とあるダンジョンのラスボス達は六周目に全てを賭ける

太嘉

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幕間

時は未だ-1-

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多忙を極める冒険者ギルドに、領主からの召喚状が届いたという連絡を受けて、絡繰士ギルド──いわゆる盗賊・忍者の寄合だが、『盗賊』なぞという言葉は町屋の住人達にあまり印象がよろしくないのだ──の取りまとめ役の、ハーフフットのジャスパはさっそく向かう準備に入った。

ジャスパがかつて組んでいたパーティのうち、彼含めて三人が、ここトーリボルに拠点を構えている。
残り三人は、引退したり旅の空だったりしてどこに居るかは分からない。三人ともタグはまだ返納してないので、居場所は調べれば分かるのだろうが、わざわざ調べる事もない。顔を見るだけでもしたければ、向こうから調べてやってくる様な、そんな気のいい仲間達だ。

カロロン、と、寄合所のドアが開く。
忍者すらもコレを鳴らすことなく開けることは叶わない──ただの『呼鈴』だが、鳴る条件を設定できる固有魔具アーティファクトだ。

「こんにちは~」
「あ、ハロド兄」

やって来たのは歳上のハーフフットの忍者、ハロドだった。ジャスパにとっては先輩にあたる、それなりに高齢なはずの彼も、昔の仲間とパーティを組んで地下迷宮に潜る手筈になっている。

「あれ?ジャスパ、どっかいくの?」
「レイに呼び出し食らったんス~…」

レイ──冒険者ギルドの現マスター、フォスタンド・レイドリックの事だろう。
普段なら、留守番を頼む台詞が続くのだが、それは無かった。
ほんのちょっと泣きそうな雰囲気の声に、何かやらかしたのがバレた感が微かに感じられる。

「……何やらかしたのさ」
「……」

ハロドに尋ねられて、つい、とジャスパは視線を落とす。

何もやらかしてはいないのである──少なくとも、ジャスパが自覚している分では、何も。
トーリボルここに着いてからは茶目っけを出さずに、堅苦しく品行方正にやってきたつもりだ。

ただ、経験上、領主だのなんだのと言われる人種からの召喚よびだしなんて、どんな無理難題か分かったもんじゃない。
この際巻き込んでしまえ、という思惑だけだった。

「…何かやらかしたわけじゃないんだけと…」

嘘は言ってない。



領主からの呼び出しの件で、というのをで。

「…なんだったら、おいらが口添えに入ろうか?」
「ありがとうハロド兄!」

ガバッと抱きつかれて、おっとととハロドがふらつく。

小さなひとたちハーフフットのスキンシップなぞ、見ていてほっこり和むものでしかないはずなのだが、伝令を持って来たギルド員は、その裏側の駆け引きに空恐ろしいものを見る目になっていたのは言うまでもない。

────

冒険者ギルドの奥にあるギルドマスターの部屋で、副マスターのルチレイトに両のこめかみをぐりんぐりんされながらぷらんぷらんと浮いているジャスパを片目に

「…巻き込んで済まなかった」

とフォスタンドが頭を下げる。

「いーよいーよ、どっちにしろ『五行うち』にはフェンティスもいるから、『学府』経由で流れてくるしね」

なんか裏があるよね、と本能で悟ったハロドはわざとジャスパの口車に乗ったのだ。

「情報のすり合わせや早足も必要になるだろうし、そしたら最初っから太めの繋ぎ作っといた方がラクでしょ?」
「それもそうだが…」
「ちょっと順番が逆になっただけだと思えばいいんじゃないかな?おいらならジャスパとはやってけると思うし」

ハーフフットには、言葉を使わずにちょっとしたボディランゲージで情報を伝え合うという、生まれながらの能力がある。エルフ達の指文字よりも情報量が多いし細やかだ。
彼らの体格、体質的なものも、ハーフフットが生まれながらにして「密やかなるもの」──隠密系の匠たらしめるのだが、ほんのちょっとした符牒を使った細やかなやりとりは、仲が深まれば深まるほど、精密さを増してくる。
このこまっしゃくれて偶にトラブルを作ってしまうジャスパを、ハロドは嫌いでは無かった。彼のトラブルなぞどうとでもなる程度には、生きて経験を積んでいるのだ。

「ハロド兄~!」
「ハロド殿の懐の太さに甘えすぎだお前は」

ぐりんぐりん、とこめかみだけでハーフフットの体重を支え続ける腕力を披露しながら、ルチレイトが仲間を嗜める。
ルチレイトの、魔術師らしからぬ恵まれた肉体は、彼が北の国で修行僧をしていた名残なのだそうだ。
修行の旅をしていたところに、たまたま居合わせたエルフの魔術師との交流から魔術師への路に足を踏み入れた、らしい。
「修行僧の頃よりはキレは落ちたがまだまだ遅れは取らん」と、日々鍛錬を怠らないと聞いている。素手でそれなりに戦える魔術師なぞ、ルチレイト位のものだろう。

「ルーツ。話を進めていいか?」
「ああ」

フォスタンドに促されて、ルチレイトが折檻の手を止めた。ぽとり、と床にジャスパが落ちる。

領主リヴォワールドが私用でギルドを頼った事は数度あったが、正式な城への召喚はこれが初めてだ。

いよいよ、だった。

「…『王都』の監視が無くなる事は無かろう。
どこに耳や口があるかも分からん。
余計な事は口にしない。現時点で言葉にするのは『最低限』ギルドでやれる事だけだ。いいな?」
今の段階で『王都』の手がギルドに紛れ込んでいたら、余計な周知は自分達の首を絞める事に繋がる。

フォスタンド、ルチレイト、ジャスパの三人は、冒険者ギルド本部からの密命を受けていた。
それは──

今はほとんどの者が知る由もない、住人達も口を噤んで開かない、トーリボルの二度目の蹂躙の詳細を掴む事だった。

その情報如何によっては、冒険者ギルドも王都への対応が変わる。
冒険者達は、それぞれの信念や立ち位置が違うものだが──カパタト神の奇跡の祈りすらも届かなかった数多の同胞達の無念をそのままにしておく程、彼らは末端に至るまで、薄情では無いのだ。

「ハロド殿には、『学府』への繋ぎとなってもらう」
「分かったよ。こっちも何かあったらそっちに伝えるね」
「…頼む」

『五行』が信頼に足るとフォスタンドが判断したのは、彼らが『学府』側であることと『スリスファーゼの双子』以外の出自がこの国では無い事、そして『アーマラットの呪いの迷宮』を制覇した実績がある事だ。
一つ地下迷宮を制覇すれば、その名声から、受ける依頼の内容と共に依頼料も格段に増える。金を掴ませて探らせようとしても、端金では到底動かせない。
そして如何なる理由であっても、王侯貴族が冒険者を直接呼び付けて任務を強制する事は禁止されている。依頼をする側も、受ける側も、ギルドを通さなければ万が一の時にギルドは動かないし、あまりに目に余る時は双方ともギルドから追放され、追放の記録は一気に全ギルドに共有される。
依頼をする側も、冒険者の手を借りられなくなるのだ。

「それじゃ、おいらはこれで」
ハロドがまたね、と手を挙げて挨拶すると
「送ってくるね」
とジャスパが動く。

二人を見送ったフォスタンドとルチレイトは、密命を思い出して無意識に詰めていた息を深く、深く吐き出したのだった。
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