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51話 ノエル様とデート

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ノエル様と食堂で朝食を食べている時のことだった。

「これから私と外に出ませんか?」
「外に……?」

ノエル様が私に外に行かないかと誘ってきた。
私はいきなりのお誘いに首を傾げた。

「リナリアと外に出てみたかったんです。私と一緒にお出かけしませんか?」

ノエル様が理由を話してくれた。
そういえば、私はこのお屋敷に来てから一度も街に出たことがない。というか、生まれてこのかた一度も街に行ったことがないのだ。
だから街がどんな場所なのか私はずっと気になっていた。

「はい! 喜んで!」

私はノエル様のお誘いに二つ返事で承諾した。




というわけでアンナに着替えせてもらった。

「うん、やっぱりこういう清楚な感じの服も似合うわね」
「そうでしょうか……」

私は姿見に写る自分の姿を見る。
今日はパーティーに行くわけではないのでドレスではなく、動きやすく、なおかつお洒落なワンピースを選んだのだが、自分で似合ってるかどうかがいまいちわからない。
ワンピースを着てお化粧もしている私は確かに可愛いと思う。
このお屋敷に来るまでは特にファッションを気にしたことはなかったので、そういうのには疎いのだ。
だからこの格好でノエル様の隣を歩いても本当に大丈夫か心配だった。

「だから大丈夫だって。どこからどう見ても可愛いわ」
「それなら良いんですけど……」
「まぁ、初めてデートのお誘いをもらったから緊張するのは分かるけど、緊張しすぎても大変よ」
「や、やっぱりこれ、デートのお誘いですよね……!」

アンナに詰め寄って確認する。
私が緊張しているのはこれが初めてのノエル様からのデートのお誘いだったからだ。
アンナもこれはデートのお誘いだと思うらしい。

「街に二人で出かけるのがデートじゃないなら何になるのよ」
「えへへ……ノエル様との初めてのデート……」

一人でニヤケているとアンナがうんざりした表情でため息をついた。

「さ、ノエル様が待ってるんだから早く行くわよ」

アンナが私の背中を押して部屋から出してくる。
玄関の前までやってくると、そこにはノエル様が立っていた。
ノエル様はいつもの貴族らしい服ではなく、街を歩いていても馴染むようなラフな服装だった。

「ノエル様」
「リナリア」

ノエル様は私を見た瞬間、目を見開いた。
そしてしばらく私のことを凝視している。

「やっぱりおかしかったでしょうか……?」

私はその反応からしてやはり似合ってなかったのだろうかと不安になったが、ノエル様は私の言葉を聞いてすぐに首を振った。

「そんなことはありません! 逆に綺麗すぎて見惚れていたのです」
「そ、そうですか……。ありがとうございます……」

ストレートな褒め言葉に少し照れる。
ノエル様はそんな私を見て微笑んだ。

「今日は一段と綺麗で、可愛いですよ。リナリア」

ノエル様がまた私を褒めてくる。
最近分かるようにになってきた。
これは私が狼狽えるのを分かっていて褒めているのだ。ノエル様は私が狼狽えているのを楽しむ癖がある。
だから、そんな手には乗らない。

「ありがとうございます。ノエル様も今日も素敵でいらっしゃいますね」

私は内心の動揺を悟られないように表情を取り繕って、ノエル様を褒め称える。
ノエル様がグッと言葉を飲み込んだ。動揺している合図だ。

「何をイチャイチャしているんですか」

そんなことをしているとアンナが突っ込んできた。
私とノエル様は咳払いをして改めて仕切り直す。

「行きましょうか、リナリア」
「はい」

差し出された手を取って、私とノエル様は馬車に乗り込んだ。



「わぁ!」

馬車から降りた私は初め見る光景に目を輝かせた。
大通りに様々な店が並び、人が通路を行き交っている。
私たちがやって来たのは王都の中でも最もたくさん商店が立ち並ぶ地区だった。

「私、街にやって来たの初めてです!」

マリヤック家にいた頃はもちろん、ノエル様の元にやって来てからも街には降りて来たことはない。
だからこうやって街にやって来たのは人生で初めての経験だった。

「いろいろなものが売ってますね!」

私は興奮しながら辺りを見渡す。
目に入るものすべてが新鮮で、今すぐにでも片っ端から店に入りたくなる。

「はは、そんなに喜んでもらえるなら良かったです」

ノエル様が微笑ましいものを見るような目で私を見ていた。
私は一人で興奮していたことに気づき、反省した。

「あっ、申し訳ありません……つい一人で盛り上がってしまって……」
「いえ、ゆっくり私と見て回りましょう」

ノエル様が腕を差し出してくる。

「はい!」

私はノエル様の腕を取って歩き始めた。




そして歩き始めてからしばらくして。

「あの……ノエル様」
「なんでしょう」
「少し視線を感じませんか」

先程から、いや馬車を降りた時から妙に視線を感じるのだ。
歩いている通行人からチラチラと顔を見られている。

「確かに、注目されていますね」

ノエル様も注目されていることを肯定した。
やはり視線がたくさん飛んでくるのは気のせいではないらしい。

「なぜ注目されているのでしょう……」
「それは……」

ノエル様が何か言おうとしていたが、その前に私は視線を感じる理由を思いついた。

「あ、分かりました! ノエル様が目立っているからですね!」

ノエル様はかなりの美形だ。
そのため街を歩いているだけでもこれだけの人目を引くのだろう。

「確かにそれもあるのでしょうが、一番注目されているのはリナリア。あなたですよ」
「え?」

私が注目されている?
私がなぜだろうと思っているとノエル様が説明してくれた。

「あなたは気がついていないようですが、リナリアはかなりの美人なんです。それこそ目で追ってしまうくらいには」
「でも、それならノエル様も見られているのでは?」
「確かに女性も見ていますが、ほとんどは男性があなたを見ていますよ」
「えっ」

もう一度しっかりと私を見てくる人のことを観察すると、確かに男性が多い。
私と目が合うと大抵視線を逸らして行く。
もしかして、本当にノエル様の言う通りなのだろうか。

「ところでリナリア、私の腕をしっかり掴んでもらってもいいですか?」
「え? はい……」

なぜ急にそんなことを言い出したのか分からなかったが、私は言われるがままにノエル様の腕をしっかりと掴んだ。

「もう少し力強く」
「は、はい……」

もう少し力を込める。

「それで大丈夫です。全く……ちゃんと牽制しておかないと」

ノエル様が何か呟いていたが、後半は声が小さくて殆ど聞き取ることが出来なかった。

「……でも、やっぱり女性もノエル様のことを見ていますよね」
道ゆく女性がノエル様に見惚れている。
中には「カッコいい……」だとか「王子様みたい……」と呟いてる女性までいた。
私としては、ちょっとだけ面白くない。
ノエル様の腕を少し強く握る。

「おや、リナリアも嫉妬しましたか」
「はい。……でも、ノエル様を見られるのは嫉妬しますが、ノエル様は格好いいので仕方がないとも思います……。それにノエル様がカッコいいと言われるのは私も嬉しいので」

ノエル様が見られるのは少し嫉妬するが、ノエル様が褒められるのは嬉しい。
私がそう言うと今度はノエル様の腕に少し力が入ったように感じた。



ここは王都で一番商店が集中している区域ということだけあって、歩いているだけでも興味をそそられるような商店がたくさん並んでいた。
それらをきょろきょろと見ながら道を歩いていると、気になるお店を発見した。

「あ、ノエル様、ここに入ってもいいですか?」

私は書店を指差した。

「はい、今日はリナリアが行きたいところについて行きますから」

ノエル様の了承が取れたので私は書店の中に入る。

「わぁ……」

書店の中には本棚にずらりと本が並べられていて、本の密集度で言ったらお屋敷の書庫に匹敵するほど本があった。
私はキラキラと目を輝かせながら本を見ていく。
そして本棚を物色していると、とある本を発見した。
『薬草学応用編』
私がマリヤック家の実家で一番読んだであろう本、『薬草学入門編』と同じ人物が著した本だ。
体調を崩しても一人でなんとかしなければならなかった私はこの本に何度救われたか分からない。
そんな意味で、この本が気になった。

「買いましょうか」

私があまりにじっと見ていたからか、ノエル様がそう聞いてきた。

「え、でもそんなの……」
「大丈夫です。元々今日は私が全て買う予定でしたから」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」

私はノエル様に本を買ってもらった。
それから書店を出ると私は買ってもらった本を持とうとしたのだが、ノエル様に断られた。

「駄目です。これは私に持たせてください」
「でも、本なんて重いのにそれを持ってもらうなんて……」
「これくらいなんて事はありません」

それでも買ってもらったのにその上持ってもらうのは悪いので、私が持つと言ったのだが、ノエル様は頑なに譲らなかった。
それから歩いていると、いくつかノエル様の気遣いに気がついた。
歩くスピードを私に合わせてくれているし、私が気になったものがあって立ち止まると気が済むまで待ってくれる。
その他にも仕草の端々から私を快適にエスコートしようとしてくれているのが分かる。
なんというか、ものすごく手慣れているといった印象を受けた。

「その……ノエル様はものすごくエスコートがお上手ですね」
「ありがとうございます」
「もしかして、ノエル様はそういった経験が豊富なのでしょうか?」

ノエル様のこの美貌に、性格だ。
そういった経験が多少あったとしてもおかしくないと私は思う。
しかしノエル様は否定した。

「違います。エスコートに関しては修めるべきマナーとして習っているだけですから」
「と言うことは……」
「はい、私は今までお付き合いした人はいないのです」
「そうなんですね……」

私は少し安心した。

「まぁ、私は性格が悪いのでそう言った縁には疎くて……」

ノエル様が自虐するようにそんなことを言ったので、私は即座に否定した。

「そんなことはありません! ノエル様の性格はとても良いです!」
「リ、リナリア……?」

つい大声が出てしまった。
だけどいくらノエル様が言った言葉とはいえ、見過ごすことはできなかったのだ。

「ノエル様は私を受けれ入れくれましたし、優しい人だと思います! だからそんなこと言わないでください……」
「……分かりました。もう言いません」

私の気迫に押されてノエル様は一も二もなく頷いた。



そして街を歩いていると。

「あ」

ウインドウに飾ってある熊のぬいぐるみに目がついた。
これは昔、母がまだ生きていた頃に買ってもらったぬいぐるみとそっくりだった。
私はそのぬいぐるみがとても気に入っていて、毎日ベッドでそのぬいぐるみを抱きしめて眠っていた。
でも、ローラが来てからそのぬいぐるみは没収されて、二度と会っていない。
私がそんな昔の思い出に浸っていると、ノエル様は私に声をかけてきた。

「リナリア?」
「あ、はい。なんでもありません」

私はすぐに顔を離す。
確かに思い入れはあったものの、思い出があったのはこのぬいぐるみじゃないし、欲しいわけでもない。

「そのぬいぐるみが気になるのですか?」
「いえ、昔持っていたぬいぐるみに似ていたのが気になっただけです」
「……」
「だから、別に欲しいとか思ったわけではないので」

私はノエル様にそう伝えた。

「リナリア、少し何か食べたくありませんか?」

ノエル様が急にそんなことを聞いてきた。
言われてみれば、そろそろ甘いものを食べたくなってきたような気がする。

「そうですね、確かに甘いものが食べてみたいかもしれません」
「何か食べたいものはありますか?」

そう言ってノエル様は私の希望を聞いてきた。
この区画にはたくさんの屋台や出店も並んでいる。

「あ、あれを食べませんか」

私は林檎のパイが売っている屋台を指差した。

「林檎のパイですね。私が買ってくるので、ここで待ってもらっても良いですか?」
「私も一緒に……」
「列が並んでいますから、リナリアに立たせたままにはできませんよ」

屋台には人が列になって並んでいた。
恐らく人気の屋台なのだろう。

「今日はエスコートされてください」
「……分かりました」

ノエル様は近くのベンチにハンカチを引いて私を座らせるとパイを買いに行った。
私は暇つぶしにと渡された、さっき買った『薬草学応用編』を読んでいく。
内容は難しいものの、とても面白いので私は集中して本を読み進めていたのだが……。

「おい」

声をかけられたので顔を上げるとそこには貴族と思わしき服装の青年が数人立って、私を見下ろしていた。
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