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3話 押し付けられた婚約
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「嫌よ! 絶対に嫌! 私はそんな人と婚約したりしないわ!」
「だがローラ……」
「知らないわ! 嫌なものは嫌よ! だって『生贄』なんでしょ!?」
「それはそうだが……」
食堂の中から父とローラが言い争っている声が聞こえた。
どうやら婚約か何かの話がローラにやって来たらしい。
ローラももう十七歳になったので、そろそろ貴族としては婚約してもおかしくない年頃だ。
婚約の話は一般的には喜ばしいことだと言える。
しかし何故かローラは不満があるようで父に対して激昂しており、父はそれを困ったように見ていた。
一方、私には婚約なんて恐らく一生関係の無い話なのであまり興味は無かった。
婚約の話が来ることは無いだろうし、たとえ私に婚約の話が来ても彼らが私を家から出すことは無いと分かっているからだ。
「お父様が何とかしてよ! 私の父親でしょ!」
「だが相手は公爵で……」
声を聞く限り、ローラはかなり不機嫌になっているようだ。
こんな時にローラに近づくとかなりの確率で苛烈な嫌がらせや、時には暴力まで振るわれるので極力近づきたくないのだが、手元にはもうすでに昼食があり、これを給仕しなければならない。
私は覚悟を決めて中に入る。
「昼食をご用意させていただきます」
なるべく標的にならないように、と目を合わせないようにしながら深くお辞儀をして私は昼食を三人の元へと運んでいく。
しかし料理を乗せた皿をローラの目の前に置こうとした時、ローラと目があってしまった。
(しまった)
ローラは何か妙案を思いついたように笑っていた。
ローラは立ち上がり私を指差す。
「そうだわお父様! リナリアを婚約者にすればいいんじゃない!?」
「え?」
私は急に名指しされたことに困惑する。
それに婚約者にする? どういう意味だろう。
「リナリアなら婚約して捨てられても別に問題ないし、この家から居なくなったところで痛くも痒くも無いじゃない!」
「そうだが……」
「お父様は私とリナリア、どっちが大事なの!」
「それはもちろんローラに決まっているだろう! リナリアなど娘で無ければ今すぐに家を追い出してるくらいだ!」
「……」
ローラの問いに対して父は即答した。
私は目を伏せる。
父にとってどちらが大切かなんて分かりきっていたけれど、改めて言われると少し寂しかった。
「ならいいでしょ? ね?」
「……分かった。そうだな、ローラが嫁に行くより、リナリアが行ったほうが良い! こんなのでも見た目はあの女の血を引いている。どうせあちらはローラとリナリアの違いなんて分からないだろう!」
父は私の髪色を指してそう言った。
私の髪色は白金色で、それは母からの遺伝だった。
貴族の中では母の髪は美しいことで有名だったらしいが、父はその母の髪色がとことん憎いらしい。
そして、その母の髪色を継いでいる私も憎悪している。
「やった! ありがとうお父様!」
「いいんだ、娘のためなら当然だ」
ローラは父に抱きついた。
一応私にも関係している話のようだが、私には一切聞かれなかったということは、どうやら私に拒否権は無いらしい。
昼食が終わると私に説明がなされた。
今日、この家に対して婚約の打診の手紙がやってきたらしい。
普段のローラなら婚約の打診が来たことに喜んでいたが、父から告げられた相手の名前を聞いて凍りついたそうだ。
相手の名はノエル・ネイジュ公爵。
貴族の階級では下から男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵と一番上の爵位に位置する、この国の貴族の中で一番上の貴族だ。
しかもローラから話を聞く限りネイジュ公爵は容姿が驚くほど整っており、二十歳という若さも相まって社交界では超がつくほど人気らしい。
「でも、一番地位の高い公爵様からの婚約なら私なんかがお受けしたら……」
そう、ローラならそんなに社交会の人気で、一番地位の高い公爵から婚約の打診が来たら泣いて喜ぶはずだ。
だってずっとイケメンで金持ちの貴族に嫁ぐことを夢だと語っていたのだから。
私がそう言うとローラは笑って私を馬鹿にしてきた。
「はぁ!? あんた馬鹿? ネイジュ公爵がどんなお方か知らないの!?」
「も、申し訳ありません」
「いい? ネイジュ公爵はね、何代も前から一番最初に婚約した相手とは絶対に婚約を破棄するの!」
「なぜそのようなことを……」
「そんなの私だって知らないわよ。でも一番最初に婚約した相手は絶対に後で婚約破棄される。それは絶対よ。だから私が公爵様と婚約したく無いのよ。婚約破棄されたらその後誰にも婚約を申し込んでもらえなくなるじゃない」
どうやらネイジュ公爵は一番最初に婚約した相手とは絶対にその後に婚約を破棄する、という習慣があるらしい。
貴族社会において婚約破棄とは経歴に罰をつけられることであり、一度婚約破棄されるとその後また婚約するのに物凄く苦労することになる。
だからたとえ公爵であろうと、一番最初の婚約には誰も頷かないそうだ。
そしてローラも婚約破棄されれば経歴にバツがつくことになるので、当然婚約はしたくないということだ。
「だから、一番最初に婚約させられる女性は『生贄』って言われてるのよ」
「生贄……」
恐ろしい響きのその言葉を私は反芻する。
ローラはその様子を見て嬉しそうに笑った。
「しかも手紙には婚約したら公爵様の屋敷に行かないといけないのよ! 元々婚約破棄が前提なんだからきっと酷い扱いを受けるに決まってるわ!」
確かに、あちらは公爵という一番上の貴族であり、こちらは伯爵という公爵よりもしたの地位。それに加えてこちらには借金という弱みもある。
ローラはそんなところには行きたく無いだろう。
「それに私が婚約するのはただ一人! 王子よ! 私は王族になって贅沢三昧で暮らすんだから!」
「そうだな。ローラほど美しい娘にはそれくらいが相応しいだろう」
父はローラの言葉に頷くと、今度は腕を組んで鼻から息を吐き私を見下した。
「ローラにバツをつけるわけにはいかないからな。当然ローラとは婚約なんてさせられん。しかし我が伯爵家には公爵家に対して借金がいつくかあるからな。この婚約を断ることはできない」
どうやらこの家には公爵家に対して借金があるようだ。
この家の帳簿を見ている私が知らないということは秘密で借りていたのだろう。
借金に加えて伯爵家である私たちが公爵にお願いされたら断るのは難しい。
そこでローラの代わりに私を差し出すことに決めたようだ。
元々この家で家族として扱われておらず、尚且ついなくなっても問題ない私を。
「いいでしょ! すぐに婚約破棄されるとはいえ、イケメンの公爵様と婚約できるんだから!」
借金の形として売り飛ばされるようなものなのだが、ローラは本当にいいと思っているのか笑顔で私にそう言ってきた。
「加えてお前が公爵様と婚約したら借金をチャラにしてくれるそうだ」
「良かったわね、リナリア。あなたみたいな無能な子がやっと私達の役に立てるのよ」
父とカトリーヌがどこか私を馬鹿にしたようなニュアンスを混ぜながら笑う。
ずっと目障りだった私を最大限利用して捨てることが出来て満足しているようだ。
「リナリア! さっきから何を黙ってるの!」
「そうだ。少しは感謝の言葉くらい言ったらどうなんだ」
「もしかして、感極まって何も話せないのかしら」
「……」
さっきから俯いて黙っている私を見てショックを受けていると思ったのだろう。ローラと父、カトリーヌはわざとらしく質問をしてくる。
一方私は。
(じゃ、じゃあ私! この家から出れるってことですか!?)
私は期待に胸を膨らませていた。
「だがローラ……」
「知らないわ! 嫌なものは嫌よ! だって『生贄』なんでしょ!?」
「それはそうだが……」
食堂の中から父とローラが言い争っている声が聞こえた。
どうやら婚約か何かの話がローラにやって来たらしい。
ローラももう十七歳になったので、そろそろ貴族としては婚約してもおかしくない年頃だ。
婚約の話は一般的には喜ばしいことだと言える。
しかし何故かローラは不満があるようで父に対して激昂しており、父はそれを困ったように見ていた。
一方、私には婚約なんて恐らく一生関係の無い話なのであまり興味は無かった。
婚約の話が来ることは無いだろうし、たとえ私に婚約の話が来ても彼らが私を家から出すことは無いと分かっているからだ。
「お父様が何とかしてよ! 私の父親でしょ!」
「だが相手は公爵で……」
声を聞く限り、ローラはかなり不機嫌になっているようだ。
こんな時にローラに近づくとかなりの確率で苛烈な嫌がらせや、時には暴力まで振るわれるので極力近づきたくないのだが、手元にはもうすでに昼食があり、これを給仕しなければならない。
私は覚悟を決めて中に入る。
「昼食をご用意させていただきます」
なるべく標的にならないように、と目を合わせないようにしながら深くお辞儀をして私は昼食を三人の元へと運んでいく。
しかし料理を乗せた皿をローラの目の前に置こうとした時、ローラと目があってしまった。
(しまった)
ローラは何か妙案を思いついたように笑っていた。
ローラは立ち上がり私を指差す。
「そうだわお父様! リナリアを婚約者にすればいいんじゃない!?」
「え?」
私は急に名指しされたことに困惑する。
それに婚約者にする? どういう意味だろう。
「リナリアなら婚約して捨てられても別に問題ないし、この家から居なくなったところで痛くも痒くも無いじゃない!」
「そうだが……」
「お父様は私とリナリア、どっちが大事なの!」
「それはもちろんローラに決まっているだろう! リナリアなど娘で無ければ今すぐに家を追い出してるくらいだ!」
「……」
ローラの問いに対して父は即答した。
私は目を伏せる。
父にとってどちらが大切かなんて分かりきっていたけれど、改めて言われると少し寂しかった。
「ならいいでしょ? ね?」
「……分かった。そうだな、ローラが嫁に行くより、リナリアが行ったほうが良い! こんなのでも見た目はあの女の血を引いている。どうせあちらはローラとリナリアの違いなんて分からないだろう!」
父は私の髪色を指してそう言った。
私の髪色は白金色で、それは母からの遺伝だった。
貴族の中では母の髪は美しいことで有名だったらしいが、父はその母の髪色がとことん憎いらしい。
そして、その母の髪色を継いでいる私も憎悪している。
「やった! ありがとうお父様!」
「いいんだ、娘のためなら当然だ」
ローラは父に抱きついた。
一応私にも関係している話のようだが、私には一切聞かれなかったということは、どうやら私に拒否権は無いらしい。
昼食が終わると私に説明がなされた。
今日、この家に対して婚約の打診の手紙がやってきたらしい。
普段のローラなら婚約の打診が来たことに喜んでいたが、父から告げられた相手の名前を聞いて凍りついたそうだ。
相手の名はノエル・ネイジュ公爵。
貴族の階級では下から男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵と一番上の爵位に位置する、この国の貴族の中で一番上の貴族だ。
しかもローラから話を聞く限りネイジュ公爵は容姿が驚くほど整っており、二十歳という若さも相まって社交界では超がつくほど人気らしい。
「でも、一番地位の高い公爵様からの婚約なら私なんかがお受けしたら……」
そう、ローラならそんなに社交会の人気で、一番地位の高い公爵から婚約の打診が来たら泣いて喜ぶはずだ。
だってずっとイケメンで金持ちの貴族に嫁ぐことを夢だと語っていたのだから。
私がそう言うとローラは笑って私を馬鹿にしてきた。
「はぁ!? あんた馬鹿? ネイジュ公爵がどんなお方か知らないの!?」
「も、申し訳ありません」
「いい? ネイジュ公爵はね、何代も前から一番最初に婚約した相手とは絶対に婚約を破棄するの!」
「なぜそのようなことを……」
「そんなの私だって知らないわよ。でも一番最初に婚約した相手は絶対に後で婚約破棄される。それは絶対よ。だから私が公爵様と婚約したく無いのよ。婚約破棄されたらその後誰にも婚約を申し込んでもらえなくなるじゃない」
どうやらネイジュ公爵は一番最初に婚約した相手とは絶対にその後に婚約を破棄する、という習慣があるらしい。
貴族社会において婚約破棄とは経歴に罰をつけられることであり、一度婚約破棄されるとその後また婚約するのに物凄く苦労することになる。
だからたとえ公爵であろうと、一番最初の婚約には誰も頷かないそうだ。
そしてローラも婚約破棄されれば経歴にバツがつくことになるので、当然婚約はしたくないということだ。
「だから、一番最初に婚約させられる女性は『生贄』って言われてるのよ」
「生贄……」
恐ろしい響きのその言葉を私は反芻する。
ローラはその様子を見て嬉しそうに笑った。
「しかも手紙には婚約したら公爵様の屋敷に行かないといけないのよ! 元々婚約破棄が前提なんだからきっと酷い扱いを受けるに決まってるわ!」
確かに、あちらは公爵という一番上の貴族であり、こちらは伯爵という公爵よりもしたの地位。それに加えてこちらには借金という弱みもある。
ローラはそんなところには行きたく無いだろう。
「それに私が婚約するのはただ一人! 王子よ! 私は王族になって贅沢三昧で暮らすんだから!」
「そうだな。ローラほど美しい娘にはそれくらいが相応しいだろう」
父はローラの言葉に頷くと、今度は腕を組んで鼻から息を吐き私を見下した。
「ローラにバツをつけるわけにはいかないからな。当然ローラとは婚約なんてさせられん。しかし我が伯爵家には公爵家に対して借金がいつくかあるからな。この婚約を断ることはできない」
どうやらこの家には公爵家に対して借金があるようだ。
この家の帳簿を見ている私が知らないということは秘密で借りていたのだろう。
借金に加えて伯爵家である私たちが公爵にお願いされたら断るのは難しい。
そこでローラの代わりに私を差し出すことに決めたようだ。
元々この家で家族として扱われておらず、尚且ついなくなっても問題ない私を。
「いいでしょ! すぐに婚約破棄されるとはいえ、イケメンの公爵様と婚約できるんだから!」
借金の形として売り飛ばされるようなものなのだが、ローラは本当にいいと思っているのか笑顔で私にそう言ってきた。
「加えてお前が公爵様と婚約したら借金をチャラにしてくれるそうだ」
「良かったわね、リナリア。あなたみたいな無能な子がやっと私達の役に立てるのよ」
父とカトリーヌがどこか私を馬鹿にしたようなニュアンスを混ぜながら笑う。
ずっと目障りだった私を最大限利用して捨てることが出来て満足しているようだ。
「リナリア! さっきから何を黙ってるの!」
「そうだ。少しは感謝の言葉くらい言ったらどうなんだ」
「もしかして、感極まって何も話せないのかしら」
「……」
さっきから俯いて黙っている私を見てショックを受けていると思ったのだろう。ローラと父、カトリーヌはわざとらしく質問をしてくる。
一方私は。
(じゃ、じゃあ私! この家から出れるってことですか!?)
私は期待に胸を膨らませていた。
応援ありがとうございます!
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