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第十一話
しおりを挟む――アーティファクト。
不思議な力が秘められた、古代の遺物。
昔は魔法が使えたとか、それ以外に何か別の技術があったとか。
色々な言われ方をしているようだが、結局コレが一体どういう構造で効力を発揮しているのかは未だに解明できていない。
そんなものを、殿下は「今回の為に」と私に貸してくれていた。
このキューブが持っているのは音声の記録能力。
それを、もっと場が燃え上がるための着火剤にする為に私は再生ボタンを押した。
<しかしあの殿下め、葬儀に参加したいなどと、面倒な事を……>
<断れないの?>
<『たとえたった一人の参列者になったとしても列席する』『実際に遺体が無くとも良い、彼女の事を弔いたい』と言って聞かん。私のも一応『侯爵としての立場』があるからな、ここまで言われれば形だけでも式をせざるを得んだろう>
<死んでからも私たちに迷惑を掛けるクズが……>
流れ出したやり取りを聞いて、周りがまた一層ざわめく。
だってそうだろう。
話し声は侯爵とその妻、つまり私の両親のものなんだから。
<まぁ良い。シリアとの顔合わせにはなるからな。ビクティーなんぞを好く物好きだがシリアに会えば目も覚めるだろう。シリアの器量はピカイチだからな>
そう言ってクツクツと笑う声は、いつもの外面なんてまるで投げ捨てたものだ。
周りのざわめきがまるで収まらない。
その状況を危惧したのか、それともこの後の会話内容を思い出したのか。
彼は私に「それを渡せ!」と飛び掛かってきた。
しかしそこで、殿下の剣に守られる。
「そこで大人しくしていてもらおう」
「この若造が……」
殿下に向かって暴言を吐きグヌヌッと唸ってはいるが、父も流石に殿下には手が出せないらしい。
それは父の後追いで対処しようとした彼の騎士たちも同じようで、悔しそうに歯噛みしている。
まぁしかし万が一にでも殿下に剣を向けようものなら最悪反逆罪に問われる事など、誰もが知る国のルールだから、彼らの選択は正しい。
が、その間にも録音の声は話し続ける。
<でもアナタ、殿下がやって来たせいでもしあの事故が私たちのやった事だとバレたりしたら……>
<バレる筈など無いだろう。全ては崖の奥深く、あそこは誰も降りられないような切り立った場所だ。……あまりそう心配するな。既に証拠になるものはすべて始末した。――人間を含めてすべて、な>
<ではアレも――>
<勿論バレる筈が無い>
と、ここで会話はプツリと途切れた。
録音データが終わったのだ。
「因みに最後にお母様が言及した『アレ』の正体こそが、先ほど言った不正の事です」
そう言って、私は隠し持っていた大量の書類を空に投げた。
青い空をバックに舞う白い紙は、参列者の頭上からヒラヒラと降り注ぐ。
その内容は、国に出した収支報告を始め、実際の税収に産業収支。
見る人が見ればそれらの整合性があっていない事に気付ける代物ばかりだ。
「実は我が侯爵家、税収を誤魔化して国を騙していたんです。簡単に言えば横領ですね。私はそれに気が付いて、証拠を集めて問い詰めた。それでも父はそれを公にする気が無さそうだったので私が『国に報告する』と言ったら、今度は『少し時間をくれないか。お前が次に領地から返ってくる時までには、きちんとするから』と言いました。で、その答えが私の暗殺という訳です」
私は軽い口調で「ホント、笑っちゃいますよね」と言った。
実際には、全く以って笑い事じゃない。
だってこれは国に不正を行った人間がそれを知って暴露しようとした娘の口を封じようとしたっていう事なんだから。
「お父様にとっては前々からずっと目の上のたん瘤だった私を消す、いい機会だったのでしょう?」
「そんな、だって証拠は全て処分して――」
「私だって、伊達に十何年も貴方の子供をしていた訳ではないのです。もちろん貴方に『待ってくれ』と言われた時に、殿下には事前に証拠は送りましたよ」
当たり前だ。
今まで一体どれだけあの『待ってくれ』を、信じられるような経験があったのか。
疑う余地しかなかったんだから、選択肢は送る一択しかなかった。
――まぁそれでもまさか殺されそうになるとまでは思わなかったが。
「貴様、まさか父親を裏切るなどと……」
「味方であった事なんてただの一度もありませんね」
恨めしそうな父の言葉を鼻で思い切り笑ってやる。
すると護ってくれていた殿下が「出番だな」と、一歩前に歩み出る。
「ノトス・シークランド、貴殿には国を欺き利を損なったとして国家反逆罪の疑いが掛かっている。王城まで来てもらおう! ご婦人と、それからシリア嬢もだ!」
その言葉が発せられた途端、彼が密かに連れてきていた近衛兵たちが姿を現し私の両親を包囲した。
「な、何故私たちまで……」
「先程の会話を聞くに、貴女も不正の事実を知っていながら黙っていたのだろう? それなら立派な共犯だ。シリア嬢にも、その疑いが掛けられている」
そう言って、殿下は「おや」という顔になった。
「シリア嬢は?」
殿下の声に「そういえば」と私も思った。
すると母が「あ……それはその……」と、何とも歯切れが悪い事を言う。
最初は庇っているのかとも思ったが、そんな感じでもなさそうだ。
だから猶更意味が分からない。
しかし殿下に低い声で「どこだと聞いている」と言われたので、母は消え入りそうな声で答えるしかない。
「……屋敷です」
「屋敷?」
曲がりなりにも姉の葬儀に一体屋敷で何をしてる。
そんな気持ちが殿下の顔から滲み出ていた。
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