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第二章

フィーネとエルファンス(前)

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 まだ6歳だった私は小雨の中に立ち、エルファンス兄様の実弟のグリフィスの葬儀に参列していた。

 溺愛していた二番目の息子が亡くなり、ライラ叔母様は悲しむあまり棺の前で酷く取り乱していた。

「エルファンス! お前が馬になど乗らなければ、あの子がまねして落馬する事もなかったのに! お前がグリフィスを殺したのよ――この銀色の悪魔!」

 逆上しながらお兄様に飛びかかろうとしたライラ叔母様の前に、まだ6歳だった私が両手を広げて立ちふさがる。

「エル兄様のせいじゃないわ! みっともない人ね!」

 夫のロジェ叔父様や兄であるお父様に取り押さえられても、ライラ叔母様はお兄様をののしるのを止めなかった。
 10歳だったエルファンス兄様は無表情にそれに耐え、葬儀が終わった後もずっと墓石の前に立ち、雨に打たれ続けていた。

 私は小さい頃から従兄弟であるエルファンス兄様が大好きで、親族の集まりではいつも傍について離れなかった。
 唯一違うのは、同じくお兄様にべったりだったグリフィスがもういないこと。

「気にする事ないわ。変なのはエル兄様のお母さまの方よ。自分の産んだ息子に悪魔だなんて」

 私はお兄様がこれ以上濡れないように頑張って背伸びして傘をさしていた。

「フィーネ……あっちに行って……」

 振り返りもせずにエルファンス兄様が呟く。
 その言葉が聞こえなかったかのように私はしゃべり続ける。

「私のお母様もおかしいのよ。何でも私の言いなりだし、まるで怖がっているような目で見るの。変よね、自分が産んだ娘なのに」

 皮肉げに言いながら、胸に寂しさとも悲しさからともつかないチクリとした痛みがさす。

「どうしてエル兄様のお母さまはその銀髪を嫌うのかしら? とっても綺麗なのに……。
 私は金色より銀色が好きよ。だって私の黒い髪と青い目には金色より銀色の方がよく合うんだもの。
 だから私達ってすごくお似合いだと思うの。
 私大人になったら絶対にお兄様と結婚するの――」

 あ……絶対……。
 私はこの時も絶対という言葉を使っていたのだ。

 ――叔父夫婦も亡くなったグリフィスも金髪で、家族の中ではエルファンス兄様だけが銀髪だった。
 
 後年知ったのは、エルファンス兄様の実の父親は婚前のライラ叔母様を弄んで捨てた男だということ。
 醜聞を恐れたお祖父様が妊娠した娘に夫をあてがったらしい。
 だからエルファンス兄様のその美しすぎる顔も銀髪も、ライラ伯母様にとっては憎悪の対象でしかなかった

 ロジェ叔父様も血の繋がらない息子に対して冷淡で、家族の中でたった一人お兄様に愛情を寄せていたのが弟のグリフィスだった。
 そんな弟を失ったのだからエルファンス兄様の喪失感は計り知れない。

 グリフィスがいなくなった今、孤独になったエルファンス兄様に私だけがくっついていた。

「フィーはそんなにエルファンスが好きなのか……。
 あの子はとても優秀だし、ライラもあんな態度だ。うちもフィー以降何年も子宝に恵まれていないから、そろそろ潮時だろう……。
 あの子をうちで引き取って後継者にしよう」

 葬儀の晩、お父様がお母様にそう話しているのを聞いた時、私はとても嬉しかった。

 エルファンス兄様がジルドア公爵家に引き取られたのはグリフィスの葬儀が終わってすぐだった。

 私は喜んだ。大好きなお兄様と毎日一緒にいられるのだから。

 同じ屋敷に住むようになってからも、寡黙なエルファンス兄様はほとんど口をきいてくれなかった。
 だけど私はお構いなしにつきまとい続けた。

「ねえ、お父様にお兄様と結婚したいと言ったら駄目だと言うの、酷いと思わない?」
「当たり前だろう。お前が皇家に嫁ぐのがこの公爵家のためには一番良いのだから」

 9歳になった私の遠回しのプロポーズに対し、13歳になったエルファンス兄様の態度はそっ気なかった。

「私だってあの二人のことは好きよ。美しいものは大抵好きなの。
 逆に醜いものは大嫌い。だから私は醜くなる前に死ぬ予定なの。
 でもね、お兄様を好きなのはただ美しいからだけじゃないわ。
 私は太陽や明るいところも嫌い。肌が焼かれて痛くなるし、まぶしい光を見ているとくらくらしてしまうんだもの。たまにアーウィンを見ている時も同じように感じるわ。
 私は夜が好き。だから夜のような雰囲気のお兄様が好き――」

 それは私なりの精一杯の愛の告白だった。

 やがて11歳になると私は隠し通路を使って、エルファンス兄様の部屋へ忍び込むようになった。
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