とあるダンジョンのラスボス達は六周目に全てを賭ける

太嘉

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集結の章

王達の帰還─下─

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コン、コンと、ドアをノックする音がした。

──ああ、久々に聴く。

そう、部屋の最奥に立つ銀髪の男は、キィ、と扉が立てる音を聴きながら、振り向いて来客を迎える。

羽を打つ音と風を切る音とが、男の間近でした。

「よく、戻って来てくれた」
「ちったァマシな顔になったじゃないの」

銀髪の男のすぐ側に、大きな二つの人影が形を成す。

「お久しぶりねぇ、『マスター』」
「久しぶりだな、『マスター』」
「…お帰り、『不死なりし王ノーライフキング』に『魔のモノ達の王アークデーモン』」

十五年ほど前に別れてから、しかしさほど老いては居ないダンジョンマスターの顔を見て、『不死なりし王ノーライフキング』は少しだけ、眉を顰めた。

「『フールあのこ』は?」
「修復中だ」
「あの姿のままでか?」
「ああ」

居るならいい、と二人はダンジョンマスターの頭をぐしぐしと撫でる。

人間風情にしては恐ろしい程の魔力の量。
そのくせに、誰とも戦おうとも争おうともしない。
魔のモノですらも砂粒ほどしかない良心が痛みを感じるほど、見ていられない人の良さ。
感心を通り越して呆れる程の探究心。

だからこそ、放っておけず──否、目を離す訳にはいかずに、最初は付き合っていた様なものだ。
下手に転べば即、自分達魔族への脅威になり得る力を持っているからだった。

しかし徐々に、男と、そんな男の元に集まる者たち──男より遥かに強く、戦えて、処世に長けた者たちと連むのが、愉快だった。
人間の生きる時間なぞ、不死の王にとっては瞬きにも等しい。たまたま目が覚めたタイミングでの退屈しのぎにはちょうど良かった。

そのうち、男達も死ぬだろう。そうしたらまた、今までの様に戻ればいい。

その程度だった。

世界が男の脅威となって、大切なものを奪っていった、その時までは。

自分達を出し抜き、卑劣な手段で、敵は男を捕らえた。
敵から男を取り戻す為に、人型を形取ったシステムが男を手に掛け、替わりに連れ去られた──

介入を阻まれ、やっと男が、大切なものを取り戻すまでを、見ているだけしかできなかった。

──五度、男は、脅威に牙を剥かず、やり直す事を選んだ。

そして六度目、やっと、男は牙を剥いた。

その時、何故、男が今まで牙を剥かなかったのかを目の当たりにした。

──「僕は──私は、戦えないんだ」
何かにつけては甘い男の言葉を、軽くみていた。自分の我を通す為だけに振るうには、その牙は余りにも、強すぎたのだ。

たった一度の、感情に任せた攻撃呪文で、一つ大都市を壊滅させた。
その威力は確実に自分達を滅ぼす──興奮に、思わず身震いが起こったほどに。

「……付き合うのはコレが最後よ。アンタが次に死んだら、アタシは自由にさせて貰うわ」

その時から『不死なりし王ノーライフキング』には分かっていた。
もう、自分達が膝をつき『マスター』と呼ぶこの男に、命の余力なぞ残っていない事を。

たった十数程度年といえど、五回も時を遡ったのだ。
どんなに魔力が有ろうとも、六度目はもう──否、遡らずとも、もう、器が保たない。

それでもこの男は、今までに、どんな路をも選べたというのに、この場に戻って来て、再び迷宮の主人として立つという──

(ならば、最期まで付き合うってのが膝をついたモノアタシとしての矜持なのよねぇ)

不死なりし王ノーライフキング』が、主の男の横を抜けて、システムルームを隔てる壁に手をついた。

「──『繋げ』」

短い命令に、壁が一瞬、ぼんやりとした光を放って、消えた。

「──ようこそ、ここは『シリアルコード:B10F1703-システム起動ポイント』です。

──指紋照合クリア
──魔力パターン照合クリア

──おかえりなさい、システム04:EMPEROR」

「ただいま、システム02: HIGH PRIESTESS
──みんな元気にしてたぁ?」

爪先から髪の毛先まで、迷宮の魔力に満たされて行くのを感じながら、『不死なりし王ノーライフキング』がシステムに語りかける。

不死なりし王ノーライフキング』は、『試練場』に居座ると決めたその時に、22に細分化された地下迷宮システムの一つと契約した。『試練場』に縛られる為、他のダンジョンマスターに召喚されたとしても、『試練場』ほどの強さは発揮できなくなってしまったが、不死の男にはそれもまた一興、でしかない。
それにフールの様な、迷宮専用専属のシステムではないせいか、自由にこの地下迷宮から離れることが出来る。

返事は、無かった。
ただ、現在までの状況が、情報として流れ込んでくる。

「──迷宮を破壊されなかったのが、幸いだった様だ」
「そうねぇ」

主の言葉に返しながら、一つの迷宮として感知できる範囲が、五度目よりも極端に広くなっているのを、二体の王は肌で感じていた。

「まさかとは思うが」
「『宝物庫』まで起動している」

魔のモノ達の王アークデーモン』の言葉に、少しだけ、どこか誇らしげに、主が答える。
まるで憑き物が晴れた様な声に、再び『不死なりし王ノーライフキング』が眉を顰めた。

が。
気を取り直す様に。

「ほぉらアーク!アンタももうこの際『契約』しちゃったら?」
だね!
オレはまだまだ色んな迷宮ところに顔突っ込みてェの。お前ライキンみたいに一つ所に縛られてたまるものか!」

まるで恋人に手を差し伸べる様に、壁に触れているのとは逆の手を差し伸べる『不死なりし王ノーライフキング』に『魔のモノ達の王アークデーモン』が忌々しげに即答する。

じわり、じわりと染み込む様に、玄室に満ちる迷宮の主の魔力が『魔のモノ達の王アークデーモン』に流れ込んでくる──

常に知識を満たす欲に飢えている『魔のモノ達の王アークデーモン』は──自分を喚ぶに相応しい力を持っているのが絶対条件だが──意外と喚ばれればすぐ顔を出す。

この迷宮にだって、喚ばれたから来た。
それだけだった。
ただ、本能が、召喚者である男との──システムとの契約を拒絶した。

魔族というものは、自分を喚んだ存在と、魂を対価として『契約』する。高位の魔族からしてみたら、命ある生き物が持つモノで琴線に触れるモノが『魂』くらいしかない、それだけの事なのだが。

本能が契約を拒絶した理由は、『魔のモノ達の王アークデーモン』にはすぐに分かった。
召喚者の魂は、とっくにこの迷宮に捧げられていた様なモノだった。
自分の取り分なぞ、最初っからどこにも無かったからだ。

──つまらん。
などと溜息をつく暇などなかった。

人間風情にしては桁違いに質が良すぎる魔力。
それを惜しむ事なく迷宮に注ぎ込む己のなさ。
こいつ、前に立つモノがが魔のモノなのを忘れてるんじゃなかろうか?と勘繰ってしまうほど、見ていられない人の良さ。

──そして、時折、最奥へ続く扉を見やる、絶望の色を宿した目。

ほんのちょっと、何かを教えてやれば、そこから始まるなんとも授業めいたやりとりが、嫌いでは無かった。

やがて、一人、二人と男の仲間が増えて行く。
ただただ迷宮の維持だけに据えられている男なんぞよりも、遥かに強くて戦える仲間の、思慮深さや頭のキレの良さが「こいつらが死ぬまでは居てやってもいいか」と思える位には心地よかった。

その程度、だったはずだった。

世界が男の脅威となって、大切なものを奪っていった、その時までは。

自分達を出し抜き、卑劣な手段で、敵は男を捕らえた。
敵から男を取り戻す為に、人型を形取ったシステムが男を手に掛け、替わりに連れ去られた──

介入したくとも、何故か出来なかった。
何をどうやってくれたのか、ありとあらゆる介入手段が、全て断たれていた。

柄にも無く、焦り、それを突き止める事に注力し修復する間、ただ、男が苦しみ、もがく様を見ているしかできなかった。

──五度、男は、抗おうと時を逆巻いた。

そして六度目、やっと、男は抗う事を辞めた。

その時、何故、男が牙を剥こうとしなかったのかを理解した。

──「僕は──私は、戦えないんだ」
そう言った男は、その言葉通りに、正しく、力を振るってはいけない存在だった。

たった一度の、感情に任せた攻撃呪文で、一つ大都市を壊滅させた。その強さは、自分達なぞ遥かに凌駕していた。

その中心で、男にとっての『唯一』を腕に抱いてただただ哭くその背中を見て、腐れ縁の相方がどう考えたかまでは分からないが

これ以上、男に力を振るわせてはならない──悪意ある輩に利用されて、自分達への脅威にならせてはならないと、二人を連れてその場から、遠く、遠く離れたのだ──

「分かってるだろうな、『マスター』。もうあんたには『後』が無い。
──まあ、あんたが生きている限りはここに居てやる」

迷宮の入口は、自分達が居た頃は、とても美しい草原だったと記憶していた。
それが今、広大ともいえる範囲が黒々と焼かれ、新芽の息吹が垣間見える、晴れていてもなんとも陰鬱とした──ちょっと突いてやればいい感じに災厄の種になりそうな場所になっていた。

その場から──それも広範囲から、うっすらと、男の魔力を感じた。
(やっと、力を振るう気になったのか、それとも)
それでも、たかが玄室での力比べ如きで、この男に力を振るわせたくはないな、と『魔のモノ達の王アークデーモン』は思う。

──そうなったら、すぐカタが付いて、ただただつまらないだけだしな。

などと、嘯くように誤魔化しつつ。

「ありがとう、助かる」
「……っ!
なーーーんでアンタはそう軽々しく頭を下げるんかね?!」

こちとら冒険者も恐れを成す魔の王ぞ?と首に手を回してこめかみを軽くぐりぐりとしてやれば、「痛い、痛いよ」と苦笑まじりで男が返してくる。

別れた時と、変わらぬ態度で。

冒険者も恐れを成す化け物であっても──例えそれが、ほんのちょっとの油断で寝首をかいてくる様な存在であっても、男に取っては、背中も命も預けて良い一つ目的を共にした『仲間』なのだ。
が、その感覚は未だに『魔のモノ達の王アークデーモン』には理解できない。

腐れ縁の相方は──元が人間だと本人が言っていたから、主の感覚に一定の理解はあるだろうが──

「……詳しいことは、もうすぐ『フールこの子』の調整がひと段落付くから、それから話そう」

いとおしそうに、玄室とシステムルームを隔てる壁に手を当てて、迷宮の主が『王』達に声をかける。

──それは、『試練場』の最奥が『宝物庫』への最初の試練としての、静かな目覚めの時だった。
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