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3 旅立ち2
しおりを挟む「花嫁にすると、魔王が言ったのね」
月を見ながら、フリーシャは再度乳母に確認をした。
「はい」
「それは確かなのね。間違いないわね」
「私はそう伺いました」
乳母の言葉を受けて、フリーシャは目を閉じた。
空に浮かんでいるのは、細い細い月。目を閉じれば、その光はまぶたを超えては届かないほどに、弱い。
フリーシャは、それが何を意味するかを知っている。
月は、まだ空にある。
フリーシャは覚悟を決めた。
「そう。ならば、猶予は二日あるわね」
月をにらみつけて、フリーシャは自分の発した言葉を確認しながら、ゆっくりと呟いた。
覚悟なんて、決めるまでもない。マーシアがさらわれたのであれば、フリーシャのすることはただひとつなのだから。
「……姫様。何を考えておいでですか?」
乳母の声が厳しくなった。
「もちろん、助けに行くのよ」
なんの躊躇いもない笑顔がそこにあった。
当然とばかりのフリーシャの言葉に、乳母が悲鳴を上げた。軽く言ってのけたフリーシャの言葉は、あまりにも無謀すぎた。誰がどう考えても危険すぎた。
「何をおっしゃっているのです……!! マーシア様は、殺されるわけではありません、陛下も手を打つはずです、早まってはいけません……!!」
叱りつけるようなその言葉に、フリーシャも負けじと叫んだ。
「冗談じゃないわ。そんなのを待っていたら、姉様は氷の花嫁になってしまう! そんな姉様を取り戻しても、それはもう姉様じゃない。花嫁になってからでは遅いの……!! 二日以内に助けないと意味がないのよ!」
悲鳴のような叫びだった。
フリーシャの思いがけない剣幕に、乳母はわずかに身を引く。そして躊躇いがちに問いかけた。
「氷の花嫁、ですか?」
「そうよ。魔王と契りの接吻をすれば、人間は身も心も魔物のように冷たくなってしまうの。魔王の婚礼は最も闇が濃くなる新月の夜。明後日の日が落ちるまでに助けないといけないの」
そういって、フリーシャは再び窓の外を月に、チラリと目を向ける。
「今すぐ行かないと意味がない。お父様は当てにならない。国なんてすぐには動けないわ。法術士が魔王を相手にする準備をするなら二、三日はかかるだろうし、どっかの公爵家と宰相辺りが難癖をつけて、下手したら何日も先になるかもしれない。魔術師とか法術士なんて魔王に立ち向かうなんて言うと下手したらあきらめろとか言いかねないし」
フリーシャの指摘に、乳母は言葉を返せなかった。何日も先どころか、一月でいけたら上出来、と言ったところだろう。
乳母が理解出来たことに満足して、フリーシャはニヤリと笑ってみせる。そして、ことさら軽く言ってのけた。
「だったら、私が行くしかないじゃない?」
「ですから、なぜ、姫様が!」
乳母の悲鳴を上げながら諫める姿に胸が痛まないわけではない。心配してくれているのが、わからないわけじゃない。けれど、他に最善の道はないのだ。
何より、フリーシャは現状を言葉にしていくことで、自分の決意が固まっていくのを感じていた。
「ねぇ、ばあや。私ずっと考えていたの。どうして私はこんなに強大な魔力を突然授けられたのか、って。ようやく意味が分かったわ。きっと姉様を助けるために、この時のために神様が下さったんだわ」
フリーシャは晴れ晴れと笑った。
フリーシャには力がある。目の前の乳母以外、この城の誰も知らない力だ。
この世に魔力を持って生まれる人間はほんの一握り。その中にあって、フリーシャが体に秘めた魔力は、強大と言えた。
自らの体の中の魔力の流れを今改めて意識する。新月に向かい、その力は増して行く。
姉様を迎えに行くのに、あつらえたみたいじゃない。
そう自分を鼓舞した。
ずっと隠していた力だ。人に秘めたまま、一生まともに使うことのないまま終わるかもしれなかった力だ。人に知られるわけにはいかないと、ずっと思っていた。けれど大切な人のために役立てられるのなら、解放することに迷いはない。
「姫様! 私は許しません」
乳母が叫んだ。
フリーシャは泣きそうになるのを堪えて、笑った。
叱りつけてくるその声は厳しいのに、その表情はまるですがりついているかのようだ。フリーシャを心から案じているのだとわかる。守ろうとしてくれているのだとわかる。
乳母もまたフリーシャが心から信頼できる存在だ。
彼女に心配をかけることは、心苦しい。
でも、それに頷くことは、できないのだ。
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