44 / 52
集結の章
王達の帰還─下─
しおりを挟む
コン、コンと、ドアをノックする音がした。
──ああ、久々に聴く。
そう、部屋の最奥に立つ銀髪の男は、キィ、と扉が立てる音を聴きながら、振り向いて来客を迎える。
羽を打つ音と風を切る音とが、男の間近でした。
「よく、戻って来てくれた」
「ちったァマシな顔になったじゃないの」
銀髪の男のすぐ側に、大きな二つの人影が形を成す。
「お久しぶりねぇ、『マスター』」
「久しぶりだな、『マスター』」
「…お帰り、『不死なりし王』に『魔のモノ達の王』」
十五年ほど前に別れてから、しかしさほど老いては居ないダンジョンマスターの顔を見て、『不死なりし王』は少しだけ、眉を顰めた。
「『フール』は?」
「修復中だ」
「あの姿のままでか?」
「ああ」
居るならいい、と二人はダンジョンマスターの頭をぐしぐしと撫でる。
人間風情にしては恐ろしい程の魔力の量。
そのくせに、誰とも戦おうとも争おうともしない。
魔のモノですらも砂粒ほどしかない良心が痛みを感じるほど、見ていられない人の良さ。
感心を通り越して呆れる程の探究心。
だからこそ、放っておけず──否、目を離す訳にはいかずに、最初は付き合っていた様なものだ。
下手に転べば即、自分達魔族への脅威になり得る力を持っているからだった。
しかし徐々に、男と、そんな男の元に集まる者たち──男より遥かに強く、戦えて、処世に長けた者たちと連むのが、愉快だった。
人間の生きる時間なぞ、不死の王にとっては瞬きにも等しい。たまたま目が覚めたタイミングでの退屈しのぎにはちょうど良かった。
そのうち、男達も死ぬだろう。そうしたらまた、今までの様に戻ればいい。
その程度だった。
世界が男の脅威となって、大切なものを奪っていった、その時までは。
自分達を出し抜き、卑劣な手段で、敵は男を捕らえた。
敵から男を取り戻す為に、人型を形取ったシステムが男を手に掛け、替わりに連れ去られた──
介入を阻まれ、やっと男が、大切なものを取り戻すまでを、見ているだけしかできなかった。
──五度、男は、脅威に牙を剥かず、やり直す事を選んだ。
そして六度目、やっと、男は牙を剥いた。
その時、何故、男が今まで牙を剥かなかったのかを目の当たりにした。
──「僕は──私は、戦えないんだ」
何かにつけては甘い男の言葉を、軽くみていた。自分の我を通す為だけに振るうには、その牙は余りにも、強すぎたのだ。
たった一度の、感情に任せた攻撃呪文で、一つ大都市を壊滅させた。
その威力は確実に自分達を滅ぼす──興奮に、思わず身震いが起こったほどに。
「……付き合うのはコレが最後よ。アンタが次に死んだら、アタシは自由にさせて貰うわ」
その時から『不死なりし王』には分かっていた。
もう、自分達が膝をつき『マスター』と呼ぶこの男に、命の余力なぞ残っていない事を。
たった十数程度年といえど、五回も時を遡ったのだ。
どんなに魔力が有ろうとも、六度目はもう──否、遡らずとも、もう、器が保たない。
それでもこの男は、今までに、どんな路をも選べたというのに、この場に戻って来て、再び迷宮の主人として立つという──
(ならば、最期まで付き合うってのが膝をついたモノとしての矜持なのよねぇ)
『不死なりし王』が、主の男の横を抜けて、システムルームを隔てる壁に手をついた。
「──『繋げ』」
短い命令に、壁が一瞬、ぼんやりとした光を放って、消えた。
「──ようこそ、ここは『シリアルコード:B10F1703-システム起動ポイント』です。
──指紋照合クリア
──魔力パターン照合クリア
──おかえりなさい、システム04:EMPEROR」
「ただいま、システム02: HIGH PRIESTESS
──みんな元気にしてたぁ?」
爪先から髪の毛先まで、迷宮の魔力に満たされて行くのを感じながら、『不死なりし王』がシステムに語りかける。
『不死なりし王』は、『試練場』に居座ると決めたその時に、22に細分化された地下迷宮システムの一つと契約した。『試練場』に縛られる為、他のダンジョンマスターに召喚されたとしても、『試練場』ほどの強さは発揮できなくなってしまったが、不死の男にはそれもまた一興、でしかない。
それにフールの様な、迷宮専用専属のシステムではないせいか、自由にこの地下迷宮から離れることが出来る。
返事は、無かった。
ただ、現在までの状況が、情報として流れ込んでくる。
「──迷宮を破壊されなかったのが、幸いだった様だ」
「そうねぇ」
主の言葉に返しながら、一つの迷宮として感知できる範囲が、五度目よりも極端に広くなっているのを、二体の王は肌で感じていた。
「まさかとは思うが」
「『宝物庫』まで起動している」
『魔のモノ達の王』の言葉に、少しだけ、どこか誇らしげに、主が答える。
まるで憑き物が晴れた様な声に、再び『不死なりし王』が眉を顰めた。
が。
気を取り直す様に。
「ほぉらアーク!アンタももうこの際『契約』しちゃったら?」
「嫌だね!
オレはまだまだ色んな迷宮に顔突っ込みてェの。お前みたいに一つ所に縛られてたまるものか!」
まるで恋人に手を差し伸べる様に、壁に触れているのとは逆の手を差し伸べる『不死なりし王』に『魔のモノ達の王』が忌々しげに即答する。
じわり、じわりと染み込む様に、玄室に満ちる迷宮の主の魔力が『魔のモノ達の王』に流れ込んでくる──
常に知識を満たす欲に飢えている『魔のモノ達の王』は──自分を喚ぶに相応しい力を持っているのが絶対条件だが──意外と喚ばれればすぐ顔を出す。
この迷宮にだって、喚ばれたから来た。
それだけだった。
ただ、本能が、召喚者である男との──システムとの契約を拒絶した。
魔族というものは、自分を喚んだ存在と、魂を対価として『契約』する。高位の魔族からしてみたら、命ある生き物が持つモノで琴線に触れるモノが『魂』くらいしかない、それだけの事なのだが。
本能が契約を拒絶した理由は、『魔のモノ達の王』にはすぐに分かった。
召喚者の魂は、とっくにこの迷宮に捧げられていた様なモノだった。
自分の取り分なぞ、最初っからどこにも無かったからだ。
──つまらん。
などと溜息をつく暇などなかった。
人間風情にしては桁違いに質が良すぎる魔力。
それを惜しむ事なく迷宮に注ぎ込む己のなさ。
こいつ、前に立つモノがが魔のモノなのを忘れてるんじゃなかろうか?と勘繰ってしまうほど、見ていられない人の良さ。
──そして、時折、最奥へ続く扉を見やる、絶望の色を宿した目。
ほんのちょっと、何かを教えてやれば、そこから始まるなんとも授業めいたやりとりが、嫌いでは無かった。
やがて、一人、二人と男の仲間が増えて行く。
ただただ迷宮の維持だけに据えられている男なんぞよりも、遥かに強くて戦える仲間の、思慮深さや頭のキレの良さが「こいつらが死ぬまでは居てやってもいいか」と思える位には心地よかった。
その程度、だったはずだった。
世界が男の脅威となって、大切なものを奪っていった、その時までは。
自分達を出し抜き、卑劣な手段で、敵は男を捕らえた。
敵から男を取り戻す為に、人型を形取ったシステムが男を手に掛け、替わりに連れ去られた──
介入したくとも、何故か出来なかった。
何をどうやってくれたのか、ありとあらゆる介入手段が、全て断たれていた。
柄にも無く、焦り、それを突き止める事に注力し修復する間、ただ、男が苦しみ、もがく様を見ているしかできなかった。
──五度、男は、抗おうと時を逆巻いた。
そして六度目、やっと、男は抗う事を辞めた。
その時、何故、男が牙を剥こうとしなかったのかを理解した。
──「僕は──私は、戦えないんだ」
そう言った男は、その言葉通りに、正しく、力を振るってはいけない存在だった。
たった一度の、感情に任せた攻撃呪文で、一つ大都市を壊滅させた。その強さは、自分達なぞ遥かに凌駕していた。
その中心で、男にとっての『唯一』を腕に抱いてただただ哭くその背中を見て、腐れ縁の相方がどう考えたかまでは分からないが
これ以上、男に力を振るわせてはならない──悪意ある輩に利用されて、自分達への脅威にならせてはならないと、二人を連れてその場から、遠く、遠く離れたのだ──
「分かってるだろうな、『マスター』。もうあんたには『後』が無い。
──まあ、あんたが生きている限りはここに居てやる」
迷宮の入口は、自分達が居た頃は、とても美しい草原だったと記憶していた。
それが今、広大ともいえる範囲が黒々と焼かれ、新芽の息吹が垣間見える、晴れていてもなんとも陰鬱とした──ちょっと突いてやればいい感じに災厄の種になりそうな場所になっていた。
その場から──それも広範囲から、うっすらと、男の魔力を感じた。
(やっと、力を振るう気になったのか、それとも)
それでも、たかが玄室での力比べ如きで、この男に力を振るわせたくはないな、と『魔のモノ達の王』は思う。
──そうなったら、すぐカタが付いて、ただただつまらないだけだしな。
などと、嘯くように誤魔化しつつ。
「ありがとう、助かる」
「……っ!
なーーーんでアンタはそう軽々しく頭を下げるんかね?!」
こちとら冒険者も恐れを成す魔の王ぞ?と首に手を回してこめかみを軽くぐりぐりとしてやれば、「痛い、痛いよ」と苦笑まじりで男が返してくる。
別れた時と、変わらぬ態度で。
冒険者も恐れを成す化け物であっても──例えそれが、ほんのちょっとの油断で寝首をかいてくる様な存在であっても、男に取っては、背中も命も預けて良い一つ目的を共にした『仲間』なのだ。
が、その感覚は未だに『魔のモノ達の王』には理解できない。
腐れ縁の相方は──元が人間だと本人が言っていたから、主の感覚に一定の理解はあるだろうが──
「……詳しいことは、もうすぐ『フール』の調整がひと段落付くから、それから話そう」
いとおしそうに、玄室とシステムルームを隔てる壁に手を当てて、迷宮の主が『王』達に声をかける。
──それは、『試練場』の最奥が『宝物庫』への最初の試練としての、静かな目覚めの時だった。
──ああ、久々に聴く。
そう、部屋の最奥に立つ銀髪の男は、キィ、と扉が立てる音を聴きながら、振り向いて来客を迎える。
羽を打つ音と風を切る音とが、男の間近でした。
「よく、戻って来てくれた」
「ちったァマシな顔になったじゃないの」
銀髪の男のすぐ側に、大きな二つの人影が形を成す。
「お久しぶりねぇ、『マスター』」
「久しぶりだな、『マスター』」
「…お帰り、『不死なりし王』に『魔のモノ達の王』」
十五年ほど前に別れてから、しかしさほど老いては居ないダンジョンマスターの顔を見て、『不死なりし王』は少しだけ、眉を顰めた。
「『フール』は?」
「修復中だ」
「あの姿のままでか?」
「ああ」
居るならいい、と二人はダンジョンマスターの頭をぐしぐしと撫でる。
人間風情にしては恐ろしい程の魔力の量。
そのくせに、誰とも戦おうとも争おうともしない。
魔のモノですらも砂粒ほどしかない良心が痛みを感じるほど、見ていられない人の良さ。
感心を通り越して呆れる程の探究心。
だからこそ、放っておけず──否、目を離す訳にはいかずに、最初は付き合っていた様なものだ。
下手に転べば即、自分達魔族への脅威になり得る力を持っているからだった。
しかし徐々に、男と、そんな男の元に集まる者たち──男より遥かに強く、戦えて、処世に長けた者たちと連むのが、愉快だった。
人間の生きる時間なぞ、不死の王にとっては瞬きにも等しい。たまたま目が覚めたタイミングでの退屈しのぎにはちょうど良かった。
そのうち、男達も死ぬだろう。そうしたらまた、今までの様に戻ればいい。
その程度だった。
世界が男の脅威となって、大切なものを奪っていった、その時までは。
自分達を出し抜き、卑劣な手段で、敵は男を捕らえた。
敵から男を取り戻す為に、人型を形取ったシステムが男を手に掛け、替わりに連れ去られた──
介入を阻まれ、やっと男が、大切なものを取り戻すまでを、見ているだけしかできなかった。
──五度、男は、脅威に牙を剥かず、やり直す事を選んだ。
そして六度目、やっと、男は牙を剥いた。
その時、何故、男が今まで牙を剥かなかったのかを目の当たりにした。
──「僕は──私は、戦えないんだ」
何かにつけては甘い男の言葉を、軽くみていた。自分の我を通す為だけに振るうには、その牙は余りにも、強すぎたのだ。
たった一度の、感情に任せた攻撃呪文で、一つ大都市を壊滅させた。
その威力は確実に自分達を滅ぼす──興奮に、思わず身震いが起こったほどに。
「……付き合うのはコレが最後よ。アンタが次に死んだら、アタシは自由にさせて貰うわ」
その時から『不死なりし王』には分かっていた。
もう、自分達が膝をつき『マスター』と呼ぶこの男に、命の余力なぞ残っていない事を。
たった十数程度年といえど、五回も時を遡ったのだ。
どんなに魔力が有ろうとも、六度目はもう──否、遡らずとも、もう、器が保たない。
それでもこの男は、今までに、どんな路をも選べたというのに、この場に戻って来て、再び迷宮の主人として立つという──
(ならば、最期まで付き合うってのが膝をついたモノとしての矜持なのよねぇ)
『不死なりし王』が、主の男の横を抜けて、システムルームを隔てる壁に手をついた。
「──『繋げ』」
短い命令に、壁が一瞬、ぼんやりとした光を放って、消えた。
「──ようこそ、ここは『シリアルコード:B10F1703-システム起動ポイント』です。
──指紋照合クリア
──魔力パターン照合クリア
──おかえりなさい、システム04:EMPEROR」
「ただいま、システム02: HIGH PRIESTESS
──みんな元気にしてたぁ?」
爪先から髪の毛先まで、迷宮の魔力に満たされて行くのを感じながら、『不死なりし王』がシステムに語りかける。
『不死なりし王』は、『試練場』に居座ると決めたその時に、22に細分化された地下迷宮システムの一つと契約した。『試練場』に縛られる為、他のダンジョンマスターに召喚されたとしても、『試練場』ほどの強さは発揮できなくなってしまったが、不死の男にはそれもまた一興、でしかない。
それにフールの様な、迷宮専用専属のシステムではないせいか、自由にこの地下迷宮から離れることが出来る。
返事は、無かった。
ただ、現在までの状況が、情報として流れ込んでくる。
「──迷宮を破壊されなかったのが、幸いだった様だ」
「そうねぇ」
主の言葉に返しながら、一つの迷宮として感知できる範囲が、五度目よりも極端に広くなっているのを、二体の王は肌で感じていた。
「まさかとは思うが」
「『宝物庫』まで起動している」
『魔のモノ達の王』の言葉に、少しだけ、どこか誇らしげに、主が答える。
まるで憑き物が晴れた様な声に、再び『不死なりし王』が眉を顰めた。
が。
気を取り直す様に。
「ほぉらアーク!アンタももうこの際『契約』しちゃったら?」
「嫌だね!
オレはまだまだ色んな迷宮に顔突っ込みてェの。お前みたいに一つ所に縛られてたまるものか!」
まるで恋人に手を差し伸べる様に、壁に触れているのとは逆の手を差し伸べる『不死なりし王』に『魔のモノ達の王』が忌々しげに即答する。
じわり、じわりと染み込む様に、玄室に満ちる迷宮の主の魔力が『魔のモノ達の王』に流れ込んでくる──
常に知識を満たす欲に飢えている『魔のモノ達の王』は──自分を喚ぶに相応しい力を持っているのが絶対条件だが──意外と喚ばれればすぐ顔を出す。
この迷宮にだって、喚ばれたから来た。
それだけだった。
ただ、本能が、召喚者である男との──システムとの契約を拒絶した。
魔族というものは、自分を喚んだ存在と、魂を対価として『契約』する。高位の魔族からしてみたら、命ある生き物が持つモノで琴線に触れるモノが『魂』くらいしかない、それだけの事なのだが。
本能が契約を拒絶した理由は、『魔のモノ達の王』にはすぐに分かった。
召喚者の魂は、とっくにこの迷宮に捧げられていた様なモノだった。
自分の取り分なぞ、最初っからどこにも無かったからだ。
──つまらん。
などと溜息をつく暇などなかった。
人間風情にしては桁違いに質が良すぎる魔力。
それを惜しむ事なく迷宮に注ぎ込む己のなさ。
こいつ、前に立つモノがが魔のモノなのを忘れてるんじゃなかろうか?と勘繰ってしまうほど、見ていられない人の良さ。
──そして、時折、最奥へ続く扉を見やる、絶望の色を宿した目。
ほんのちょっと、何かを教えてやれば、そこから始まるなんとも授業めいたやりとりが、嫌いでは無かった。
やがて、一人、二人と男の仲間が増えて行く。
ただただ迷宮の維持だけに据えられている男なんぞよりも、遥かに強くて戦える仲間の、思慮深さや頭のキレの良さが「こいつらが死ぬまでは居てやってもいいか」と思える位には心地よかった。
その程度、だったはずだった。
世界が男の脅威となって、大切なものを奪っていった、その時までは。
自分達を出し抜き、卑劣な手段で、敵は男を捕らえた。
敵から男を取り戻す為に、人型を形取ったシステムが男を手に掛け、替わりに連れ去られた──
介入したくとも、何故か出来なかった。
何をどうやってくれたのか、ありとあらゆる介入手段が、全て断たれていた。
柄にも無く、焦り、それを突き止める事に注力し修復する間、ただ、男が苦しみ、もがく様を見ているしかできなかった。
──五度、男は、抗おうと時を逆巻いた。
そして六度目、やっと、男は抗う事を辞めた。
その時、何故、男が牙を剥こうとしなかったのかを理解した。
──「僕は──私は、戦えないんだ」
そう言った男は、その言葉通りに、正しく、力を振るってはいけない存在だった。
たった一度の、感情に任せた攻撃呪文で、一つ大都市を壊滅させた。その強さは、自分達なぞ遥かに凌駕していた。
その中心で、男にとっての『唯一』を腕に抱いてただただ哭くその背中を見て、腐れ縁の相方がどう考えたかまでは分からないが
これ以上、男に力を振るわせてはならない──悪意ある輩に利用されて、自分達への脅威にならせてはならないと、二人を連れてその場から、遠く、遠く離れたのだ──
「分かってるだろうな、『マスター』。もうあんたには『後』が無い。
──まあ、あんたが生きている限りはここに居てやる」
迷宮の入口は、自分達が居た頃は、とても美しい草原だったと記憶していた。
それが今、広大ともいえる範囲が黒々と焼かれ、新芽の息吹が垣間見える、晴れていてもなんとも陰鬱とした──ちょっと突いてやればいい感じに災厄の種になりそうな場所になっていた。
その場から──それも広範囲から、うっすらと、男の魔力を感じた。
(やっと、力を振るう気になったのか、それとも)
それでも、たかが玄室での力比べ如きで、この男に力を振るわせたくはないな、と『魔のモノ達の王』は思う。
──そうなったら、すぐカタが付いて、ただただつまらないだけだしな。
などと、嘯くように誤魔化しつつ。
「ありがとう、助かる」
「……っ!
なーーーんでアンタはそう軽々しく頭を下げるんかね?!」
こちとら冒険者も恐れを成す魔の王ぞ?と首に手を回してこめかみを軽くぐりぐりとしてやれば、「痛い、痛いよ」と苦笑まじりで男が返してくる。
別れた時と、変わらぬ態度で。
冒険者も恐れを成す化け物であっても──例えそれが、ほんのちょっとの油断で寝首をかいてくる様な存在であっても、男に取っては、背中も命も預けて良い一つ目的を共にした『仲間』なのだ。
が、その感覚は未だに『魔のモノ達の王』には理解できない。
腐れ縁の相方は──元が人間だと本人が言っていたから、主の感覚に一定の理解はあるだろうが──
「……詳しいことは、もうすぐ『フール』の調整がひと段落付くから、それから話そう」
いとおしそうに、玄室とシステムルームを隔てる壁に手を当てて、迷宮の主が『王』達に声をかける。
──それは、『試練場』の最奥が『宝物庫』への最初の試練としての、静かな目覚めの時だった。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
不要とされる寄せ集め部隊、正規軍の背後で人知れず行軍する〜茫漠と彷徨えるなにか〜
サカキ カリイ
ファンタジー
「なんだ!あの農具は!槍のつもりか?」「あいつの頭見ろよ!鍋を被ってるやつもいるぞ!」ギャハハと指さして笑い転げる正規軍の面々。
魔王と魔獣討伐の為、軍をあげた帝国。
討伐の為に徴兵をかけたのだが、数合わせの事情で無経験かつ寄せ集め、どう見ても不要である部隊を作った。
魔獣を倒しながら敵の現れる発生地点を目指す本隊。
だが、なぜか、全く役に立たないと思われていた部隊が、背後に隠されていた陰謀を暴く一端となってしまう…!
〜以下、第二章の説明〜
魔道士の術式により、異世界への裂け目が大きくなってしまい、
ついに哨戒機などという謎の乗り物まで、この世界へあらわれてしまう…!
一方で主人公は、渦周辺の平野を、異世界との裂け目を閉じる呪物、巫女のネックレスを探して彷徨う羽目となる。
そしてあらわれ来る亡霊達と、戦うこととなるのだった…
以前こちらで途中まで公開していたものの、再アップとなります。
他サイトでも公開しております。旧タイトル「茫漠と彷徨えるなにか」。
「離れ小島の二人の巫女」の登場人物が出てきますが、読まれなくても大丈夫です。
ちなみに巫女のネックレスを持って登場した魔道士は、離れ小島に出てくる男とは別人です。
勇者パーティーの保父になりました
阿井雪
ファンタジー
保父として転生して子供たちの世話をすることになりましたが、その子供たちはSSRの勇者パーティーで
世話したり振り回されたり戦闘したり大変な日常のお話です
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる