とあるダンジョンのラスボス達は六周目に全てを賭ける

太嘉

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集結の章 挿話─風─

ヘリオドール・アガットの暗躍と受難─3─

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「シゲル…」

思わず、鎧姿の名前が、フェンティセーザの口から漏れた。

あまりにも、こちらでは聞き慣れない──否、響きだ。
ヒノモトの者にもありそうな名前だが、それでも雰囲気が違う。

しかし、フェンティセーザの呟きを拾った途端に、シゲルと名乗った男の顔が、驚き、そして喜びに変わる。

『ねえシャド、聴いた?オレの名前を普通に呼べるひとがいたよ!』
『聴いた。聴こえた。…ああくそ、流石に妬くぞそれは』
喜びから思わず抱きつくシゲルに、『ドミニク』は苛立ちを隠そうともしない。

「…そう、なのか?」
「そうなんだ…今のお前の様に、彼の名前を普通に呼べる者ははいなかったんだ」

どこか影を落とす様な声で、ヘリオドールが答える。

「ねえ、『ヘリオドール・アガット』
彼に対してオレに関する情報、きみの支障にならない範囲で『開示を許可する』よ」
『…シ=ゲル!』

やりすぎだ、と嗜める『ドミニク』に、だって嬉しいんだもの、とシゲルが返す。

「戯れてる所を済まない、シ=ゲル。急いで答えが知りたい。
物理無効と魔法無効、両方備えた異質な人間の対処法を」
『何ソレ、人間?』
「同じ事言うね。少なくともシステムじゃない」
『ふぅん…じゃあ、オレと同じ『異世界転生者』かもね。こっちオレからしてみたらそんなの、唾棄すべき『祝福』だよ。まんまラスボスじゃん。どんな攻撃も無効きかないなんて、the SORNじゃあるまいし。『heart of XXXX』でも持ってこいての?もー』

立て続けに出てくる聞き覚えのない言葉に、フェンティセーザは説明を求めようとしたが、茶々を入れてる場合ではない、と思いとどまる。
映像の向こうで、シゲルが『ドミニク』に兜を渡すと、白銀に輝く剣を眼前に立てて構えた。

鍔と剣身の交わる部分に──そして、白銀の板金鎧フルプレートアーマーにも──兜と同じくらいの大きさの、無色透明の宝石が埋め込まれている。
数多もの敵を屠ってきているであろうに──煌めきを宿す、美しい剣だ。

『ソレ、あるかどうか調べてみようか』

その声を皮切りに、ととと、と早足でヘリオドールがフェンティセーザの側に戻ってくる
「目、閉じて」
ヘリオドールの言葉に、慌ててフェンティセーザが目を閉じ、すかさずそのまぶたを覆う様にヘリオドールが手を当てた。

同時に、シゲルが、祈りを捧げるかの様に、目を閉じる。

「……彼は、何を」
「『検索』だよ。『呪いの穴』のシステム達が、彼に与えた『権能』の一つ。
彼はその気になれば、この世の迷宮固有エピックアイテムの、どんな効果を持つ何がどこにあるかを探り当てられる」

フェンティセーザにとっては初めて聞くであろう言葉を、一つ一つ説明したい。その凄さを、あり得なさを共有したい。が、今それをしている場合ではない、と、ヘリオドールは言葉を飲み込む。

『あ、見つけた。あるんだ。マジで』
「どこに?」
『メイディんとこ』

そんな便利なアイテムが本当に存在していたとは──

『確かまだ、『宝物庫』は解放されてなかったよね?だとしたらオレは取りに入れないや。ごめん』

後に続いた言葉は、端的に手詰まりを告げるモノだった。が──

『でも、そうだね。
あの手の類の構造は、薄い膜を張る結界みたいなモノだから、硬化させて強い衝撃を加えれば、一時的にバリーン!って解除は出来るはずだし、基本的にああいったのははずだから、仮に向こうの効果が復活しても何度か壊してやればそのうち無くなるよ』

『heart of XXXX』のもそんな感じだし~、と、構えを解いた『金剛騎士』がのんびりと続ける。

『ちなみに、メイディの所有物とこのは『堕天使の心臓』って名前だね』
「……」

ヘリオドールとフェンティセーザには見覚えがある名前だった。確かに、弟子が提出してきた『宝物庫』の目録に名前があった。

『ソレそのものはすぐに準備は出来ないけど、似た様な効果を出せる固有魔具アーティファクトならこっちにもあるよ。
衝動を吸わせて、一点集中で吐き出させるやつ。
今きみが抱えているどうっっしようもない衝動を、吸わせるだけ吸わせてあげれば一撃位は入れられるさ。
シャド、融通してあげて?』
『…嬉しいにしては与えすぎだ』
『たった一冊で事が済むなら、厄ネタ放置より世界は痛まないよ』

言葉に含まれた皮肉を、拾えない者達ではない。
何に対しての皮肉なのかは──ともかくとして。

『『双子王』経由で、転送陣ですぐ送るよ。
あ、あと箱に余裕あるから、いくつか必要になりそうなの詰めとくね。
久しぶりに顔を見れて嬉しかったよ』

にっこり笑って、話はここまでと『金剛騎士』が姿を消した。

『……まったく』

やれやれ、と言わんばかりの口調で『ドミニク』が零す。その顔がどこか嬉しそうに見えるのは気のせいでは無い、様だ。

『『ヘリオドール・アガット』。聞きたいことがまだあるなら付き合ってやるから後日に回せ。同行者は限界に近いぞ』

どこか揶揄う様な声が部屋に響き、ヘリオドールとフェンティセーザの身体がふうわりと浮かぶ。

『お前に言われてそっちトーリボルの様子をが、確かに微量の不穏さが既にあった。
己も動いた方が良さそうだが、こちらは今は動けない。
急ぐのだろう?送ろう』

気がついた時は、二人の姿はヘリオドールの部屋だった。

────

「なん、だったんだ」

見慣れた部屋に平常心を取り戻すまで、たっぷり数十秒は置いたフェンティセーザは、全身から嫌な汗が噴き出すのを感じた。

いつ死んでもおかしくない。
あの空間で、ただただ自分は『気まぐれ』で生かされていたにすぎない。

こんこん、と扉を叩く音すらも、どこか遠くに聞こえた。
自分の側からヘリオドールの気配が離れる。
どうやら、ノックをしたのは妹の様だ。
数言、言葉を交わすとドアを閉め、鍵を掛けて戻ってきた。

「早いね、届いたよ」

少しふらつきながら、小包の紙を剥ぎ捨ててヘリオドールが戻ってきた。
フェンティセーザの隣に座ると、木箱を開ける。
その中には、一冊の書物と、一枚の走り書き、片手で持てる大きさの、淡い花の色の瓶が2本、入っていた。

手紙には

『本は触れてた方が効率いいけど、側に置いておけば、勝手に衝動を吸い取ってくれるよ。
同梱したのは使い方分かってるよね?』

文章の意図に、二人顔を見合わせ──

「あぁああーーーーーもう!」

ヘリオドールが頭を抱えた。
気が利きすぎるにも程がある。

「…ティス」

声を掛けて、ヘリオドールは、フェンティセーザの身体を押した。不意を突かれて背中を付き、起きあがろうとする前に馬乗りになる。

「お前だって私に受け入れられて理解わかっただろう?
私の夢の中に入るってのがか」
「な…?!」

「私も、余裕が無い」

途端に、室内が静寂に包まれた。
さっき来た妹が掛けたのであろう<沈黙>だ。
続けて、耳の奥に、空気が詰まる感覚を覚える。これは──<魔法結界>か。

どちらにしろ、この部屋ではしばらく、物音は立たない。

事を起こす前に、もう少し時間が欲しかった。
せめてもう少しだけ、言葉を重ねたかった。
しかし──

カーテン越しに差す部屋の明るさが、とうに陽が昇っていることを示している。

す、と視線を壁に掛けた時計に向ける。ねじを巻かないでも2~3日は保つ特注仕様だ。
盤面が指す時間と、夢で見た時間の頃合い、計算したらそこまで余裕は無い。

もう、やるしか、なかった。

────to Next……
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