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十二話

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「お帰りなさいませ」

 屋敷に帰るとゲルトが出迎えた。因みに彼は一ヶ月の謹慎処分が明けたばかりだ。
 
「フィオナは?」

 何時もなら「お休みになられております」と返答があるが今日は違った。

「地下室でお休みになられております」
「地下室でとは、どういう意味だい?」

 珍しく困り顔のゲルトと共に地下へと向かうと、そこにはゲルトの言った通り彼女が居た。
 自分の贈った棺に横になりスヤスヤと寝息を立てている。しかも彼女が寝ていたのはローデヴェイク用の棺だった。

「風邪を召されてしまいますので、毛布だけは掛けさせて頂きました。後はローデヴェイク様のお役目かと」

 それだけ言い残しゲルトは下がった。
 彼の背中を見送りながら思う。昔からゲルトは優しいようで割と厳しいのだが、フィオナには滅法甘いように思える。彼女が街へ出掛けた時もそうだ。これまでローデヴェイクの言い付けを破った事は一度たりともなかった。それなのに……。それ故、あの時は本当に驚いた。正直言えば面白く無い。彼女を甘やかすのは自分なのにと苛立ってしまう。まあ簡単にいうと嫉妬だ。
 彼女の事になると本当に自分は心が狭くなると苦笑する。

「フィオナ」

 ローデヴェイクは暫く眠るフィオナの頭を撫でながら眺めていたが、起こさないように抱き上げると地下室を後にした。


 自室のベッドに彼女を寝かせると、適当に衣服を脱ぎ捨てガウンを羽織り彼女の隣に寝転んだ。そのまま彼女を抱き締めると、久々の彼女の匂いに包まれた。

「んっ……」
「すまない、起こしてしまったね」
「ローデヴェイク、さま?」

 寝惚けているのだろう。フィオナは瞬きを繰り返し小首を傾げている。本当に愛らしい。今直ぐにでも彼女を全身で感じたくて仕方がないが、グッと堪える。一ヶ月前に少々乱暴に抱いてから、互いに気不味い状態だ。それから彼女には文字通り指一本触れていない。
 もしかしたら今のこの状況もかなり不味いかも知れない。だが久々に感じる彼女の温もりを離したくないと心も身体も言っている。

「ローデヴェイク様⁉︎  あ、あの、どうして……確か私……地下で」

 混乱したフィオナは身動ぎローデヴェイクの身体を押して離れようとするが、彼女を抱く腕に更に力を加えた。

「そんなに私の事が嫌いかい?」
「っーー」
 
 苦笑しつつ少し意地悪な質問をすると、彼女は泣きそうな顔をした。

「フィオナ」
「……」

 昔から人の本質を見抜き操るのは得意だった。だが今彼女が悲しい顔をする理由が分からないでいる。その事がもどかしくて苦しいとさえ感じる。こんな気持ちは初めてで、どうしたらいいのか分からないーー。

 ローデヴェイクは王弟であり公爵という肩書きや容姿も手伝い、女性に言い寄られるのも暫しだった。その一方で、誰が言い出したかは知らないが妙な噂が広がり世間では変人扱いもされているのも事実だ。だがそれでも女性達はローデヴェイクに群がってくる。たまに社交の場に姿を見せれば、女性達の醜い争いに巻き込まれる事も少なく無い。皆一様に媚びた目を向け、公然の場にも関わらず色仕掛けをしてくる不届者もいたりする。どうにかしてローデヴェイクの妻の座に収まりたくて仕方がないのが手に取るように分かり、正直気分が悪くなる。その浅ましい生き物達と関わりたく無くて、ローデヴェイクは益々社交場から足が遠退いていった。
 日々兄からは早く妻を娶れと急かされるが、生理的に受け付けないのだから致し方がないと無視を決め込んでいた。そんな時、彼女と出会った。
 フィオナは不思議な女性だ。今まで出会ったどんな女性とも違う。
 出会い方もまるでお伽話のようにフィオナのキスでローデヴェイクは目を覚ました。男女逆転しているが、そこがまた面白くていい。あの瞬間、ローデヴェイクはフィオナに心奪われてしまったのだ。
 何も知らない幼子のような純粋無垢な笑顔で、彼女から名前を呼ばれるだけで幸せを感じる。だが純粋故に騙され易く危なっかしくて目が離せない。自分が彼女を護るのだと思わずにはいられなかった。
 他の男に彼女を奪われる前に自分のモノにしたいーーだが彼女の事だけは難解過ぎて分からない。余裕のある振りをしてはいたが、本当は余裕なんて皆無だった。形振り構わず彼女の気を引く為に凡ゆる手段を講じた。
 
『フィオナ、君を迎えにくるから待ってて』

 そう約束をしてから二ヶ月の間、普段略休暇を取らないローデヴェイクだが、かなり久々の長期休暇を取りフィオナの生家へと向かった。そこで彼女の父親である伯爵に、フィオナとの婚姻の了諾を貰ったついでに彼女について色々と調べた。趣味趣向ーー好きな食べ物や色、形、本……兎に角何でもいい、知りたかった。
 帰還後直ぐにミュラ家の屋敷に彼女の部屋を用意し、彼女の趣向に添って調度品からドレスまでを揃えた。そしてフィオナを受け入れる準備は整い、兄に協力を仰ぎつつ彼女との婚約まで漕ぎ着けた。やり方は多少卑怯ではあったが、彼女を手に入れる為なら手段は選ばないーー後悔など微塵もなかった。


「違います、そうじゃないんです、嫌いなんかじゃありません…………出来るなら、嫌いになりたいくらいなのに……っ」

 まるで宝石と見まごうくらい美しい大粒の涙が、彼女の瞳から止めどなく溢れ出した。

 
 










 
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