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35 不安2
しおりを挟む「……分からない」
その言葉に、白竜がとがめるように叫んだ。
『冗談ではない! そなたを魔王の花嫁にして逃げ帰って、どうアトールに顔向けが出来ると思っているのだ。アトールが、どれほどそなたをかわいがっているのか分かっているのか? この私をそなたの護衛につけたのだぞ? マージナルの皇太子を、第一王位継承者を、だ! それに、そなたの姉君にフリーシャを見捨てたと恨まれるのもごめん被る。私はそなたを見捨てる気はない』
きっぱり言い切った白竜に、フリーシャは胸が締め付けられるほどうれしくなる。
「ありがとう、白竜の王子。私も、あきらめたわけではないの。あきらめないけれど、もしもの時は、その時出来る最善を選ばなければ。大変な状況の中でこそ、その判断の速さが道を大きく分ける事もあるから。それに、元々、私があそこにいるはずだったの。だとすれば、姉様を守る事が最優先されてしかるべきなの」
『だが!』
「それに私だって、あなたに何かがあったら師匠に顔向けが出来ないわ。何があっても、あなたは帰らないと」
白竜の怒気を笑って躱そうとしたフリーシャに、白竜は更に苛立った様子で言った。
『私のことは私が決める。そんな理由でそなたを見捨てる気はない』
「大丈夫。師匠が言っていたわ。魔王は道理は通らなくても、話は分かるって。私が、真実、魔王の花嫁なら、きっと耳も傾けてくれるわよ。それに……もしかしたら、師匠は知っていたのかも。私は大丈夫って言ってたから。間に合いさえすればいいって。何か、根拠があるんじゃないかって思っていたんだけど……もし、私が魔王の花嫁だって気付いていたのなら、一度師匠には文句を言ってやらないとね」
フリーシャは笑ったが、そんな楽観的な軽口に、白竜の王子は流されてやる気はなかったようだ。
『真実、魔王の花嫁なら、尚のことそなたを手放さないのではないか?』
フリーシャは一瞬言葉に詰まる。
「……だとしても、それは、姉様を助けてから考える事だわ。今の最善は、あの魔物と共に行く事。そうではない?」
『黒騎士はどうする。待つのではなかったのか?』
白竜は、状況によっては諦めることも視野に入れようとしているフリーシャに感づいているのか、話を終わらせようとする彼女に食い下がってくる。
そして、フリーシャは、最も痛いところを突かれてしまった。
「……そうね。黒騎士を待ちたかったけど。……けれど、もし黒騎士が、真実、私の思うとおりの人ならば、それこそいざというときは来てくれるはずだわ。彼が迎えに来る確信があるもの。だから、きっと大丈夫」
フリーシャから、力のない希望の言葉がこぼれ落ちていく。
白竜がやりきれない様子で口を閉ざした。フリーシャの決意と覚悟、そして現時点では如何ともしがたいもどかしさ、それらを感じたのか、これ以上言いつのる事は出来ないようだった。
「白竜の王子。心配してくれてありがとう。私は黒騎士の事だってあきらめるつもりはないわ。いつだって、希望を捨てたら終わりだもの。希望を持って前を見ないと、得られるものさえ気付かずに逃してしまうもの。だから、本当にあきらめるつもりはないの。ただ、今の最優先を考えた時、その道が心許なく見えるだけ。その時になれば、その時だからこそ見える道だって有る物だわ。その時に、あなたの力が必要なの。だから、私が安心してがんばれるよう、姉様を守って」
わずかな沈黙が訪れる。ややあって、白竜が口を開いた。
『そなたが、そこまで言うのなら、私はこれ以上何も言うまい。ただし、これだけは覚えておけ。私はそなたを見捨てるつもりはないぞ』
白竜が言った。少し苛立ったように、吐き捨てるように。
白竜もまた、やりきれない無力感を覚えていたのかも知れない。
けれどそれは拗ねているようにも見えて、フリーシャはくすりと笑いをこぼす。そして、自分のためにここまで怒ってくれる白竜に、フリーシャは心から感謝した。
「じゃあ、私もひとつ、覚えといてもらおうかしら。……白竜の王子、最善を選んでね。その時に出来る最善を。あなたは優しいから、全てを選ぼうとして、全てを失いそうで心配だわ」
『余計なお世話だ!』
白竜が叫んだ。
『だいたい、そなたに、優しいなどと言われたくはない!』
白竜はそのまま黙り、むっとした様子で飛んでいる。
自分より十才近く年上なのに、照れて拗ねている白竜に、フリーシャの心が和んだ。
いい人に出会えたなぁ。
フリーシャの口元がゆるんだ。不安にさいなまれ、自己嫌悪に全て投げやりになりそうになっている中、心が安らいだように思えた。
白竜の王子に会えて、本当に良かった。
彼の存在に、どれだけ救われているか分からない。もし一人だったら、前に進めなくなっていたかもしれない。
絶対、兄様になってもらわなきゃね。白竜の王子、あなたには、色々とがんばってもらうんだから。
そう思うと、未来に希望が見える気がした。
投げやりになってあきらめたりなんかしない。そう、絶対にあきらめない。
フリーシャは進む先を見つめる。
魔王の棲まう山は、まだ遠くに霞んでいた。
真上にあった太陽も、少しずつ傾いてきている。
時間は、刻一刻と過ぎていっていた。
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