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第十五話
しおりを挟む白昼堂々とはまさにこの事だ。
クリスタは窓を開けて小さなバスケットの持ち手に長い紐を結ぶとそれをゆっくりと地面まで下ろした。
先ずは第一段階は成功だ。
次は予め用意していたシーツを裂いて結び合わせて作ったロープをベッドに括り付けて再び窓の外へと流す。
「……」
クリスタは下を覗き見て思わず喉を鳴らした。
ここは二階だが思いの外高く感じる。
落ちても死にはしないだろうが、それなりに怪我はするだろう。
(……よし、大丈夫)
正直運動神経は鈍い方だが方法はこれしかない。
部屋の前には侍女が常に待機しているし、もしいなくても誰にも見つからず屋敷内から出るのは不可能に等しい。
幸い外には誰もおらず、草木など身を隠す場所も多く裏門までなら辿り着ける自信はある。
「ふぅ……」
ゆっくりとよたよたしながら、どうにか地面に着地出来た。
先程のバスケットを回収して裏門へと急いだ。
「高級カヌレです」
「……」
バスケットを突き出すとテディは目を丸くした。
ブラッドが何時も買収していた事を参考にしたのだが、流石に今回ばかりは無理かも知れない。
黙り込むテディにこのまま父に報告&連行されてしまうのではと不安になる。
「ははっありがとうございます、お嬢様」
バスケットを受け取り突然笑い出す彼に、今度はクリスタが目を丸くした。
「お嬢様なら賄賂など頂かなくてもお通し致しますよ。勿論旦那様には報告致しませんのでご安心下さい」
「え、でも……」
「確かにあの腹黒野郎からは受け取っていましたが、それは単に気に入らないからです」
(腹黒野郎って……ブラッド様の事?)
思わず顔が引き攣る。
初めて見る悪態を吐くテディに、今更ながら彼の新たな一面を知った気がした。
「さあお嬢様、お逃げ下さい」
満面の笑みで門の外へ送り出す姿に、クリスタは呆然とする。
「曲がり角に馬車を準備してありますのでお使い下さい」
「……何処に行くか訊かないの?」
「お嬢様、時に人生には思い切りも必要だと思います。何もせずに後悔するなら、失敗して後悔する方が価値があると私は思っています」
彼はクリスタの言葉には返答をせず、そう言って穏やかに微笑んだ。
馬車は街を抜け郊外へと向かった。
着いた先はラヴァン家の別邸で、以前までクリスタがレッスンをしていた場所だ。
何時もは彼が出迎えてくれるが、今日は人の気配すら感じられない。
本来ならブラッドに手紙を出すべきだったが、そんな事をすれば父にもラヴァン侯爵夫妻にもバレてしまうので断念するしかなかった。
衝動的に行動してしまったが、何時になっても彼がここを訪れなかったらどうようかと今更ながらに不安になってくる。
「あれ、開いた……?」
取り敢えずベルを鳴らしてみるがやはり誰も出て来ない。ならばと扉を開けてみると施錠されていなかった。
「勝手に入ったら怒られるかな……」
恐る恐る中へと足を踏み入れるが、やはり誰もいないようだ。
これまで気にしていなかったが、この屋敷で使用人の姿を見た事がない。ただ清掃など屋敷の手入れはされており、毎回お茶も用意されていた事を考えるといない筈がない。まさか彼が自らやる筈もないだろう。
そんな事を考えながら歩いている内に、気付けば何時もの部屋の前まで来ていた。
扉を見つめ唇をキツく結ぶ。
この向こうに彼はいない、分かっているが無意識に期待しているのか脈が早くなる。
クリスタは部屋の扉を緊張しながらも開けた。
静まり返る部屋の中をぐるりと見渡すが、当然彼はいなかった。
「ブラッド様……っん"⁉︎」
酷く落胆してそう呟いた時だった。
突然背後から口を押さえられ、身体は動けないように拘束をされた。
(一体、誰……)
混乱する脳裏には強盗の文字が浮かび恐怖でいっぱいになる。
ここは郊外の林道の先にある屋敷で、近辺には何もない。普段どのように管理しているかは不明だが、強盗に襲われ易いのはいうまでもないだろう。
もしかして鍵が開いていたのは先客がいたからなのかも知れない。
(このまま殺されてしまうかも……)
背筋に冷たい汗が伝うのを感じながら、身体が震えた。
「こんなに震えて……可愛いね」
「⁉︎」
耳に熱い息と共に聞き慣れた声が響いた。
それと同時に拘束が解かれ、クリスタは弾かれたように振り返る。
「ブラッド、様……?」
そこには笑みを浮かべる彼が立っていた。
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