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50話 私の恋人(ノエル視点)

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私は、明確にリナリアに好意を持っていた。
しかしずっとリナリアに好意を寄せていても良いのかと考えていた。
リナリアは仮の婚約者として連れてきた。
父や先祖がそのリナリアとの婚約を許してくれるのだろうかと疑問を抱いていたのだ。
その答えは急に訪れた。

「仮の婚約者だからといって、本当に婚約しては駄目だという家訓はないだろう?」

父の言葉にハッとさせられた。
そして同時に感謝した。
私には分かった。
恐らく両親のこの話は嘘だ。
私をリナリアと結婚しても良いように作り話をして背中を押してくれているのだ。
そしてなんだか強引に両親に結婚の話を纏められてしまったが、リナリアも特に嫌がった様子は無かったし、これで良かったのかもしれない。
そう考えていた時。
部屋を訪ねるとリナリアが泣いていた。
尋常ならざるリナリアの様子に、私は何かあったことを瞬時に悟った。

「私……マリヤック家のお屋敷に帰ろうと思います」

私は動揺した。
何故だ。なぜあんな家を急に戻ろうと言い出したのか。
私は原因を探るためにリナリアを注視して、そしてリナリアが持っている手紙に目をつけた。

「リナリア、その手紙を貸していただけませんか」

私がそう言うとリナリアは案外素直に手紙を渡した。
私はその手紙に書かれている内容を読んでいく。

「こんな……こんなの……!」

読んでいるうちに吐き気が止まらなくなった。
どこまでもリナリアを道具としてしか見ていなかった。
あのドニールという男はリナリアをただの使い捨ての駒だとしか思っていなかったのだ。

「リナリア、こんな手紙を読んで本当に戻るつもりなのですか……!」

私は当然止めた。

「……はい」

しかしリナリアは頷いた。
私は息を呑んだ。
なぜ戻ろうとするのだ。とても正気とは思えない。

「なぜだ! 君は騙されているんだぞ! 帰ったところで君に待ってるのはカルシール男爵との婚約だけだ!」
「でも、家族ですから。助けないと」
「なぜ君がそこまでする必要があるんだ! 奴らは君のことを利用してるんだぞ! あんな奴のために──」
「あんなのでも、私の家族なんです!」
「っ!」
「私にとってはたった一人の、家族なんです……!」

私はハッとさせられた。
そうだ、たしかリナリアの母はリナリアが幼い頃に亡くなっている。
リナリアに残された家族はあのドニールだけだったのだ。
そして、どれだけ酷い親でも、自分を娘と見ていなくても。
あれは、リナリアにとっての肉親なのだ。
だからこそ、私はここにいないドニールに対して怒りを覚えた。

「家族だったからどうしたんだ! 君が奴を助ける義理は──」
「ノエル様には分かりませんっ!」
リナリアは私を突き飛ばすが、すぐに「あっ……」と後悔した。
しかし表情を取り繕い、私を睨む。
「あんなに優しいご両親に育てられたノエル様には私の気持ちは分かりませんっ!」
「っ……!」

確かにその通りだ。
私は今まで親の愛を受けて育ってきた。
リナリアの気持ちなんてわかるはずもないだろう。

「私はずっと誰かに愛して欲しかったんです!」

心からの叫びが私の胸を打つ。

「今帰れば、父はもう一度私を娘として扱ってくれるかもしれないんです! あの日みたいに私を抱き上げて、「流石は私の娘だ」って笑ってくれるかも……! だから私は帰らないといけないんです!」

私はリナリアの心情を理解することはできない。
ただ、それでもここで引き止めないわけにはいかなかった。

「だが、それはまやかしだ! 君は騙されているんだぞ!」
「それでも構いません! 騙されていたとしても、またもう一度父が私を愛してくれるかもしれない、その希望だけで十分なんです!」

涙を流して叫ぶリナリアはまるで親から捨てられた幼い少女のようだった。
いや、きっと恐らく少女のままなのだ。
リナリアの時間はドニールに捨てられた時から止まってしまっているのだろう。

「だから、申し訳ありません。私はマリヤック家に戻ります……」

リナリアが私の横を通り過ぎようとした。
だが、私はそれを引き止めた。
抱きしめて部屋から出て行かないように引き止めた。

「ノ、ノエル様……!」

リナリアが少し狼狽えたような声を出す。

「私が……私が愛しています!」

もう引き留める理由はこれくらいしか思いつかなかった。

「えっ?」

リナリアが困惑した声を出した。

「そ、それはどういう……」
「あなたは前向きで、それなのに繊細で。嬉しいことがあったら花みたいな笑顔を浮かべて、一緒にいるだけで幸せな気持ちになれる。そんなあなたが──好きです」

私からの本心の愛の告白だった。

「リナリアは本当に魅力的な女性で、私にとってとても大切な人です。あなたの胸に空いた穴を埋めれるかは分かりません。ですが私がリナリアを愛しています。それではダメですか?」
リナリアの気持ちを理解することはできない。
しかし心の穴を埋めることならできるのではないかと思った。
「……本当に私なんかを?」
「ええ、私はリナリアを愛しています。心から」
「っ……!!」

リナリアが後ずさりドアにぶつかると、部屋から逃げ出ていってしまった。

「え……?」

予想していなかったリナリアの反応に私はただ立ち尽くしていた。




それから、私は悶々と過ごすことになった。
リナリアがこの屋敷から出て行かないということは、私の愛の告白は受け入れられたのだろうか。
だが、少々避けられているような気もする。
私は生殺しの気分だった。
それから数日間、私はリナリアに避けられ続けた。
なぜか食事も一緒に食堂で食べてくれるし、花園にもいて私をまってくれているし、書斎で仕事も手伝ってくれていたが、避けられていた。
そのため私は『リナリアに振られたのだ』と結論づけた。
恐らく謎の行動は私を憐れんでのものだろう。

「……」

夕食が終わったあと、私は沈んだ表情で自室の椅子に座っていた。
愛している女性から振られるというのはとても辛い。
それも、相手も自分に少なからず好意を持ってくれているのではないか、と考えていた時は特に。

(明日からどんな顔をしてリナリアに会えば良いのやら……)

その時だった。

「ノエル様!」

リナリアが私の部屋に慌てた様子で訪ねてきた。

「私、ノエル様のことが好きです!」
「え?」

そして私にいきなりそんなことを言ってきた。
どうやら訳を聞けば、動揺して返事を返すのを忘れていたのだとか。

「よかった……」

まず最初に私が感じたのは安堵だった。
リナリアも自分と同じ気持ちだったことがとても嬉しかった。

「リナリア。あなたのことを愛しています。私と恋人になっていただけませんか」

私はもう一度リナリアの顔を見て告白する。

「はい、喜んで」

リナリアは大輪の花が咲いたような笑顔を浮かべて頷いた。
この日から、私はリナリアを守ると誓った。
守らなければならない。何と引き換えにしても絶対に、と。



そして翌日、花園で。
きちんと言葉を交わしあった私たちはまだ少々ぎこちないながらも会話する事ができていた。
その会話の最中、リナリアが不安そうだったのでリナリアの不安を解消していたのだが……。

「また私がどこかに行きそうになった時は、抱きしめて繋ぎ止めてくれますか?」

そんなことを言われたら、抱きしめざるを得なかった。

「っ! ノエル様!?」
「誓います。絶対にリナリアを手放したりしません」
「はい。いっぱい愛してくださいね?」

その瞬間、私の中でリナリアへの愛が振り切れた。

(よし、額にキスをしよう)

私はリナリアから顔を離す。
──どうやったら、こんなガラス細工のような美しく、儚い少女が出来上がるのだろう。 
私は目の前にいる少女の顔を見ながらそんなことを考えた。
生命力と、繊細さと、そしてほんの少しの闇を閉じ込めた瞳が不思議そうに私の瞳を覗き込んでいる。
そして私はリナリアの額にキスをした。

「っ!?」

リナリアは狼狽えていた。
なぜ自分が額にキスをされたのかわかっていないようだ。
恐らく、これからリナリアは考えるのだろう。なぜ自分がキスをされたのか。

「はははっ。じゃあ私は自室に戻ります」

私は笑みを漏らしてその場を後にした。
そして自室に戻り、部屋の扉を閉じると、私はその瞬間頭を抱えた。

「なぜあんなにリナリアは可愛いんだ!」

リナリアの前では平静を装っていたが、心の中は動揺でいっぱいだった。
私の恋人が可愛すぎる。
そもそもリナリアは美しい白金の髪に、月の女神と錯覚するほど整った容姿、そして性格まで良いと完璧な少女だ。
しかもいちいちこちらの琴線に触れるような言葉と仕草をしてくるのだ。
額にキスだけで済んだのが不思議なくらいだ。
私は椅子に荒っぽく座り、大きくため息を吐く。

「はぁ……リナリアに振り回されっぱなしだ」

もうリナリアに惑わされてはならない。
私は年上なのだから、リードする立場なのだ。
そう考えていたのだが。




真夜中、リナリアが私の自室に訪ねてきた。

「その……ノエル様。お願いがあるのですが」
リナリアが遠慮がちにお願いをしてきた。
「その……ハグをしてもらえませんか?」
「え?」

私は思考が停止した。

「ハ、ハグ……?」
「その、お昼にノエル様に抱きしめてもらった時、『幸せだな』ってなって……もう一度ハグしてもらえたらよく眠れるかなと思って……」

どうやらリナリアはハグをしたいようだ。
できることならその願いを叶えてあげたい。
私だってリナリアとハグはしたい。
だが、問題があった。
現在の時刻と、場所。
そう、私の理性がちゃんと機能するかどうか、ということだ。
流石にこの時間にハグをするのは軽率すぎる。
だから私は一旦断って、また明日の昼にするのはどうか、と提案しようとしたのだが。

「だめ…………ですか?」

ああ、だめだ。
やはりこの目には魔力がある。
どんなに強固に意思を固めていたとしてもこの瞳で見つめられた瞬間に全て無に帰してしまう、そんな魔力が。
私はリナリアの願いを断ることが出来なかった。

「いえ、しましょう。それでリナリアがよく眠れるというのなら」
「ありがとうございます!」

リナリアが両手を伸ばしてきた。
私は遠慮がちにリナリアを抱きしめる。

(確かに幸せだ)

愛している人とハグをする。その行為がこれほどまでに幸せな気持ちになるとは知らなかった。
そして同時に、その体は折れてしまいそうなくらいに頼りないと感じた。
そうだ。リナリアは繊細な少女なのだ。
やはりリナリアは私がま守らねばならない。
そう覚悟を新たにしていたのだが。

「これ、毎晩しても良いですか?」
「え?」

流石に思考が停止した。
これでも、理性で抑えるのに必死なのだ。
それなのに、まさかこの精神修行に近いハグを毎晩続けると……?

「駄目ですか?」

リナリアが首を傾げて聞いてくる。
その目で聞かれると断ることなどできなかった。

「……わかりました」
「ありがとうございます!」

リナリアが花のような笑顔を浮かべ、部屋へと戻っていった。

「~~~っ!!」

リナリアが出ていった後、私は顔を両手で抑えて悶絶した。
やはりまだリナリアには振り回されそうだった。
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