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しおりを挟む覚悟は決まっていたはずだった。
北の辺境伯と呼ばれるその人は「化け物伯」という蔑称がある。
その名の通り、化け物じみた見た目をしているというのである。
化け物って、そこまで言う? と思っていた私は、きっと箱入り娘だったのだろう。世界を知らなかった。
魔物が跋扈する辺境で国境を維持するような屈強な男性だ。きっと、顔に傷でもあるのだろうと、高をくくっていた。
最初の顔合わせの時点では、顔が半分仮面で隠れていたので、そこに傷があるのかしらと軽く考えていた。仮面の方が目立つんじゃないかしら、だから変な噂が出てしまったのかも、などと思ったほどだ。
辺境伯さまはまだ二十代半ばの大変見目麗しい男性だった。国境を守る辺境伯に相応しい逞しい体つきではあったけれど、魔法剣士という特性上、決して筋肉だるまではなかった。鍛えられた均整の取れた肉体は、化け物とは程遠い洗練された美丈夫だったのだ。
どこが化け物伯? 仮面の下に傷がある程度でしょう?
だから、やっぱり噂って当てにならないと思った。
けれど現実とは厳しいものなのね。
二人きりで話をするために庭に出て、辺境伯さまが隠していた仮面の下の顔をあらわにしたところで、自分が間違っていたことを知る。
傷? そんな生易しいものではなかった。
あらわになった精悍な顔立ちはとてもきれいに整っていて、見惚れるほどの美青年だった。
……ごく一部をのぞいて。
その、ごく一部が、すこぶる問題だった。美青年な部分が全部霞んで、そのごく一部に目が釘付けになるほどに。
え? それ、どういう状態?
化け物と呼ばれるのも納得というか、そう呼ぶ人も出てくるだろうなという状態だった。
顔全体からするとの六分の一くらいの範囲。左目周辺が、肉がむき出しになっている、というのだろうか。皮が剥げたような、肉がボコボコとヌメヌメとしているというか、内臓が裏返ったみたいな肌感で、目の部分はその肉に埋まりつつも眼球が飛び出したみたいな状態というか……。
思った以上に、グロくってよ……?
これから結婚をするというその人を目の前にして、私は言葉を失い呆然と立ち尽くしてしまった。
辺境伯さまは嘲るようにふんと鼻を鳴らし、不愉快さを隠そうともせずに私を見下ろしている。
「化け物の顔がそんなに気になるか」
まあ、気にならないと言えば嘘ですよね……!
なんて言えるはずもなく。私は賢明にも口をつぐむ。
いいえと嘘をつく勇気もないために、少し首を傾げて微笑んでごまかすことにした。
「お前は俺の妻になろうというんだ。正直に言ってみろ」
いやぁ、親しき仲にも礼儀ありって言葉がございまして……。
にこにこと笑顔で辺境伯さまと視線を合わせるけど、飛び出したむき出しの目が気になって仕方がない!
「何でもないふりをしたところで、この顔が気になってしょうがない様子だな」
申し訳ありません! その通りです!
私が視線を逸らそうとしたところで、辺境伯さまはぐちょぐちょなその左目周辺を手で軽く覆う。
ひょぇっ!
それを見て思わずビクリと私の肩がはねた。
ぞわりとした震えがはしって身体が無意識にこわばった。
こわい。これは、心臓に悪いわ……。
そっと目をそらす。
「どんな物好きな女が見合いを申し込んできたのかと思えば、見ただけで怯えるなど論外だな。目的は、金か、権力か」
いやいやいや、待ってください。なんで私が好き好んで申し込んだみたいに思われておりますの? って、考えるまでもないわ。あの元婚約者の嫌がらせでしょうね。
これ、私が望んだわけじゃないなんて否定したら、辺境伯様への侮辱になりかねないやつじゃないの! ホントに嫌なやり方をするわね、あの男!
もんもんとしていると、辺境伯さまの視線が更に厳しくなってゆく。
「気持ち悪い顔など見たくもないと言えばいいだろう。取り繕われると、余計に気分が悪い」
「ち、ちがいます…!」
私は慌てて顔を上げる。
とりあえず、あのバカのことは置いておいて、辺境伯さまの誤解を解かなきゃ!
さっきびっくりしたのは決して気持ち悪いとかそういう意味ではありませんわ!
「そういうつもりはございません!」
けれど辺境伯さまからは無言のまま、ひどく冷淡な視線が向けられた。
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