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一章
11話
しおりを挟む態度を豹変させた一夜が明けてからというもの、普段の清鷹は以前のように表面上は元の紳士的な夫という態を崩していない。それでも時折美琴を目で追い、今までにはなかったねっとりと熱く絡めるようなあからさまな視線を送ることが多くなった。また、微笑みを浮かべて話しているようにみえて目が笑っておらず僅かに気色ばむことがあり美琴は恐怖心を覚えていた。
何より帰宅時には美琴の肉体を激しく求め、息も絶え絶えになるまで抱き潰し、言葉責めに美琴が許しを請うというロールプレイが最近できあがってしまっている…。
美琴は何がそんなに清鷹を狂わせたのか直接聞くことができなかった。直前の会話で美琴が面白がって主導権を握り過ぎたのが気に障ったにだろうか。
自分の蒔いた種とは言え、流石に今回のことで身に沁みて夫の扱いに難を感じた美琴は母親へ電話で連絡して大方の内容は伏せてそれとなくどうしたらいいのか相談した。儚げなフリをして夫達を手玉にとるのは百戦錬磨の母は冷静に美琴の状況を察して諭した。
「美琴さん、あまり旦那様を刺激してはいけませんよ。真性の方々は意外と繊細なのですから。夫の心を穏やかに保つことも、妻の大切な役目です。けれど…執着が過ぎるようでは美琴さんも大変ですね。こういうのは夫の言いなりになっては悪い癖を助長するだけですから、逆手にとって考えましょう。」
「逆手に…?」
「美琴さん、あなたとはこんなことを話したことはないけれど、気になる人とかはいないのですか?」
「??気になる人…?」
「そう、恋焦がれるとまではいかなくても真性の方で好みの方とか憧れている方とかひとりはいるでしょう?」
あまりにも母、美月が当然のように聞くものだから美琴は困惑した。
「え…恋愛的に好きな方ということですか?でも僕には清鷹さんという…」
美琴の言葉に母がまた諭すように、優しく言い含める。
「美琴さん、清鷹さんがこの世の全てではありませんよ。今回のことは美琴さんと清鷹さんの二人きりの狭い世界でお互いしか見えていないから起こったことだと思います。今、美琴さんが清鷹さんのことで思い悩んで頭が一杯なように…。」
「……。」
そうなのだろうか。当たっていて図星のような気もしたが、上手く飲み込めず美琴は押し黙る…。
「それで、意中の方などは他にいるのですか?」
再度母が真剣に尋ねる。
「んー、お母様…僕、あまり今まで出逢いがなくて…考えたこともなかったです…。」
「そうですよね…。美琴さんは、私達の都合であまり社交をする機会も与えられませんでしたし…。」
しゅんとして静かに愁うように母親の声のトーンが落ちた。
「そんな…、それは僕が出不精なだけで…」
「いいえ、あなたのことは気にかけてはいたけれど、手が回らなかった…。青春を知らないまま夫を持たせてしまった。」
「お母様…。でも…いきなりどうして?」
母が悪戯っぽくクスリと笑って、
「ふふふ、美琴さん…、恋をするのは楽しいことなのですよ。日々を彩り豊かにしてくれる…。複数の真性の方を愛し彼らを夢中にさせること…それは産胎に許される大きな喜びなのです。」
と幼い子に教えるように言い聞かせた。
「……」
美琴には漠然として母が言っていることがよくわからなかった。
「…美琴さんはもう正夫を持つ立派な大人の産胎なのですから、色々学ばなくてはね。…まあ、私の手が空いた時に外出でもしましょう?社交の場にチャレンジするのです。私も一緒について行くから、ね?」
こうして母は美琴にとって斬新すぎるアドバイスを供したのだった。
また、あれから後日、瀬戸山がまた所用で訪ねてくることがあった。
久しぶりに会った瀬戸山はゲッソリしていた。
「奥様…あなたっていう人は…、本当に大したものだ。思いきり口が軽いじゃないですか…!余計なことを口走ったのは黙っててって言ったのに…おかげでえらい目に合いましたよ…。」
遠い目をしながら瀬戸山は、美琴に愚痴を溢した。
「えらい目って…?」
「言いませんよ…。まあ、私はこれから先ずっと間宮専務と奥様の奴隷になったということですよ…」
お先真っ暗とでも言いたげな表情である。
(何だか悲壮感がすごいなぁ…。…というか、瀬戸山さん別に大したこと言ってなかったと思うけど…)
実際、清鷹がなかなか結婚をしなかったという事実しか言っていない。
瀬戸山はあれから社内において清鷹のによって間接的だが手厳しい制裁を喰らっていた。しかも、ある弱みをにぎられている為、今までもそうだったが今では尚更清鷹に頭が上がらない状況に陥っているのだった。
ーーー俺の美琴に余計なことを吹き込んだのことについては決して許しはしないが、お前は優秀だからな。それに、美琴に手を出す心配も少ない。これから俺と美琴に尽くすというのであれば、悪いようにはしない。ーーー
清鷹がほくそ笑むのを思い出して、瀬戸山は身慄いした。
「というか、もう何でもかんでも間宮専務に話してはいけませんよ。平和な暮らしを望むのなら。」
(平和な暮らしかぁ…。)
果たして清鷹という夫とめぐり逢ったことが幸福なのか脅威なのか…。
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