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しおりを挟む「あ、あの、本当にそういうつもりではなく、あのっ」
「不愉快だ、言い訳など聞きたくもない」
確かにそれはそうでしょうとも! でも、違うのぉぉぉ!!
「い、痛くないんですか!!」
叫んでから、バッと口に手を当てる。
眉間に皺を寄せた辺境伯さまが先を促すようにじっと見つめてくる。
どうごまかそうかと必死で考えたけれど、ごまかせるだけの言葉が見つからない。黙っていても余計に機嫌を悪くさせそうだし、おそるおそる白状することにした。
「い、いま、その、手を触れていらっしゃったので……、だって、直接目を触ったら、痛いのではと。見てるだけで痛そうで、こう、ヒェッとなりまして……」
あんまり触れられたくないだろう身体的なところに言及するのは、大変気が引けてしまう。でも、気持ち悪いと勘違いされるのよりはマシかなって思ったのだけど、案外、露骨に事情を聞く方がもっとダメかも……。
え、その場合、どうしたら良かったの、私。
不安がぐるぐるまわる。
けれど、聞こえてきたのは先ほどとは打って変わって、険のとれた力の抜けた声だった。
「……いや、痛くはない」
「そ、そうですか! よかった! その、傷がむき出しっぽい感じだったので、それだけでもヒリヒリしそうですし! 目は瞼もなさそうだったので、乾燥して痛そうだし、そこに触れて張り付いたら、剥がす時も痛くなりそうだし! もう、見てるだけで痛そうで……! 違うのならよかったです!!」
目元を覆った瞬間から、気になって気になって仕方がなかったの。
彼の怒ってない様子にホッとして、心の中に渦巻いていた心配が、つい口から溢れてしまった。
けど、言うだけ言ってしまってから、ハッと我に返る。
しまった! 余計なことまで言っちゃった!
いくらなんでもこの顔を見て「よかったです」はないでしょうに!
再び口をふさぐように手を当てる。
「……も、申し訳ありません、余計な、ことを……」
顔の異形に対する感想とか、どんな内容でも、絶対言及されたくないやつよね。
なんてったって通称化け物伯。散々不快な反応され尽くされてる人だ。何が地雷かわからない。
何がセーフかは、その人の考え次第のロシアンルーレットだ。
言及だめ、絶対。
涙目になる。
そもそも気にしてるとこをそんなふうに同情されて、気分がいいわけがない。
どうしましょう……。本当に申し訳ない……。
「……こわくないのか?」
「……え?」
怒ってはいない様子にぽかんとする。セーフだったらしい。
よかったぁぁぁ!
辺境伯さまは少し驚いたような顔をしているだけだから、つい安心してしまった。そして更に軽くなる私の口。
「え、こわいですわ。そんなに剥き出しだと、うっかり触ったら、痛そうで、とても怖いです。それ、覆ってなくて大丈夫なんですか? もしかして仮面に保護機能とかあったんじゃないですか? いえでも、なんか張り付けたら張り付けたで剥がす時痛そうですわね……! え、大丈夫なのですか?!」
……大丈夫なのですかと問いたいのは私の頭の方だわ……。
本音がこぼれている。喋ってる口が止まらない。
途中でまた喋りすぎてるかもと頭をよぎったけれど、辺境伯さまと目がガッチリ合ってしまったのが不運だった。それで動揺して目を逸らしづらいし、頭が真っ白で本音が止まらない……!
やめて! 考える隙を与えて! もうちょっと配慮できる精神状態の時に喋らせてほしいの! 取り繕いたい!
黙りたいのに、ちゃんと答えなきゃと思ったせいで、どこを黙ったらいいのか判断がつかず、とりあえず思ったままが口から出てしまい、大惨事が起こっている気がする。たぶん気のせいじゃない。
「気持ち悪いだろう?」
「いえいえいえ! 内臓を直視したみたいな気持ち悪さが多少はありますが、それより痛そうとかわいそうのほうが断然強いのでそれどころじゃないっていうか……!」
それどころじゃないのは、私の口のゆるさですわね。
やばいですわ、止まらないのですわ。
だまりたいのに、聞かれたら、何か答えないとって気持ちに負けてしまう。
この答えはよくないのはわかるけど、どこがどうよくないのか、混乱してよくわからない。頭の中が、真っ白!
「ごまかそうとするな。ずっとここを見ているではないか。醜いのだろう。どうせ嘲笑っているのだろう」
「ま、待ってください! それは、見慣れないものが顔に付いてたら目がいってしまうのは仕方がないっていうか……! 醜いとかじゃなくて、顔に傷があったら目がいきますし、たとえば顔に傷がなくてもファッションで眼帯してたりしててもいろんな意味で二度見してしまいますし! 元婚約者のやってた眼帯は見ていて痛々しくて見れたものではありませんでしたが、あの時元婚約者に感じた「知り合いと思われたくない」というほどの嫌悪感は、辺境伯さまには全く感じないですし! 衝撃的には……、あ、そうだ! イケメンが鼻に詰め物してそれがビローンって出てるのに、何事もなく普通に生活してるのを見たらつい凝視してしまうのと同じぐらい衝撃かもしれません! その程度です! でも、決して、醜いだとかではなくって……!」
「……鼻の詰め物と、同等……」
「あ、いえ、あくまで衝撃の度合いで、決して同じ感情を抱くというわけではなくてですね!」
自分で言っていて何を言っているのかよくわからなくなっているけれど、とにかく、取り繕わなければと必死で言葉を重ね続けている。
それに比例して、墓穴が、だんだんと広く深くなってる気がするのは気のせいじゃない気がする。けれど、止めどころが分からない。どうしましょう。
とりあえず、その掘り進めた墓穴に入って埋まりたい! お願い! その冷たい目で私を見ないで! 誰か! 私に土を! 土をかぶせて! いっそ墓穴に埋めてぇ!!
喋りながら、頭の片隅でやばいのを自覚していて涙目になる。
「お前は、こんな顔の男が夫になって、嫌ではないのか」
だから更なる追撃はやめて!
でも、もう、黙るという選択肢をチョイスできるほど思考は働いてなくて、やばいという気持ちのまま本音が垂れ流されてゆく。
「お顔のその状態については、その、嫌とかどうとかよりも、とにかく触れてしまえる状態のほうが怖いです! その、醜いとかじゃなくってですね、私には、病気とか剥き出しの傷とかのように見えるので、とても痛そうに見えるのです。辺境伯さまは大丈夫そうにしていらっしゃいますが、どこまでが問題で、どこからが大丈夫かを明確にしていただきたいといいますか……! そこがはっきりすれば特に問題はありません!」
「……気持ち悪いだろう。どう言い訳を重ねても触りたくないくらい気持ち悪いということなのだろう。……この顔は普通ではないのだから」
そう言われて一瞬考える。
うーん。どうかしら。
「それは、見慣れたら、慣れると思いますので、私としてはそこも問題ないと思いますわ」
たぶん。
「……気持ち悪いのも普通ではないことも、お前は否定しないのだな……」
辺境伯さまの低い声が、ひどくしょんぼりして聞こえる。
しまった! そこは否定するところでしたの?!
いえでも、否定したところで、そんなの絶対嘘じゃないですかーーー!!
そんなトラップ仕掛けないで!
逃げ道なさすぎて、私は黙り込んだまま冷や汗がダラダラ出るのをこらえた。
「いえ、あの、でも、その、強い拒否反応みたいなのは、特にないといいますか……」
ぜんっぜんフォローになってないですわね!!
言ってから自分の言葉の内容に絶望する。
辺境伯さまの顔が、すこし、悲しそうに歪んだ気がした。
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