4 / 62
4 旅立ち3
しおりを挟むごめんなさい。
心の中で謝る。けれど、譲るつもりはなかった。
「ばあや。この城の中で、あなたと姉様だけが私の味方だわ。私は、あなたと姉様のためなら、なんだってするわ」
「でしたら、私のために、おやめ下さい!」
叱りつけるように詰め寄る乳母に、フリーシャは苦笑いする。
痛いところを突かれた。
でも、それとこれとは別なのだ。
「いやよ。姉様が消えちゃうなんて、絶対に耐えられない。やめないわよ、もちろん」
「姫様」
厳しい声と、それに反して揺らぐ乳母の縋る視線に、どう説得したら良い物かとフリーシャは必死に考えた。
悲しませたいわけではないのだ。心配させたいわけでも。
「ばあやは、私が元気に帰ってくるのなら良いでしょう?」
「無事に帰る保証がどこにありますか」
説得に、あまり時間をかける余裕はない。フリーシャは逡巡した末に、これだ、と提案する。
「とりあえず師匠に相談するから。それなら良いでしょう?」
その言葉に今度は乳母が考え込むように口をつぐみ、そして、探るようにフリーシャを見た。
「本当ですね? アトール様に、本当に相談されるのですね?」
「ええ。約束するわ。私も独断で行動するには、少し心許ないから」
フリーシャは乳母とまっすぐに目を合わせる。ややあって、乳母は小さくため息をついた。
「わかりました。それならば、お止めする役はアトール様にお任せいたします。姫様。私は、絶対に、反対ですからね」
うまくいった。
思ったより、簡単に譲ってもらえたことにほっとする。けれど、それは表に出さないでおいた。
乳母は本当によくフリーシャの性格を心得ている。フリーシャが全くあきらめる気はないことを分かっているのだろう。
しかし、フリーシャもまた知っている。アトールが真っ当な大人として、乳母から信頼を得ていることを。
しかし乳母にとって、アトールに判断を任せたことは誤算となるだろう。
フリーシャは、内心喝采を揚げていた。
実は一番の難関は乳母だったのだ。フリーシャが師匠と慕うアトールは、乳母の前では体裁を整えていたが、かなり砕けた人だ。勝算さえあれば、快く送り出してくれるだろう。
フリーシャは、早速出かける準備に取りかかった。
乳母がまだ引き留めようとしてくるが、判断はアトールに託されたのだ。強くは出てこようとしなかった。乳母の複雑な表情を見ないようにしながら、荷物を背負う。
「私がいない間だけど、お姉様が拐かされて、寝込んだことにしておくわね」
ベッドに布団を丸めて突っ込むと幻術をかけて、自分が寝込んでいる幻影を作り出す。そして、身軽な服に着替えると、乳母を見た。
最後まで準備を手伝おうとしなかったのが、彼女の抵抗か。
「ばあや、行ってくるわ。必ず姉様を助けてくるから」
安心させるように笑ったフリーシャに、乳母が強くその手を握った。
「姫様。私は、絶対に、絶対に、許しませんよ。……ですから、必ず無事に、必ず、戻っていらして下さい」
祈るような声だった。フリーシャはきゅっと口元を引き締めた。
辛くて、けれど、うれしかった。
「もちろんだわ。……いってきます」
乳母に力強くうなずいてみせると、フリーシャは窓を開け、ひらりと宙に体を浮かせた。
ひとまず町に向かう。
自分の力を知るもう一人の人、魔術の使い方を教えてくれたアトールの元へ。
0
あなたにおすすめの小説
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる