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第3話 奇妙な主人【サイド回】

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【sideメルダ】

 私の名はメルダ。シュマーケン家で飼われている奴隷です。
 回復魔法が得意で、多少待遇はいいですが、それでも奴隷の生活には変わりません。
 屋敷内でけがをした奴隷なんかを手当するのが私の仕事。
 毎日毎日けが人を治しても、またすぐにみんなけがをする。

 そして私は感謝されるでもなく、少ないご飯でこきつかわれる。
 奴隷の身分を今更どうこうしたいとは思いませんが、それでも代わり映えのしない、うだつが上がらない毎日にはうんざりしていました。
 そんなある日、シュマーケン家のご子息であるエルドお坊ちゃまが私に話しかけてきたのです。

「このパンをやるから、俺に回復魔法を教えてくれないか……?」
「わ、私が坊ちゃまに回復魔法をですか……? 構いませんですけど……。そんなのは奴隷にやらせればよいのではないでしょうか……?」

 ご主人様たちのような高貴な身分の人が、自分で回復魔法を使いたいなんて話、きいたことがなかった。
 回復魔法なんて体力もいるし、しんどい仕事だ。そんなのは奴隷の仕事というのが世間の認識でした。
 それなのに、この小さなお坊ちゃまは、私にそんなことを言ったのです。

「いや、興味があってな。ぜひ自分で覚えてみたいんだ」
「わ、わかりました! そういうことなら、一肌ぬぎましょう」

 代り映えのしない日々に飽き飽きしていた私は、二つ返事で承知しました。まあ、元々奴隷に拒否権などはないのですが……。
 お坊ちゃまに回復魔法を教える仕事は、普段の仕事よりもいくらか面白そうに思えたのです。
 それに、パンをくれるというのであれば、やらない手はない。

 それにしても、奴隷の身分である私にこうして頭を下げて教えをこうだなんて……。
 エルド坊ちゃまは不思議な人だ。まだ幼いから、奴隷の扱いがわかっていないだけなのだろうか。
 しかも、ちゃんと追加のパンという報酬までお恵みくださる。
 幼いながら、エルド坊ちゃまにはただならぬ風格があらせられる。

「いいですか、まずはこうやって……蛙に腕を生やすことから始めてみましょう」
「ああ、わかった」

 エルド坊ちゃまはすぐに蛙に腕を生やすくらいのことはやってのけました。
 これには私はとても驚きました。
 貴族の方は我々奴隷よりも健康状態もよく、魔力も有り余っているとは思っていましたが……。
 正直、エルド坊ちゃまの回復魔法の才能はすさまじいものがありました。

 蛙を治療するのだって、普通は何年か修行が必要なほどです。
 シュマーケン家の方々は、闇魔法に才能があり、魔術師としてもかなり高名です。しかし、まさかエルド坊ちゃまに回復魔法の才能がここまであったとは……。
 このまま回復魔法だけに才能と努力を注ぎ込めば……恐ろしいことになるだろうと想像できます。

「俺は人間の腕を生やせるようになりたいんだが……できるようになるかな?」
「もちろん坊ちゃまの才能があれば可能だとは思いますが……。それにはかなりの年月を要します。人間の腕や脚を一から生やすなんていう芸当は、私にもできません。それこそ、宮廷魔術医師などのレベルでないと……」
「そうか。なら、かなり修行は必要だな。できればすぐにでも生やせるようになりたいのだが……」

 坊ちゃまのその発言を聞いて、私は内心驚いていました。
 人間の腕を回復魔法で生やすなど、専門の回復魔法師でないとあり得ないレベルだからです。
 よほどの才能がある人間が、死にもの狂いで努力して、ようやく届く領域……。
 坊ちゃまはそれを軽々と口にしたのです。貴族の坊ちゃまが片手間のお遊びで学ぶというレベルを、はるかに超えています。

 ですが、エルド坊ちゃまの目つきからは、本気が感じられました。
 このお方ならあるいは……。そう思わせてしまうほどの才能が、エルド坊ちゃまにはある。
 このまま修行を続ければ、将来はすごいことになるだろう。幼きエルド坊ちゃまを見て、私はそう思いました。

 驚いたことは、その数週間後に起こりました。
 なんと、けがをした奴隷の腕を、エルド坊ちゃまが回復させたというのです。
 数年かかるレベルの領域まで、まさかこの短期間でたどり着いてしまうだなんて……。
 エルド坊ちゃまの才能は、私が思っていたよりもはるか先にありました。

「エルド坊ちゃま……それは、本当ですか……!?」
「ああ、やってみたらできたんだ」
「それは……すばらしい……もう私に教えられることはありませんね」

 奴隷という立場でありながら、回復魔法を教えさせていただいている私としても、これは教師冥利に尽きるというものだった。
 まさかここまで回復魔法をマスターするのがはやいだなんて……。末恐ろしい。
 そんなふうにぐんぐん伸びていくエルド坊ちゃまに指導をするのは、こちらとしても楽しかった。

 しかし、不思議なことは、坊ちゃまは回復魔法をそんなに熱心に覚えて、どうしようというつもりなのだろうか。
 まさか貴族商人である坊ちゃまが冒険者になどなるわけもないし……。
 奴隷を治すのは、私のような回復奴隷にやらせればいい。
 それだけが、不可解だった。
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