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52話 『永遠の愛』

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「えっと、どなたでしょうか……」

まず、私は彼らが誰なのか確認しようとした。
青年の中から一番高価そうな服を着ている青年が一人出てきた。

「お前、この方が誰だか知らないのかよ」
「どんな世間知らずなんだよ」
「トニー様だぞ。本当に知らないのか?」

すると彼らの周りの青年が小馬鹿にしたように笑いながらそう言ってきた。
トニーという名前には聞き覚えがないが、どうやら目の前の偉そうな青年はかなり地位の高い人間のようだ。
トニーは私を見下して自分の名を名乗った。

「俺はトニー・ケラーマン、侯爵家だ。お前の家は?」
家を答えるのは嫌だったが、無視しても面倒そうなことになりそうだったので、私は答えた。
「……伯爵家です」
「へえ……」

私が伯爵家だと答えた瞬間トニーはニヤリと顔を歪めた。
その笑顔を見た瞬間、背中に悪寒が走った。
トニーが浮かべた笑顔は以前、パーティーで私を妾にしようとしたハモンド伯爵と同じ、生理的に嫌悪感を抱く笑顔だったのだ。

「よし、決めた」

トニーがいきなりそう言った。

「お前、見た目はいいな。俺の愛人にしてやろう」
「……私はすでに婚約者がいます」

私はなんとか笑顔を保ってそう言った。

「関係ない。どうせその婚約者も伯爵家とかそこらだろう。俺は侯爵家だ。そんなのいくらでも権力で従わせることができる」
「そうだぞ。トニー様は侯爵家なんだ」
「伯爵家のお前が逆らうな!」

トニーの取り巻きが私を取り囲んで罵声を浴びせてきた。
トニーが私の腕をつかむ。
私が怖い、と感じた瞬間。

「何をしている!」

ノエル様が駆けつけてきた。

「はぁ? お前、誰──」

トニーは不機嫌そうな顔で振り向き……固まった。
ノエル様の顔を見て、瞬時に誰だか理解したのだろう。
それはトニーの取り巻きも同様で、ここに公爵家であるノエル様が現れたことに驚愕していた。

「な、なんでここに……!」
「それよりも、貴様は何をしている」

底冷えのするような声でノエル様はトニーに質問する。
烈火の如き怒り籠った目で睨まれたトニーは気圧されながらも言い訳を始めた。

「こ、これは……彼女に声をかけていただけで……」
「声をかけるだけで腕を掴むのか」
「それは……同意があって……」
「彼女は嫌がっているように見えたが」

ノエル様は淡々とトニーを追い詰める。

「し、しかしですね。我々が何をしていてもノエル様には関係が無いのではないでしょうか……」
「ほう、関係ない?」

ノエル様は私に近づいて、トニーの手を引き剥がすと──私を抱きしめた。

「彼女は私の婚約者なのだが?」
「えっ?」

トニーとその取り巻きたちは私がノエル様の婚約者だと聞いた瞬間焦りだす。

「君たちは公爵家の婚約者が誰なのかも知らないのか? それとも、私の婚約者だと分かっていて手を出そうとしたのか? どのみち君たちの家に厳重に抗議させてもらおう」

抗議、という単語を聞いた瞬間トニーたちの顔は真っ青になった。

「も、申し訳ありません! ノエル様のご婚約者だとは知らなかったんです!」
「そうなんです! ただ、俺たちは知らなくて……!」

ノエル様は冷たい目でトニーたちを見下ろす。

「今更謝らなくてもいい。君たちが行なっていたことは私が君たちの家の当主にしっかりと報告させていただく。もちろん、日常的に行なっていたであろうことも含めてね」

公爵家の当主から「自分の婚約者に手を出された」と手紙が来たらどうなるか。
大抵の当主なら厳重な罰を下すだろう。いや、下さざるを得ない。
相手はこの国の貴族の中のトップ。
恐らく彼らは良くて次期当主から下されるか、悪くて廃嫡だろう。
その未来に気づいたのか、トニーたちは必死にノエル様に対して許しを乞う。

「お願いしますそれだけは!」
「謝罪でもなんでもしますから、それだけはお許しください!」

トニーたちは必死にノエル様に謝る。
しかしノエル様は彼らを許すことはなかった。

「いいや、許さない。ここで見逃せば必ずまた権力を振り翳し、女性を不幸に陥れるだろう。そうならないようにお前たちには罪を償ってもらう」
「そんな……」

トニーは膝から崩れ落ちる。

「後悔するなら私の逆鱗に触れたことを悔め。……リナリア、行きましょう」

ノエル様はトニーにそう言って私を引っ張って行った。
ある程度トニーたちから離れたところに来ると、ノエル様は私に謝った。

「申し訳ありませんリナリア。私が目を離したのが失敗でした。怪我はありませんか?」

ノエル様は心配そうな表情でトニーに掴まれていた腕を見る。
特に怪我はしていないので、私はノエル様に大丈夫だと伝えた。

「怪我はしていません」
「よかった……」

私が特に怪我をしていないことがわかると、ノエル様は安心したように息を吐いた。

「リナリアの容姿を考えれば、一人にするなんて愚の骨頂だと分かるのに。本当に申し訳ありません……」
「ノエル様、私は何もされてませんから」
「いえ、何か起こってからでは遅いのです。もう二度とこんな失敗はしないと約束します」

ノエル様は自分の愚かさを責めながら私に何度も謝る。
確かにノエル様にも非はあるのかもしれないが、私がぼーっとしていた悪いのだ。
私はノエル様になんとか顔をあげてもらいたくて、必死に何か話題を変えるものはないかと考える。
そして私はノエル様が大きな袋を抱えていることに気がついた。
その袋は可愛いラッピングがされていて、プレゼント用の袋だと一眼でわかる。

「ノエル様、それは……」
「ああ、これですか……」

ノエル様が袋から取り出す。

「ぬいぐるみ……?」

ノエル様が取り出したのはさっき私が見ていた熊のぬいぐるみだった。
どうやら本に夢中で気が付かなかったが、パイを買いに行くついでにこのぬいぐるみを買いに行ってくれていたようだ。
道理でパイを買うだけなのに時間がかかると思っていた。

「これを私に?」
「はい。いらない、と言っていましたが欲しそうな目をしていましたし、それにリナリアに似合うと思ったので」
「私に似合う……」

そんなことを言われたのは初めてだ。
今までずっとぬいぐるみなんて縁のない世界で生きてきた。
マリヤック家では持ち物は全て取り上げられていたし、ノエル様の屋敷に来てからもぬいぐるみに触れる機会がなかった。
もう一度ぬいぐるみをもらえるなんて夢にも思ってなかった。
私が考え込んでいると、ノエル様はどう受け取ったのか、ぬいぐるみを袋にしまい始めた。

「いらないなら処分しますけど」
「そ、そんなことはありません!」

処分、という言葉を聞いて私はノエル様の腕からぬいぐるみをふんだくる。

「せっかく買っていただいたのですから、この子は大切にします!」
「そうですか……気に入ってもらえたならよかったです」
ノエル様が安心したような笑顔を浮かべた。
「はい、ノエル様から折角貰ったんですから、ずっと大事にしますよ」

ぬいぐるみを抱きしめる。
柔らかいその感触はとても懐かしかった。
そして私は本来の目的であるパイを思い出した。
ノエル様からパイを受け取って食べる。

「それよりも、冷めないうちにパイを食べましょう。あ、美味しいですよ!」
「確かに美味しいですね」

初めて屋台の食べ物を食べたからか、それともノエル様と二人で食べたからかは分からないが、パイはとても美味しかった。
パイを食べてから、私たちはまた街を歩き始めた。
そしてとある花屋を発見した。
私は色とりどりの花が並べられているのを見つめる。

「綺麗ですね……! あ、そうだ」

花を見ていると、私はとあることを思いついた。

「お互いに花を送り合いませんか?」
「花を送り合う?」
「はい。相手をイメージした花を送り合うんです。どうでしょう」
「面白いですね。してみましょう」

ノエル様は案外乗り気で、花を選び始めた。
私も花を選ぶ。
しばらくしてノエル様が私のところまでやって来た。花を選び終わったのだろう。

「選び終わりましたか?」
「はい。いっせーの、で見せ合いましょう」
そして私が「いっせーの」と言って、お互いに花を見せ合う。
「え?」
「あれ?」

私とノエル様、それぞれ花を選んだはずなのだが。
私たちは同じ薔薇を選んでいた。
薔薇の花言葉は『永遠の愛』。
もしかして、ノエル様はこの花言葉を知っていて私に送ったのだろうか。
ノエル様の反応を確認する。

「……」

ノエル様は照れたように顔を逸らしていた。
間違いない。ノエル様は薔薇の花言葉を知っている。
別々に花を選んでいたはずなのに、私とノエル様は同じことを考えていたのだということが分かって、私はくすりと笑った。

「ノエル様、手を繋いでもいいですか?」
「はい」

私はノエル様の手に指を絡める。
いわゆる恋人繋ぎをした。

「こうした方がより近くにいられますから」
「ええ」
「ノエル様」

私はノエル様の名前を呼ぶ。

「これからもずっと一緒にいましょうね」
「……もちろん」

それから、馬車に乗り込んでも私たちは手を繋いだまま屋敷に戻ってきた。
屋敷に戻ってくると私を迎えにきたアンナに恋人繋ぎをしているところを見られてしまい、それからずっとデートのことを根掘り葉掘り聞かれることとなったのだった。




そして翌日。

「あ」

私は思い出した。

「実家に手紙を返すのを忘れていました」

父が私に出した手紙の返事を出すのを忘れていた。
私にマリヤック家に戻ってきてもらい、カルシール男爵に嫁いでもらう、という内容に対する返答はもちろん否だ。
だから父からの手紙を無視してもいいのだが、私はここでけじめをつけたかった。
ちゃんと言葉であの家と決着をつけたかった。
ノエル様にそのことを話すと、心配した表情になった。

「リナリア、大丈夫ですか? 私が代わりに断る返事を書いても……」
「良いんですノエル様。ちゃんと自分で書いた返事で、断りたいんです。それにノエル様と結婚することを報告しておきたいですし」

あんなのでも、親だ。
結婚報告くらいはするのが筋だろう。

「大丈夫ですノエル様。私は二度とあの屋敷には戻るつもりがありませんし、……それに私がそんなことを言った時はノエル様が引き留めてくれるんですから」
「……もちろんです」

ノエル様の手を握ると、ノエル様は力強く握り返してくれた。
その日、私は実家へ手紙を送り返した。
そして二度とマリヤック家には帰らない、と付け加えて。
これでマリヤック家との縁はもう切れただろう、と私は考えていた。
しかし、それは間違いだった。

翌日、父とカトリーヌとローラの三人が屋敷へと押しかけてきたのだ。
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