2 / 6
2
しおりを挟む覚悟は決まっていたはずだった。
北の辺境伯と呼ばれるその人は「化け物伯」という蔑称がある。
その名の通り、化け物じみた見た目をしているというのである。
化け物って、そこまで言う? と思っていた私は、きっと箱入り娘だったのだろう。世界を知らなかった。
魔物が跋扈する辺境で国境を維持するような屈強な男性だ。きっと、顔に傷でもあるのだろうと、高をくくっていた。
最初の顔合わせの時点では、顔が半分仮面で隠れていたので、そこに傷があるのかしらと軽く考えていた。仮面の方が目立つんじゃないかしら、だから変な噂が出てしまったのかも、などと思ったほどだ。
辺境伯さまはまだ二十代半ばの大変見目麗しい男性だった。国境を守る辺境伯に相応しい逞しい体つきではあったけれど、魔法剣士という特性上、決して筋肉だるまではなかった。鍛えられた均整の取れた肉体は、化け物とは程遠い洗練された美丈夫だったのだ。
どこが化け物伯? 仮面の下に傷がある程度でしょう?
だから、やっぱり噂って当てにならないと思った。
けれど現実とは厳しいものなのね。
二人きりで話をするために庭に出て、辺境伯さまが隠していた仮面の下の顔をあらわにしたところで、自分が間違っていたことを知る。
傷? そんな生易しいものではなかった。
あらわになった精悍な顔立ちはとてもきれいに整っていて、見惚れるほどの美青年だった。
……ごく一部をのぞいて。
その、ごく一部が、すこぶる問題だった。美青年な部分が全部霞んで、そのごく一部に目が釘付けになるほどに。
え? それ、どういう状態?
化け物と呼ばれるのも納得というか、そう呼ぶ人も出てくるだろうなという状態だった。
顔全体からするとの六分の一くらいの範囲。左目周辺が、肉がむき出しになっている、というのだろうか。皮が剥げたような、肉がボコボコとヌメヌメとしているというか、内臓が裏返ったみたいな肌感で、目の部分はその肉に埋まりつつも眼球が飛び出したみたいな状態というか……。
思った以上に、グロくってよ……?
これから結婚をするというその人を目の前にして、私は言葉を失い呆然と立ち尽くしてしまった。
辺境伯さまは嘲るようにふんと鼻を鳴らし、不愉快さを隠そうともせずに私を見下ろしている。
「化け物の顔がそんなに気になるか」
まあ、気にならないと言えば嘘ですよね……!
なんて言えるはずもなく。私は賢明にも口をつぐむ。
いいえと嘘をつく勇気もないために、少し首を傾げて微笑んでごまかすことにした。
「お前は俺の妻になろうというんだ。正直に言ってみろ」
いやぁ、親しき仲にも礼儀ありって言葉がございまして……。
にこにこと笑顔で辺境伯さまと視線を合わせるけど、飛び出したむき出しの目が気になって仕方がない!
「何でもないふりをしたところで、この顔が気になってしょうがない様子だな」
申し訳ありません! その通りです!
私が視線を逸らそうとしたところで、辺境伯さまはぐちょぐちょなその左目周辺を手で軽く覆う。
ひょぇっ!
それを見て思わずビクリと私の肩がはねた。
ぞわりとした震えがはしって身体が無意識にこわばった。
こわい。これは、心臓に悪いわ……。
そっと目をそらす。
「どんな物好きな女が見合いを申し込んできたのかと思えば、見ただけで怯えるなど論外だな。目的は、金か、権力か」
いやいやいや、待ってください。なんで私が好き好んで申し込んだみたいに思われておりますの? って、考えるまでもないわ。あの元婚約者の嫌がらせでしょうね。
これ、私が望んだわけじゃないなんて否定したら、辺境伯様への侮辱になりかねないやつじゃないの! ホントに嫌なやり方をするわね、あの男!
もんもんとしていると、辺境伯さまの視線が更に厳しくなってゆく。
「気持ち悪い顔など見たくもないと言えばいいだろう。取り繕われると、余計に気分が悪い」
「ち、ちがいます…!」
私は慌てて顔を上げる。
とりあえず、あのバカのことは置いておいて、辺境伯さまの誤解を解かなきゃ!
さっきびっくりしたのは決して気持ち悪いとかそういう意味ではありませんわ!
「そういうつもりはございません!」
けれど辺境伯さまからは無言のまま、ひどく冷淡な視線が向けられた。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】伐採令嬢とお花畑伯爵のままならない結婚生活
有沢楓花
恋愛
――あなたのために杉(仮)を伐る。新婚伯爵夫妻の別居婚、標高差1000メートル
散々結婚を先延ばしにされた挙句、ついに婚約破棄された男爵家の令嬢・ヘルミーナはとうに行き遅れ。
厳格な父親は家の恥さらしだと、彼女を老貴族の後妻として嫁がせようと画策していた。
老貴族の名を聞き、前世の日本人としての記憶がぼんやりとあったヘルミーナは確信する。
ここは乙女系領地運営シミュレーションゲーム『黒薔薇姫のシュトラーセ』エンディング終了直後の世界で、彼女はこの後夫の不正に巻き込まれて没落するのだと。
抗う彼女の窮地を偶然救ってくれたのは、病のせいで顔をくまなく覆った貴族、「お花畑伯爵」ウィルヘルム。
瘴気漂う領地のせいで滅多に領外に出ないとあって、長らく独身だった。
ウィルヘルムが事情でお飾り妻を必要としていると知ったヘルミーナは、彼に結婚と領地運営の手助けを申し出る。
たとえ彼が「二週目フリーモード以降選択可能な、高難易度領地持ちPC」であろうとも。
しかし手助けしようにもコミュニケーションはままならない。
瘴気を徹底的に避けるため、彼は森林限界の上に建てた別邸で一年の大半を過ごしているのだった。
「あなたの暮らす屋敷からは大よそ1000メートルといったところですね。……標高で、ですが」
1000メートルの別居婚を提案されたヘルミーナは、花粉に似た瘴気をまき散らす森を前に決意する。
登山をして会いに行き、政治的パートナーとして距離を詰めることを。
でなければ、また実家に戻されてしまうだろう。
もう後がないヘルミーナは、伯爵とともに領地を繁栄させることができるのか……?
この話は他サイトにも掲載しています。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
【完結】リゼットスティアの王妃様
通木遼平
恋愛
リゼットスティアという美しく豊かな国があった。その国を治める国王も美しいと評判で、隣国の王女フィロメナは一度でいいから彼に会ってみたいと思い、兄である王子についてリゼットスティアに赴く。
フィロメナはなんとか国王にアピールしようとするが国王にはすでに強引に婚姻に至ったと噂の王妃がいた。国王はフィロメナに王妃との出会いを話して聞かせる。
※他のサイトにも掲載しています
村娘あがりの娼婦ですが、身請けされて幸せです
春月もも
恋愛
村を飛び出して王都に来たリリアは、いまは高級娼婦として生きている。
ここは通過点のはずだった。
誰かに選ばれて終わる物語なんて、わたしには関係ないと思っていたのに。
触れない客。
身体ではなく、わたしの話を聞きに来るだけの商人。
「君と話す時間を、金で買うのが嫌になった」
突然の身請け話。
値札のついた自分と向き合う三日間。
選ばれるのではなく選ぶと決めたとき、
通過点は終わりになる。
これは救いではなく対等な恋の話。
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
【完結】ロザリンダ嬢の憂鬱~手紙も来ない 婚約者 vs シスコン 熾烈な争い
buchi
恋愛
後ろ盾となる両親の死後、婚約者が冷たい……ロザリンダは婚約者の王太子殿下フィリップの変容に悩んでいた。手紙もプレゼントも来ない上、夜会に出れば、他の令嬢たちに取り囲まれている。弟からはもう、婚約など止めてはどうかと助言され……
視点が話ごとに変わります。タイトルに誰の視点なのか入っています(入ってない場合もある)。話ごとの文字数が違うのは、場面が変わるから(言い訳)
伯爵家の箱入り娘は婚儀のまえに逃亡したい
瑞原唯子
恋愛
だから、きっと、恋を知らないままでよかった。
伯爵令嬢のシャーロットはもうすぐ顔も知らないおじさまと結婚する。だから最後にひとつだけわがままを叶えようと屋敷をこっそり抜け出した。そこで知り合ったのは王都の騎士団に所属するという青年で——。
---
本編完結しました。番外編も書きたかったエピソードはひとまず書き終わりましたが、気が向いたらまた何か書くかもしれません。リクエストなどありましたらお聞かせください。参考にさせていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる