどな」

支部長の引き継ぎを始めてからというもの、気が乗らない書類仕事はとことん筆が進まないヘリオドールの寝る時間は日に日に遅くなっていっていた。
これが自分の研究についての報告書であれば、軽く三徹位は平気で時間を忘れられるのだが。

「今日はもうやめておけ」
「やめたいけど遅れを取り戻せないんだよ馬鹿」

本部に申請する備品や食糧を調達する資金など、弾き出さねばならないものはかなりあるのだが五割も終わっていない。

「もうざっくりといくらでその中でやるから、でいいじゃないか。そもそも本部とこっちではモノによって物価が違いすぎる。全部『学府』に請求ツケが通ると思うなよ…!」

研究費とは全く違うやり方にちょっと荒ぶってしまったヘリオドールに、フェンティセーザが軽く溜息を吐く。

「…明日私がやるから…」
「お前根詰めすぎなんだよ。他の仕事も持ってるだろうが。さっさと寝とけ」
「だから眠れん」
「何でだよ」
「…お前が居ないと、眠れん」
「は?」

何を言い出すんだこいつ、という思いを端から端までたっぷり詰め込んだ一言に、しかしフェンティセーザも真顔で返す。

「私だってざっくりといくらかドンと渡してもらってそこからデータを収集して予算一覧を作成する為に事務方黙らせる方便考えたいが何故か寝付けなくて頭が回らん」

──二人とも、実地での研究者肌かんがえはいっしょだったのである。

「それで」

ぐいっとヘリオドールを机からひっ剥がすと、そのままベッドへと連れて行き組み敷く。

「お前がアーマラットから帰って来た夜はことの他良く眠れたのでその力を借りに来た」
「おおよそ借りる側の態度じゃないんだけど?!」

こんな所、見られたら間違いなく誤解を招く。
しかし

「…頼む…」

などとしおらしく、胸に顔を埋められて言われたら流石に邪険にはし辛い。
この手に何度も騙されてきているのに、だ。

「……」

無言で、あやす様に、普段よりより幾分か湿気を含んだ髪を指で漉くように撫でてやると、段々と、フェンティセーザの身体から力が抜けていく。

そうして──

────

「なあ、お前の師匠あのバカどうにかしてくれ」

カパタト神の診療所のとある部屋。
入るや否や鍵を掛けてさんざん愚痴るヘリオドールの話を、エルドナスとフールは強制的に聞かされていた。

引き継ぎが始まってから、毎晩似た様な感じで強制的に寝かされるせいで仕事が進まないわ、手を出してくるならまだしも出してこないせいでなんの対処も取れないわで傍迷惑だ、と。

ああ、だからか──

普段からあまり、言葉を選ばなければ「だらしない」装いのヘリオドールが、そこから更にやや乱れた装いで──彼の名誉のために付け加えておくが、ただただ装いを整えることに無頓着なだけで、服のセンスが壊滅的な訳ではない──部屋に飛び込んで来た際、エルドナスは自分の魔力を軽く増幅させ、部屋の壁や床など内側ぴったりに外殻を這わせて外部からの侵入に備えてしまったのだが、どうやら反射的に行ってしまったソレはなかなかに「読みが当たった」らしい。
さっきから数度<転移>による侵入を跳ね返している。

「……アガット師。
師匠の方は僕でもどうにもなりませんけど、の方はどうにかできますよ」
「もう一つ?」

はい、と答えると、エルドナスは何やら、聞き慣れない言葉でフールと二言三言、会話をする。

「ありがとう」
「どういたしまして」

目の前で幸せそうにいちゃつく弟子たちを見させられながら、ヘリオドールは魔力の圧が解けたのを肌で感じる。
間髪入れず<転移>で飛んで来たのだろう、ヘリオドールの隣にフェンティセーザが現れた。

「エル、何故<転移>での侵入を拒んだ」
「有事ではないんで飛んで入る必要も無いかと……普段通り、普通に入口から入られればよかったのでは?」

魔術師や僧侶がつかう呪文は、難易度や威力によって『階位レベル』が割り振られていて、『階位』毎に一日に使う回数の上限が決まっている。
魔力の質や量どうこうよりも、器である肉体や脳の限界によるものだろう。

(<転移>は最高階位のはずなんだけどな)
それをたった一人の為に惜しげもなく使うあたり相当なんだけどな、とふんわり考えていると、どん、と重い音がして、二人くらい人が座れそうな大きさの木箱が部屋の中に出現する。

「何これ」
「何だ?」

エルフの二人がそっと箱を開け──バタン、と慌てて閉める。

「とりあえず、これだけあれば足りますかね…?」

それは、リヴォワールドにもやった「とりあえずの資金提供」──地下迷宮で自動的に生成される金貨がそれなりに詰まった箱、だった。

「な?!?!これ、どこで……」

流石に驚きを隠せないヘリオドールに、

「『試練場』タイプの地下迷宮では、外部から人を呼び寄せる為に、実際の宝物だけではなくて、貨幣が生成されるんです。
もちろん、運営システム側が勝手にそうそう使えるものではなく、あくまでも『地下迷宮』の『運営と維持』のみにしか使えませんが」

もちろん、街の外ではそのままでは使えないので共通貨に両替しないといけないが、かつてトーリボルは地下迷宮で成り立っていた。街中で使う分には問題ないはずである。
それを、本来なら二人で持って来るべきなのだが、二人とも怪我でまだ動けないので、フールを通して外殻マジシャンに転送させたのだ。

「湯水の様に使われても困りますが、トーリボルの街自体が『学府』傘下になったのであれば、これも地下迷宮に付随する施設の『運営維持』の一環ですので」

研究室を与えられるほどの功績を持つ研究員は、一度部屋を解いたとしても、毎月『学府』から生活費込みで研究費が入って来る。
大抵の研究員は、それらを一旦プールしておいて、いざ研究に入る際に使うのだが、エルドナスの師匠たちは出発までが慌ただしく、研究費の払い戻しの申請まで時間が間に合わなかったのだ。

「とりあえずこれだけあって、これで色々揃えて『学府』に領収書回せば通ると思います」
『学府』、領収書精算だとチェックは結構ザルなんで…

この師匠にしてこの弟子あり。

「「……弟子~~~!!!」」

喜びで思わず怪我人に抱きつきそうになった大の大人二人から、結構必死になってフールが守る羽目になったのは言うまでもない。

────

こうして──箱はひとまず、エルドナスとフールの部屋に置かれて、箱ごと運べる重さになるまでは、少しづつ怪しまれない程度に運ばれる事になった──不眠の原因の一つが改善されて、夜更かしすることも無くベッドに入られる様になったのだが

約一名が勝手に隣に陣取る問題に関しては、未だ解決の兆しは見られないのであった。
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