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集結の章 挿話─風─
ヘリオドール・アガットの暗躍と受難─1─
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がば、と布団を跳ね除けて、ヘリオドール・アガットは飛び起きた。
──余程、何かがあったのか、呼吸は荒い。
「……大丈夫か?」
「大丈夫な、訳が、あるか、この馬鹿」
すぐそばからの声に、忌々しげな視線を向ける。
隣にいるこの男、フェンティセーザ──吟遊詩人達の詠う題材の一つにもなった、俗に言うところの『迷宮を制覇した稀代の魔術師』は、ヘリオドールがどんなに一人で眠りたくとも、鍵を掛けようが罠を仕掛けようがお構いなしで毎晩布団に潜り込んでくるのだ。
「一緒の方がぐっすり眠れる」
というわがままな理由で。
下心はしっかりとあるくせに、ただ、側で眠るだけの為に来るのだ。
そして、フェンティセーザはヘリオドールの夢を、共に眠る時だけ『共有する』。
それがどんな夢だろうが、だ──今見た夢だって当然の如く共有しているはずだ。
プライベートなんてあったものではない。
しかし──
(夢の内容すらも自由に見られないのかよ、私がくっっそどえろい夢とか見たらどうするんだこの馬鹿は)
と口に出す勇気が振り絞れない。
何せ「季節がいいから」と、上着を脱いで潜り込んでくるのだから、下手に言おうものなら──
「………」
それにしても嫌な夢、だった。
がりがりと頭を掻きながらヘリオドールは思考する。
それは、今まで見た事がない『未来』の一コマだった。
──夢の中の風景は、間違いなく今のトーリボルの姿だ。
女性が二人、その向こうには何度も通う羽目になっている冒険者ギルドの建物が見える。
ギルドの玄関に立ち塞がる一人の貧相な男。
それまでの間に、『虚空』や『呪いの穴』ですらここまでは出ないだろうという数の、ならず者達。
貧相な男からは、異様な雰囲気を
夢全体から不穏な雰囲気を、
そして何より、感じるのは──
「……」
頭を掻くのをやめて、数秒、ヘリオドールはだらりと腕を下ろした。瞳の焦点は若干合わず、どこか虚ろだ。
「はぁ…めんどくさ」
盛大なため息と共に、忌々しげに吐き捨てる。
「ティス、動けるか?」
「あの二人を助ける気か?」
「ああ、『助けないといけない』」
「それは人としてか?それとも」
「『後者』の方」
────
夢見と、トーリボル城の裏手の不審火事件、それらにまつわる出来事で、ヘリオドールはフェンティセーザに、今まで秘していた事を開示に踏み切った。
──ヘリオドールは『地下迷宮システム』である。
しかしどこの地下迷宮のシステムか、などの詳細は、彼の口からは語られなかった。
曰く「呪いの穴の『呪い』の代償だ」と。
本来の名前も、能力も、記憶も、システムとしての固有の知識も、ヘリオドール自身が口にする事を禁じられ、姿形すらも想像も付かない姿に置き換えられ、そして呪いを受けたその前後の記憶ごと、システムの大部分を封印された。
だから何故、ここまでの変質する程の呪いをその身に受けたのかすらも、今のヘリオドールからは抜け落ちている。
一度詳らかにすると決めたら「全て」そうする潔さがヘリオドールにはある。それはフェンティセーザも心得ていた。その本人が事情を説明した上で『語りたくても語れない』──つまり、自分が今まで目にしたモノから推測しろと告げるに留めたのだ。
「そんな『呪い』をさ、姿だけでも看破する『空色の目』って、全くなんてもんなんだよ」
言われてみれば、『学府』で二人と出会ってから、夢の中の自分の姿が普段の姿と違うことに気がついた。
夢の中での自分の姿が変わった訳ではない。
そうと認識できてなかった──認識阻害まで施されていたのだ。
そこまで侵食するほど深く、強い『呪い』を受けて、受け入れて、一基のシステムは、どこにでもいそうな普通のエルフとして生きてきたのだ。
────
「早めに手を打ちたい。できればすぐ。
あの二人を失ってはいけない。理由はともかく、内側から抑えきれない衝動が突き急かしてる感じだよ。下手したらこれ今日かも──ああ」
「落ち着け、ヘリオ」
お前らしくない、と、服を着ようとしてじたじたともがいているヘリオドールを背後から抱き締める。
「動きたいのは分かるが、その為の私達だろう。抑えろ、私達を使え」
ヘリオドールはしばらく腕の中でじたじたともがいていたが、諦めて大きく2~3度深呼吸を繰り返した。
「いつまでに手を打ちたい?」
「ギルドが開く前には」
外はまだ暗い。夜明け前だ。
「何をしたい」
「最低でもあの二人の女性が来るのがいつかを把握、合わせてこないだ持ち込んだ防護壁の起動はしたい。貧相な男の異様さの解明は絶対。あれをどうにかしないと二人組は詰みだね」
女性達の素性はこの際問わない、そうヘリオドールは付け加えた。
「ああ、あ──わかった」
「ヘリオ?」
「時が、動かなくなる。鍵が、消える、また、繰り返される、んだ」
落ち着いた呼吸が、衝動が、再び暴れるようにぶり返す。
「駄目だ、だめだ、いやだ、くりかえさないでくれ、たのむ」
まるで悲鳴の様な、絶望の色濃い声色に、フェンティセーザが慌てて顔を上げさせて覗き込むと、目の光は消えそうで、虚ろで──
ぼろぼろと、涙が頬を伝っていた。
「──たすけ、て」
絞り出す様な震える小さな声ごと、フェンティセーザは抱き締めて、静かに何かを囁き続けた。
────
全身で感じる体温の、抱き締められる窮屈さの、心地よさ──不思議な安心感に包まれているのを感じながら、ヘリオドールは、いつの間にか沈んでいた心が浮上していくのを意識した。
「……ティス、ティス」
「……落ち着いたか」
「ああ」
普段の声色に戻ったのを確認して、フェンティセーザはヘリオドールを解放した。
普段からは想像もつかない程の狼狽から立ち直った男は、どれくらい時間が過ぎたかを確認する。
「そう時間は経っていない」
落ち着くまで一刻ほども経っていない。
「ギルドへの繋ぎはハロドに頼む」
冒険者ギルドが門を開くまであと三刻ほどあるが、絡繰士ギルドはどこの街だって年がら年中開店中だ。そこを取りまとめている、ギルドマスターのパーティメンバーのジャスパを通すらしい。
「ハロドにはそのまま、横丁に向かってサムライ達に事の次第を伝えてもらう。そこから領主殿にも話が行くはずだ」
横丁──サムライ達の寄合所を仕切る二人の侍は、領主にとっては隣国ヒノモトからの賓客でもあり、領主直属の人材でもある。
彼らの耳に入った情報は、早かれ遅かれ領主にも共有されるはずだ。
「女二人の情報は思い出せるか?」
「いや、二人の情報は後姿位、だけだ」
ヘリオドールの夢の中では、冒険者ギルドに向かっていく二人の背後からの映像だけだったから、女性である事と、髪型と髪の色くらいしか判別ができなかった。
「防護壁の起動には時間と魔力量が必要だろう?」
「そこは『蛇の道はなんとやら』ってね」
今のお前になら見せられるよ、と続いた言葉で、フェンティセーザには真っ当な方法では無いのだなと容易に想像が付いた。
「それよりも、貧相なのの異様さの解明だね。
放置してたら間違いなく、この街にとっても嫌な状況になる」
「方法は?」
夢を通して見た相手の素性の看破など、聞いたことがない。が、ヘリオドールは平然と無茶を言ってのけた。
「お前の目で、見抜け。
私がお前の干渉を受け入れればいいだけの話だ」
────
フェンティセーザが起き抜けのハロドを捕まえて、事の次第を説明し、送り出した後。
「どうやるといい?」
「何度かお前を『引き上げた』方法で、お前が私の中に入ってくるといい。正気をどこまで保てるか分からないけど、できるだけ先導はする」
ベッドの上に向かい合わせで座って、ヘリオドールは上半身の服をなんとか脱ぎ捨てた。
「私がこのままお前の足の上に座って、可能な限り肌を密着させるから、触れ合った所から溶けて、混ざり合って、染み込んで、一つになる様な感じで私の中に入ってくるといい。
そうしたら、入って来た所にアンカーを作って、魔力の端をそこに結びつける。そこから、迷宮の攻略に糸玉を使う話があっただろう?あんな感じで、細く途切らせないように魔力の糸を保ちながら、過去だと思う方向に進んでいけば、そのうち辿り着く。
流れとしてはこんな感じ」
「無茶を言うな」
「お前が言うなよ」
至極当然のフェンティセーザの即答に、今まで無茶振りを強いられて来たヘリオドールが即答で返す。
「時間が無い。すぐやるよ」
この潜り方は、ヘリオドールが使う手段の中でも一番安全だが、三つの難点がある。
一つ目は、潜り続ける為の魔力とは別に、安全帯としての魔力が別に必要なこと。
二つ目は、時間の流れる速さより速く潜らなければ、いつまで経っても目的地には辿りつかないこと。
そして、三つ目は──
フェンティセーザの足の上に向かい合わせで座ると、ぴったりと肌と肌を重ねる。
「ティス。このまま後ろに寝転んで。
寝てる方がラクだから」
「…、酷だな」
「四の五の言わない。難易度下げたいんだ」
一瞬、息を呑んだ後の小さな呟きに、甘やかさも何もない声が返ってくる。
肌と肌をぴったりと重ねたまま、フェンティセーザはヘリオドールの腰を抱えてごろり、と寝転ぶ。相手の全体重が掛かってきて、心の中で(なるほど)となった。
確かに酷だが、離れる心配は無い。
触れ合った肌から伝わる体温が、心地いい。
(ここから、溶けて──)
混ざり合って
染み込んで
合わさりあう──
(……これは……)
────
ぐん、と引き込まれる感覚の後で、肌を刺す感覚が、変わった。
フェンティセーザが目を開けると、星の輝く夜空の様な空間の中に、ふうわりと浮いていた。
気配を感じた方を見ると、無意識の中の姿のヘリオドールが、フェンティセーザの手をしっかりと握っている。
(不思議だね。お前の中は羊水みたいな感じなのに、私自身はこうなのか)
(そうなのか?)
(ああ…ごめん、つい。
アンカーはこっちで打った。糸も張った。時間が無い、急ごう)
初めて見た自分の無意識の世界に感嘆を隠さないヘリオドールが先を促すと、フェンティセーザは抱き寄せてしっかりと腰を抱いた。
(しっかり捕まっててくれ)
(うん)
初めて来た『世界』なのに、勝手知ったるなんとやら、といった風に、フェンティセーザは一歩後ろに下がった。
途端に、景色が一変する。
(……!)
目の前に、一冊の分厚い書物が現れた。
それにフェンティセーザが手を翳すと、表紙がぱたり、と開き、ぱらぱらと頁が捲れ始める。
(ここだな)
まるで文献を速読で検索するかの様に、夜明け前の夢を見つけると、今度は二歩、近づいた。
三歩目を踏み出したその時、二人の意識は書物に『吸い込まれた』。
────
(……驚いたよ。初めて潜ったばかりなのに、私の記憶への入り方が分かるだなんて)
自分でも知らないのにどうして、と言わんばかりの表情のヘリオドールに
(いや、お前が無意識で教えてくれたのではないのか?)
きょとんとした顔で、フェンティセーザが顔を見合わせる。
(そうじゃないなら『学府』の奥書架と同じ空気がした気がしたから……かもしれないが)
二人が入ったのは目的地、ついさっき醒めたヘリオドールの夢の中だった。
女二人、奥に冒険者ギルド。
ギルドの入口に立ち塞がる貧相な男。
(あいつだ)
(分かった)
言われてすぐに、フェンティセーザは瞳に意識を集中させた。
フェンティセーザと妹のアレンティーナは、見る気が無くても見たくないモノを見る羽目になる『鑑識眼』を、物心ついた時からずっと制御し続けてきていた。
それこそ、呼吸をする様に制御するのが常の状態になるまでは──
散々、人の心も能力も
「どうせ嫌でも見えるんだからこの際隅々まで看破してしまえ」と、見まくってきたのだ。
双子の間だけの秘密なのだが、他人の秘匿の看破の方が、二人にとっては息をする様なものだし、フェンティセーザに至ってはその目を使って罠を掻い潜って夜な夜なヘリオドールの横に潜り込んでいる訳である。
ちょっと意識して制御を外しただけで、看破などお手のもの──だが。
す、とまぶたを閉じて、ととと、とフェンティセーザは後ろに下がった。
(…ティス?)
(話は後だ、戻るぞ)
(分かった、まかせろ)
短い言葉から伝わる切迫した感覚に、ヘリオドールが即座に反応する。
夢の頁から吐き出されるのと同時に、フェンティセーザを招き入れる前に予め打っておいたアンカーまで、急浮上する様に魔力の糸を巻き上げる。
巻き上げ切ったその真上にヘリオドールが手を翳すと、人一人通れる程の割れ目が出来た。
無意識の外への出入り口だ。
(ティス、先行って)
(分かった)
先にフェンティセーザが割れ目に入り、ヘリオドールを引き上げる。
((…急げ!))
フェンティセーザの手が、ヘリオドールを引き上げると同時に、ヘリオドールが打ち込んだアンカーが、砂となって崩れ落ちた。
────to Next……
──余程、何かがあったのか、呼吸は荒い。
「……大丈夫か?」
「大丈夫な、訳が、あるか、この馬鹿」
すぐそばからの声に、忌々しげな視線を向ける。
隣にいるこの男、フェンティセーザ──吟遊詩人達の詠う題材の一つにもなった、俗に言うところの『迷宮を制覇した稀代の魔術師』は、ヘリオドールがどんなに一人で眠りたくとも、鍵を掛けようが罠を仕掛けようがお構いなしで毎晩布団に潜り込んでくるのだ。
「一緒の方がぐっすり眠れる」
というわがままな理由で。
下心はしっかりとあるくせに、ただ、側で眠るだけの為に来るのだ。
そして、フェンティセーザはヘリオドールの夢を、共に眠る時だけ『共有する』。
それがどんな夢だろうが、だ──今見た夢だって当然の如く共有しているはずだ。
プライベートなんてあったものではない。
しかし──
(夢の内容すらも自由に見られないのかよ、私がくっっそどえろい夢とか見たらどうするんだこの馬鹿は)
と口に出す勇気が振り絞れない。
何せ「季節がいいから」と、上着を脱いで潜り込んでくるのだから、下手に言おうものなら──
「………」
それにしても嫌な夢、だった。
がりがりと頭を掻きながらヘリオドールは思考する。
それは、今まで見た事がない『未来』の一コマだった。
──夢の中の風景は、間違いなく今のトーリボルの姿だ。
女性が二人、その向こうには何度も通う羽目になっている冒険者ギルドの建物が見える。
ギルドの玄関に立ち塞がる一人の貧相な男。
それまでの間に、『虚空』や『呪いの穴』ですらここまでは出ないだろうという数の、ならず者達。
貧相な男からは、異様な雰囲気を
夢全体から不穏な雰囲気を、
そして何より、感じるのは──
「……」
頭を掻くのをやめて、数秒、ヘリオドールはだらりと腕を下ろした。瞳の焦点は若干合わず、どこか虚ろだ。
「はぁ…めんどくさ」
盛大なため息と共に、忌々しげに吐き捨てる。
「ティス、動けるか?」
「あの二人を助ける気か?」
「ああ、『助けないといけない』」
「それは人としてか?それとも」
「『後者』の方」
────
夢見と、トーリボル城の裏手の不審火事件、それらにまつわる出来事で、ヘリオドールはフェンティセーザに、今まで秘していた事を開示に踏み切った。
──ヘリオドールは『地下迷宮システム』である。
しかしどこの地下迷宮のシステムか、などの詳細は、彼の口からは語られなかった。
曰く「呪いの穴の『呪い』の代償だ」と。
本来の名前も、能力も、記憶も、システムとしての固有の知識も、ヘリオドール自身が口にする事を禁じられ、姿形すらも想像も付かない姿に置き換えられ、そして呪いを受けたその前後の記憶ごと、システムの大部分を封印された。
だから何故、ここまでの変質する程の呪いをその身に受けたのかすらも、今のヘリオドールからは抜け落ちている。
一度詳らかにすると決めたら「全て」そうする潔さがヘリオドールにはある。それはフェンティセーザも心得ていた。その本人が事情を説明した上で『語りたくても語れない』──つまり、自分が今まで目にしたモノから推測しろと告げるに留めたのだ。
「そんな『呪い』をさ、姿だけでも看破する『空色の目』って、全くなんてもんなんだよ」
言われてみれば、『学府』で二人と出会ってから、夢の中の自分の姿が普段の姿と違うことに気がついた。
夢の中での自分の姿が変わった訳ではない。
そうと認識できてなかった──認識阻害まで施されていたのだ。
そこまで侵食するほど深く、強い『呪い』を受けて、受け入れて、一基のシステムは、どこにでもいそうな普通のエルフとして生きてきたのだ。
────
「早めに手を打ちたい。できればすぐ。
あの二人を失ってはいけない。理由はともかく、内側から抑えきれない衝動が突き急かしてる感じだよ。下手したらこれ今日かも──ああ」
「落ち着け、ヘリオ」
お前らしくない、と、服を着ようとしてじたじたともがいているヘリオドールを背後から抱き締める。
「動きたいのは分かるが、その為の私達だろう。抑えろ、私達を使え」
ヘリオドールはしばらく腕の中でじたじたともがいていたが、諦めて大きく2~3度深呼吸を繰り返した。
「いつまでに手を打ちたい?」
「ギルドが開く前には」
外はまだ暗い。夜明け前だ。
「何をしたい」
「最低でもあの二人の女性が来るのがいつかを把握、合わせてこないだ持ち込んだ防護壁の起動はしたい。貧相な男の異様さの解明は絶対。あれをどうにかしないと二人組は詰みだね」
女性達の素性はこの際問わない、そうヘリオドールは付け加えた。
「ああ、あ──わかった」
「ヘリオ?」
「時が、動かなくなる。鍵が、消える、また、繰り返される、んだ」
落ち着いた呼吸が、衝動が、再び暴れるようにぶり返す。
「駄目だ、だめだ、いやだ、くりかえさないでくれ、たのむ」
まるで悲鳴の様な、絶望の色濃い声色に、フェンティセーザが慌てて顔を上げさせて覗き込むと、目の光は消えそうで、虚ろで──
ぼろぼろと、涙が頬を伝っていた。
「──たすけ、て」
絞り出す様な震える小さな声ごと、フェンティセーザは抱き締めて、静かに何かを囁き続けた。
────
全身で感じる体温の、抱き締められる窮屈さの、心地よさ──不思議な安心感に包まれているのを感じながら、ヘリオドールは、いつの間にか沈んでいた心が浮上していくのを意識した。
「……ティス、ティス」
「……落ち着いたか」
「ああ」
普段の声色に戻ったのを確認して、フェンティセーザはヘリオドールを解放した。
普段からは想像もつかない程の狼狽から立ち直った男は、どれくらい時間が過ぎたかを確認する。
「そう時間は経っていない」
落ち着くまで一刻ほども経っていない。
「ギルドへの繋ぎはハロドに頼む」
冒険者ギルドが門を開くまであと三刻ほどあるが、絡繰士ギルドはどこの街だって年がら年中開店中だ。そこを取りまとめている、ギルドマスターのパーティメンバーのジャスパを通すらしい。
「ハロドにはそのまま、横丁に向かってサムライ達に事の次第を伝えてもらう。そこから領主殿にも話が行くはずだ」
横丁──サムライ達の寄合所を仕切る二人の侍は、領主にとっては隣国ヒノモトからの賓客でもあり、領主直属の人材でもある。
彼らの耳に入った情報は、早かれ遅かれ領主にも共有されるはずだ。
「女二人の情報は思い出せるか?」
「いや、二人の情報は後姿位、だけだ」
ヘリオドールの夢の中では、冒険者ギルドに向かっていく二人の背後からの映像だけだったから、女性である事と、髪型と髪の色くらいしか判別ができなかった。
「防護壁の起動には時間と魔力量が必要だろう?」
「そこは『蛇の道はなんとやら』ってね」
今のお前になら見せられるよ、と続いた言葉で、フェンティセーザには真っ当な方法では無いのだなと容易に想像が付いた。
「それよりも、貧相なのの異様さの解明だね。
放置してたら間違いなく、この街にとっても嫌な状況になる」
「方法は?」
夢を通して見た相手の素性の看破など、聞いたことがない。が、ヘリオドールは平然と無茶を言ってのけた。
「お前の目で、見抜け。
私がお前の干渉を受け入れればいいだけの話だ」
────
フェンティセーザが起き抜けのハロドを捕まえて、事の次第を説明し、送り出した後。
「どうやるといい?」
「何度かお前を『引き上げた』方法で、お前が私の中に入ってくるといい。正気をどこまで保てるか分からないけど、できるだけ先導はする」
ベッドの上に向かい合わせで座って、ヘリオドールは上半身の服をなんとか脱ぎ捨てた。
「私がこのままお前の足の上に座って、可能な限り肌を密着させるから、触れ合った所から溶けて、混ざり合って、染み込んで、一つになる様な感じで私の中に入ってくるといい。
そうしたら、入って来た所にアンカーを作って、魔力の端をそこに結びつける。そこから、迷宮の攻略に糸玉を使う話があっただろう?あんな感じで、細く途切らせないように魔力の糸を保ちながら、過去だと思う方向に進んでいけば、そのうち辿り着く。
流れとしてはこんな感じ」
「無茶を言うな」
「お前が言うなよ」
至極当然のフェンティセーザの即答に、今まで無茶振りを強いられて来たヘリオドールが即答で返す。
「時間が無い。すぐやるよ」
この潜り方は、ヘリオドールが使う手段の中でも一番安全だが、三つの難点がある。
一つ目は、潜り続ける為の魔力とは別に、安全帯としての魔力が別に必要なこと。
二つ目は、時間の流れる速さより速く潜らなければ、いつまで経っても目的地には辿りつかないこと。
そして、三つ目は──
フェンティセーザの足の上に向かい合わせで座ると、ぴったりと肌と肌を重ねる。
「ティス。このまま後ろに寝転んで。
寝てる方がラクだから」
「…、酷だな」
「四の五の言わない。難易度下げたいんだ」
一瞬、息を呑んだ後の小さな呟きに、甘やかさも何もない声が返ってくる。
肌と肌をぴったりと重ねたまま、フェンティセーザはヘリオドールの腰を抱えてごろり、と寝転ぶ。相手の全体重が掛かってきて、心の中で(なるほど)となった。
確かに酷だが、離れる心配は無い。
触れ合った肌から伝わる体温が、心地いい。
(ここから、溶けて──)
混ざり合って
染み込んで
合わさりあう──
(……これは……)
────
ぐん、と引き込まれる感覚の後で、肌を刺す感覚が、変わった。
フェンティセーザが目を開けると、星の輝く夜空の様な空間の中に、ふうわりと浮いていた。
気配を感じた方を見ると、無意識の中の姿のヘリオドールが、フェンティセーザの手をしっかりと握っている。
(不思議だね。お前の中は羊水みたいな感じなのに、私自身はこうなのか)
(そうなのか?)
(ああ…ごめん、つい。
アンカーはこっちで打った。糸も張った。時間が無い、急ごう)
初めて見た自分の無意識の世界に感嘆を隠さないヘリオドールが先を促すと、フェンティセーザは抱き寄せてしっかりと腰を抱いた。
(しっかり捕まっててくれ)
(うん)
初めて来た『世界』なのに、勝手知ったるなんとやら、といった風に、フェンティセーザは一歩後ろに下がった。
途端に、景色が一変する。
(……!)
目の前に、一冊の分厚い書物が現れた。
それにフェンティセーザが手を翳すと、表紙がぱたり、と開き、ぱらぱらと頁が捲れ始める。
(ここだな)
まるで文献を速読で検索するかの様に、夜明け前の夢を見つけると、今度は二歩、近づいた。
三歩目を踏み出したその時、二人の意識は書物に『吸い込まれた』。
────
(……驚いたよ。初めて潜ったばかりなのに、私の記憶への入り方が分かるだなんて)
自分でも知らないのにどうして、と言わんばかりの表情のヘリオドールに
(いや、お前が無意識で教えてくれたのではないのか?)
きょとんとした顔で、フェンティセーザが顔を見合わせる。
(そうじゃないなら『学府』の奥書架と同じ空気がした気がしたから……かもしれないが)
二人が入ったのは目的地、ついさっき醒めたヘリオドールの夢の中だった。
女二人、奥に冒険者ギルド。
ギルドの入口に立ち塞がる貧相な男。
(あいつだ)
(分かった)
言われてすぐに、フェンティセーザは瞳に意識を集中させた。
フェンティセーザと妹のアレンティーナは、見る気が無くても見たくないモノを見る羽目になる『鑑識眼』を、物心ついた時からずっと制御し続けてきていた。
それこそ、呼吸をする様に制御するのが常の状態になるまでは──
散々、人の心も能力も
「どうせ嫌でも見えるんだからこの際隅々まで看破してしまえ」と、見まくってきたのだ。
双子の間だけの秘密なのだが、他人の秘匿の看破の方が、二人にとっては息をする様なものだし、フェンティセーザに至ってはその目を使って罠を掻い潜って夜な夜なヘリオドールの横に潜り込んでいる訳である。
ちょっと意識して制御を外しただけで、看破などお手のもの──だが。
す、とまぶたを閉じて、ととと、とフェンティセーザは後ろに下がった。
(…ティス?)
(話は後だ、戻るぞ)
(分かった、まかせろ)
短い言葉から伝わる切迫した感覚に、ヘリオドールが即座に反応する。
夢の頁から吐き出されるのと同時に、フェンティセーザを招き入れる前に予め打っておいたアンカーまで、急浮上する様に魔力の糸を巻き上げる。
巻き上げ切ったその真上にヘリオドールが手を翳すと、人一人通れる程の割れ目が出来た。
無意識の外への出入り口だ。
(ティス、先行って)
(分かった)
先にフェンティセーザが割れ目に入り、ヘリオドールを引き上げる。
((…急げ!))
フェンティセーザの手が、ヘリオドールを引き上げると同時に、ヘリオドールが打ち込んだアンカーが、砂となって崩れ落ちた。
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リューリアを慰めたり、憤慨することもない父。マリアルナが王子妃になることを手放しで喜んだ母。
二人は、これまでのリューリアの人生を振り回しただけでなく、これからの未来も勝手に決めて命じる。
四つ違いの妹。母によく似たかわいらしい妹が生まれ、母は姉であ、リューリアの育児を放棄した。
そんなリューリアを不憫に思ったのか、ただの厄介払いだったのか。田舎で暮らしていた祖母の元に預けられて育った。
両親から離れたことは寂しかったけれど、祖母は大切にしてくれたし、祖母の家のお隣、幼なじみのシオンと仲良く遊んで、それなりに楽しい幼少期だったのだけど。
「第二王子と結婚せよ」
十年前、またも家族の都合に振り回され、故郷となった町を離れ、祖母ともシオンとも別れ、未来の王子妃として厳しい教育を受けることになった。
好きになれそうにない相手だったけれど、未来の夫となる王子のために、王子に代わって政務をこなしていた。王子が遊び呆けていても、「男の人はそういうものだ」と文句すら言わせてもらえなかった。
そして、20歳のこの日。またも周囲の都合によって振り回され、周囲の都合によって未来まで決定されてしまった。
冗談じゃないわ。どれだけ人を振り回したら気が済むのよ、この人たち。
腹が立つけれど、どうしたらいいのかわからずに、従う道しか選べなかったリューリア。
せめて。せめて修道女として生きるなら、故郷で生きたい。
自分を大事にしてくれた祖母もいない、思い出だけが残る町。けど、そこで幼なじみのシオンに再会する。
シオンは、結婚していたけれど、奥さんが「真実の愛を見つけた」とかで、行方をくらましていて、最近ようやく離婚が成立したのだという。
真実の愛って、そんなゴロゴロ転がってるものなのかしら。そして、誰かを不幸に、悲しませないと得られないものなのかしら。
というか。真実もニセモノも、愛に真贋なんてあるのかしら。
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いっしょにいて、いっしょに楽しんで。昔を思い出して。
傷を舐めあってるんじゃない。今を楽しみ、愛を、想いを育んでいるの。だって、わたしも彼も、幼い頃から相手が好きだったってこと、思い出したんだもの。
だから。
わたしたちの見つけた「真実の愛(笑)」、邪魔をしないでくださいな♡
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