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集結の章 挿話─風─
ヘリオドール・アガットの契約と受難
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──全てが終わったのは真夜中近くだった。
「……今、戻った」
カロロン、と、玄関ドアに付けられた呼び鈴が鳴る。
「お帰り」
暗い中、ランタンの灯りだけで、フェンティセーザがヘリオドールを出迎えた。
「皆は?」
「外で泊まってくるそうだ」
「そう、か」
気を遣わせてしまったな、と漏らすと「ああ」と硬い声が返ってくる。
五人の行き先はだいたい分かる。みんなまとめて『サムライ長屋』だろう。そこなら、飯も酒も美味いし、宿泊施設も伽藍堂だから騒ぎ放題の使い放題だ。
「ほんっともう肩凝った」
「終わったのか?」
「終わった終わった。
エル・ダーナスまで入って四者擦り合わせの後で、復活しない様に追加で処置して、『使徒』側に引き渡しまでしっかりこの目で」
埋葬は明日の夜明け後、と、身体を伸ばしながら
「埋葬にはアレンティーナとマネラさんも立ち会う予定。多分トーリボルで動ける冒険者の中では高レベルの方だからそうなるよな」
「『学府』側は?」
フェンティセーザが尋ねたのは埋葬の立ち会いではない。
『学府』の研究には、表に出ないモノもある。
例えば──表向きには存在が明らかにされていない『異世界転生者』の詳細なデータ収集など、だ。
フェンティセーザは一度機会があり、興味本位で参加したが……
「ああ、シ=ゲルの読み通り『異世界転生者』だったけど、即連絡きて『要らない』って」
むしろ二度と復活しない様に懇切丁寧に埋葬してくれってさ。
「誰からだ」
「『ドミニク』。目視したシ=ゲルがすっごい拒否反応出して大変だって」
システム同士専用の回線か何かがあるのだろうか。移動に十日以上掛かるほどの遠距離間の意思疎通なぞ、どんな原理かフェンティセーザには想像も付かない。
「多分ね、彼の『関係者』だと思うよ、負の」
あくまでも憶測だが、当たらずとも遠からずだろう──表に出ない研究については、どんなに『学府』が欲しても、その下に眠る地下迷宮『呪いの穴』まで引っくるめて支える『システム』の判断が優先される。貴重な素材が喪われるのは痛いが、そこを曲げた研究者達の末路は言わずもがな、だ。
「浴してくる」
「灯りは?」
「自分で付けるさ。待っていてくれ」
ふわり、と、フェンティセーザの横をすり抜けて、湯殿へと向かう。
が──奥への出入り口で動きが止まった。
「……寝ててもいいぞ!」
照れ隠しなのか、早口で言うと、ととと、と走って奥に消えていく。
足音が消える頃、フェンティセーザが片手で顔を覆う。その耳は真っ赤だった。
────
一刻半後。
「起きてたのか」
するり、と部屋に入ってくるや否や、水気をまとった部屋着のヘリオドールが小さく呟いた。
「お前が居ないと眠れんと言ったろうが」
しん、と静かな空気の中、ベッドに腰掛けて、呟きを拾ったフェンティセーザが返す。
「…待っていた」
「そうか」
静かな呼び掛けに、一言返して、ヘリオドールはすたすたと近寄った。
腕を伸ばせば、届くところまで。
「勘違いするなよ」
そうして、はっきりと、告げた。
「お前が、私にお前を選ばせたんじゃない。
私がお前を選んだんだ」
──これが普通の生身同士だったら、どんなに良かったか。
否、場合によってはそれはそれでもどうかとも思うが、人と人でない存在よりは、ずっともっとマシだろう。
『地下迷宮システム』に選ばれるというのは、それを受け入れさえすれば、その地下迷宮の主になる、という事だ。
──それは、目の前の男に、内に抱えた悲願も、肉親も、生きている者としての幸せも──何もかもを捨てろと言っている様なものだ。
碌でもないに決まっている。
「どこかは口にはできないけれど、私は『地下迷宮システム』だ。
これより深くは、契約になる。
引き返すならここが最後だ。
それでもこの手を取るなら腹を括れ、フェンティセーザ・スリスファーゼ」
告げるだけ告げて、す、と手を差し出す。
(──お前は見てきたはずだ)
自分の立場に、役割に、巻き込みたくは無かった。
心の底から、今でも巻き込みたくはないと思っている。
聡明で、探究心も旺盛で、己を甘やかさず、自分が絡む相手には同じレベルを求め、さりとて冗談も言い合える相手がくれる居心地の良さを失いたく無い。
叶うならばずっとずっと、その居心地の良さの中に在り続けたい。
(変わり果てた弟子の姿を。
死して尚安寧の無い東国の武将を。
システムに成り果てた双子を。
そして、迷宮の奥深くで正気を保って狂う青年を)
できる事なら、いつしか抱いてしまったこの気持ちに、無自覚という名の蓋をして生きていきたかった。
どうせ──『迷宮』から、不要なモノとして切り離されたからこその『今』だ。それなら、もっと好き勝手に生きていきたかった。
あちこちに眠る遺跡を見つけては気ままに探索し、レポートを上げにたまに『学府』に戻る──そうして、誰にも近寄らず、本当に戻るべきところなど思い出さないまま、朽ちていきたかった。
でももう、かつての頃には戻れない。
出逢ってから、ゆっくりと、時間を掛けて、ほとけるように──幾重にも複雑に絡まった、自分に掛けられていた呪いが解けていくのを自覚してしまった。
それに合わせるように、いずれ朽ちていくお前を見たくない、お前を見送った後の世界を、また一人で生きたくはないと、思ってしまった。
この手を取って欲しいと思ってしまう──同じくらい、この手を跳ね除けて引き返してくれと心が軋む。
考えても、抑えようとしても、抱えてしまったこの気持ちを捨て置くことなんて出来ない──手離せない時点で、どうしようもできないのに。
ならば、自分が選んだ男に選ばせてやろう、と。
手を取らなければ、この軋みに蓋をして朽ちるまで生きていこう。例え壊れる事になっても、そのまま朽ちてしまえばいい。
でももし、この手を取ってくれるのなら──
ぐい、と手を取って引き寄せられる。
すっぽりと腕の中に収まったヘリオドールの身体を、フェンティセーザは包み込む様に抱き締めた。
(──ずっと、ずっと考えてきた)
森を出て、アーマラットで、『学府』で、色々な者達と知り合って『鑑識眼』で見てきた。
悲願と共に生き、悲願を失い、それでも諦めきれずに悲願にしがみつく自分を、支えてくれている妹と共に。
悲願半ばでこの世を去るかもしれない。
しかし、それらを叶えてしまえたら?
自分は──古代種だ。
人間達の世界に適応し、老いと寿命という概念を得てしまった同胞達とは違い、長い時を生きる事で老いて命尽きる事はない。
それがどんなに辛いことか。
辛いのが分かっているからこそ、妹を残したまま先には逝けない。
そう、生にしがみつく位には。
そんな中で、出逢ってしまった。
目の前の男は、本来とは違う姿に置き換えられている。その看破から少しづつ、ほとける様に、『鑑識眼』はこの男の本当の姿を、詳らかにしていく──
妹と揃いで、『鑑識眼』の看破の能力を抑える眼鏡を作ったりもした。眼鏡を掛けているその間だけは、ヘリオドールの姿は二重には見えなかった。その間だけは、同じ学舎で研究やレポートに明け暮れる、先達であり同志でいられた。
だけれど、いつしか彼は、本来の姿で、自分の夢に出てくる様になった。
決まって、後悔と絶望の淵にいる時に。
その姿を、美しいと思った。
舞い降りる様にやってくる彼を、この腕の中に収めたいと、思う様になった。
出逢った『あの夜』の前の自分には、もう戻れない事を、はっきりと悟った。
そして。
(何もかもを諦めて、故郷を捨て去る事しか出来なかった仲間も
人外に成り果てる未来へ、民を想いながら向かう統治者も
魂をすり減らしながら何度も同じ事を繰り返す双子も
もうとっくに変わり果て、生かされて続けているだけの弟子も)
その誰もが
(私が今まで知らなかった『学府』の最深部ですら、あんなに、幸せに笑ってるじゃないか)
確固とした決意が、誇りが、責任が──そのもっと奥には、揺るがない何かが、彼らの中には見て取れる。
「腹なぞ、とうに括っている。
決意も覚悟も、足りなかったらその都度足していけばいい」
この手を取れば、今まで一緒に居た妹とは、いずれ路を分かつことになる。
それでも。
この手を取らずに喪って、死ぬまで後悔を背負うよりは
この手を取って、自分の足で、倦む程の時を共に歩いていく方がいいに決まっている──!
「ヘリオドール・アガット。
私は全てを抱えて生きていく。妹の事も、悲願も、何一つとして置いていったりはしないと決めた。
だからあなたが誰だろうと、この手を取ってどんな未来が来ようとも、後悔はしない。
私は、あなたと共に在りたい」
私は欲張りなんだ、という嘯きに
そう、か。
腕の中でぽろりと、溢れるように漏れた声を、フェンティセーザの耳が拾う。
かちり、と何かが噛み合う音が聞こえた。
身の内から、ないまぜになった色んな感情が溢れ出すのを、もう、二人は止められなかった。
「すまない、ヘリオドール……」
抱き締めたまま横に転がり、細い身体を縫い付ける様に押し倒すと、覆い被さる。
「浮かれているのは、重々承知だ」
そのまま、啄む様な優しい口付けを落とす。
「痛くない様に、善処はする」
熱の籠った切羽詰まった声で、フェンティセーザが囁くと、くらり、と熱に当てられた様に、ヘリオドールの意識が歪む。
ああ、このまま、最後まで。
それでも、それでも、自分の身のために、どうしても、この一言で嗜めるまでは理性を手離す訳にはいかなかった。
「お前と連んでこの方ずっとしてないんだから努力だけで済ませないで確実に善処してくれ。身体が死ぬ…!」
────
『学府』トーリボル支部の、休業の札が外されたのは翌日の午後だった。
────
今回の、トーリボルの街中の一部を半壊にした事で、冒険者ギルドや『学府』からの口添えがあったものの、フェンティセーザが所属するパーティ『五行』は、攻略開始から十日間の『試練場』への立ち入り禁止を言い渡された。
追放を言い渡されなかっただけでも温情がある──無論、その裏に潜む事情も──と言えるのだが、皆が一様に強制的に駆け出しクラスまで能力を制限される仕様の中、十日間の出遅れに、フェンティセーザは流石に仲間たちから多大なる折檻を貰うハメになった。
────
ヘリオドール・アガットは七日間寝込んだ。
「……今、戻った」
カロロン、と、玄関ドアに付けられた呼び鈴が鳴る。
「お帰り」
暗い中、ランタンの灯りだけで、フェンティセーザがヘリオドールを出迎えた。
「皆は?」
「外で泊まってくるそうだ」
「そう、か」
気を遣わせてしまったな、と漏らすと「ああ」と硬い声が返ってくる。
五人の行き先はだいたい分かる。みんなまとめて『サムライ長屋』だろう。そこなら、飯も酒も美味いし、宿泊施設も伽藍堂だから騒ぎ放題の使い放題だ。
「ほんっともう肩凝った」
「終わったのか?」
「終わった終わった。
エル・ダーナスまで入って四者擦り合わせの後で、復活しない様に追加で処置して、『使徒』側に引き渡しまでしっかりこの目で」
埋葬は明日の夜明け後、と、身体を伸ばしながら
「埋葬にはアレンティーナとマネラさんも立ち会う予定。多分トーリボルで動ける冒険者の中では高レベルの方だからそうなるよな」
「『学府』側は?」
フェンティセーザが尋ねたのは埋葬の立ち会いではない。
『学府』の研究には、表に出ないモノもある。
例えば──表向きには存在が明らかにされていない『異世界転生者』の詳細なデータ収集など、だ。
フェンティセーザは一度機会があり、興味本位で参加したが……
「ああ、シ=ゲルの読み通り『異世界転生者』だったけど、即連絡きて『要らない』って」
むしろ二度と復活しない様に懇切丁寧に埋葬してくれってさ。
「誰からだ」
「『ドミニク』。目視したシ=ゲルがすっごい拒否反応出して大変だって」
システム同士専用の回線か何かがあるのだろうか。移動に十日以上掛かるほどの遠距離間の意思疎通なぞ、どんな原理かフェンティセーザには想像も付かない。
「多分ね、彼の『関係者』だと思うよ、負の」
あくまでも憶測だが、当たらずとも遠からずだろう──表に出ない研究については、どんなに『学府』が欲しても、その下に眠る地下迷宮『呪いの穴』まで引っくるめて支える『システム』の判断が優先される。貴重な素材が喪われるのは痛いが、そこを曲げた研究者達の末路は言わずもがな、だ。
「浴してくる」
「灯りは?」
「自分で付けるさ。待っていてくれ」
ふわり、と、フェンティセーザの横をすり抜けて、湯殿へと向かう。
が──奥への出入り口で動きが止まった。
「……寝ててもいいぞ!」
照れ隠しなのか、早口で言うと、ととと、と走って奥に消えていく。
足音が消える頃、フェンティセーザが片手で顔を覆う。その耳は真っ赤だった。
────
一刻半後。
「起きてたのか」
するり、と部屋に入ってくるや否や、水気をまとった部屋着のヘリオドールが小さく呟いた。
「お前が居ないと眠れんと言ったろうが」
しん、と静かな空気の中、ベッドに腰掛けて、呟きを拾ったフェンティセーザが返す。
「…待っていた」
「そうか」
静かな呼び掛けに、一言返して、ヘリオドールはすたすたと近寄った。
腕を伸ばせば、届くところまで。
「勘違いするなよ」
そうして、はっきりと、告げた。
「お前が、私にお前を選ばせたんじゃない。
私がお前を選んだんだ」
──これが普通の生身同士だったら、どんなに良かったか。
否、場合によってはそれはそれでもどうかとも思うが、人と人でない存在よりは、ずっともっとマシだろう。
『地下迷宮システム』に選ばれるというのは、それを受け入れさえすれば、その地下迷宮の主になる、という事だ。
──それは、目の前の男に、内に抱えた悲願も、肉親も、生きている者としての幸せも──何もかもを捨てろと言っている様なものだ。
碌でもないに決まっている。
「どこかは口にはできないけれど、私は『地下迷宮システム』だ。
これより深くは、契約になる。
引き返すならここが最後だ。
それでもこの手を取るなら腹を括れ、フェンティセーザ・スリスファーゼ」
告げるだけ告げて、す、と手を差し出す。
(──お前は見てきたはずだ)
自分の立場に、役割に、巻き込みたくは無かった。
心の底から、今でも巻き込みたくはないと思っている。
聡明で、探究心も旺盛で、己を甘やかさず、自分が絡む相手には同じレベルを求め、さりとて冗談も言い合える相手がくれる居心地の良さを失いたく無い。
叶うならばずっとずっと、その居心地の良さの中に在り続けたい。
(変わり果てた弟子の姿を。
死して尚安寧の無い東国の武将を。
システムに成り果てた双子を。
そして、迷宮の奥深くで正気を保って狂う青年を)
できる事なら、いつしか抱いてしまったこの気持ちに、無自覚という名の蓋をして生きていきたかった。
どうせ──『迷宮』から、不要なモノとして切り離されたからこその『今』だ。それなら、もっと好き勝手に生きていきたかった。
あちこちに眠る遺跡を見つけては気ままに探索し、レポートを上げにたまに『学府』に戻る──そうして、誰にも近寄らず、本当に戻るべきところなど思い出さないまま、朽ちていきたかった。
でももう、かつての頃には戻れない。
出逢ってから、ゆっくりと、時間を掛けて、ほとけるように──幾重にも複雑に絡まった、自分に掛けられていた呪いが解けていくのを自覚してしまった。
それに合わせるように、いずれ朽ちていくお前を見たくない、お前を見送った後の世界を、また一人で生きたくはないと、思ってしまった。
この手を取って欲しいと思ってしまう──同じくらい、この手を跳ね除けて引き返してくれと心が軋む。
考えても、抑えようとしても、抱えてしまったこの気持ちを捨て置くことなんて出来ない──手離せない時点で、どうしようもできないのに。
ならば、自分が選んだ男に選ばせてやろう、と。
手を取らなければ、この軋みに蓋をして朽ちるまで生きていこう。例え壊れる事になっても、そのまま朽ちてしまえばいい。
でももし、この手を取ってくれるのなら──
ぐい、と手を取って引き寄せられる。
すっぽりと腕の中に収まったヘリオドールの身体を、フェンティセーザは包み込む様に抱き締めた。
(──ずっと、ずっと考えてきた)
森を出て、アーマラットで、『学府』で、色々な者達と知り合って『鑑識眼』で見てきた。
悲願と共に生き、悲願を失い、それでも諦めきれずに悲願にしがみつく自分を、支えてくれている妹と共に。
悲願半ばでこの世を去るかもしれない。
しかし、それらを叶えてしまえたら?
自分は──古代種だ。
人間達の世界に適応し、老いと寿命という概念を得てしまった同胞達とは違い、長い時を生きる事で老いて命尽きる事はない。
それがどんなに辛いことか。
辛いのが分かっているからこそ、妹を残したまま先には逝けない。
そう、生にしがみつく位には。
そんな中で、出逢ってしまった。
目の前の男は、本来とは違う姿に置き換えられている。その看破から少しづつ、ほとける様に、『鑑識眼』はこの男の本当の姿を、詳らかにしていく──
妹と揃いで、『鑑識眼』の看破の能力を抑える眼鏡を作ったりもした。眼鏡を掛けているその間だけは、ヘリオドールの姿は二重には見えなかった。その間だけは、同じ学舎で研究やレポートに明け暮れる、先達であり同志でいられた。
だけれど、いつしか彼は、本来の姿で、自分の夢に出てくる様になった。
決まって、後悔と絶望の淵にいる時に。
その姿を、美しいと思った。
舞い降りる様にやってくる彼を、この腕の中に収めたいと、思う様になった。
出逢った『あの夜』の前の自分には、もう戻れない事を、はっきりと悟った。
そして。
(何もかもを諦めて、故郷を捨て去る事しか出来なかった仲間も
人外に成り果てる未来へ、民を想いながら向かう統治者も
魂をすり減らしながら何度も同じ事を繰り返す双子も
もうとっくに変わり果て、生かされて続けているだけの弟子も)
その誰もが
(私が今まで知らなかった『学府』の最深部ですら、あんなに、幸せに笑ってるじゃないか)
確固とした決意が、誇りが、責任が──そのもっと奥には、揺るがない何かが、彼らの中には見て取れる。
「腹なぞ、とうに括っている。
決意も覚悟も、足りなかったらその都度足していけばいい」
この手を取れば、今まで一緒に居た妹とは、いずれ路を分かつことになる。
それでも。
この手を取らずに喪って、死ぬまで後悔を背負うよりは
この手を取って、自分の足で、倦む程の時を共に歩いていく方がいいに決まっている──!
「ヘリオドール・アガット。
私は全てを抱えて生きていく。妹の事も、悲願も、何一つとして置いていったりはしないと決めた。
だからあなたが誰だろうと、この手を取ってどんな未来が来ようとも、後悔はしない。
私は、あなたと共に在りたい」
私は欲張りなんだ、という嘯きに
そう、か。
腕の中でぽろりと、溢れるように漏れた声を、フェンティセーザの耳が拾う。
かちり、と何かが噛み合う音が聞こえた。
身の内から、ないまぜになった色んな感情が溢れ出すのを、もう、二人は止められなかった。
「すまない、ヘリオドール……」
抱き締めたまま横に転がり、細い身体を縫い付ける様に押し倒すと、覆い被さる。
「浮かれているのは、重々承知だ」
そのまま、啄む様な優しい口付けを落とす。
「痛くない様に、善処はする」
熱の籠った切羽詰まった声で、フェンティセーザが囁くと、くらり、と熱に当てられた様に、ヘリオドールの意識が歪む。
ああ、このまま、最後まで。
それでも、それでも、自分の身のために、どうしても、この一言で嗜めるまでは理性を手離す訳にはいかなかった。
「お前と連んでこの方ずっとしてないんだから努力だけで済ませないで確実に善処してくれ。身体が死ぬ…!」
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『学府』トーリボル支部の、休業の札が外されたのは翌日の午後だった。
────
今回の、トーリボルの街中の一部を半壊にした事で、冒険者ギルドや『学府』からの口添えがあったものの、フェンティセーザが所属するパーティ『五行』は、攻略開始から十日間の『試練場』への立ち入り禁止を言い渡された。
追放を言い渡されなかっただけでも温情がある──無論、その裏に潜む事情も──と言えるのだが、皆が一様に強制的に駆け出しクラスまで能力を制限される仕様の中、十日間の出遅れに、フェンティセーザは流石に仲間たちから多大なる折檻を貰うハメになった。
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