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二章 総統閣下の探し人
5 「ハイ…スミマセン…ソノトオリデス…」
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***
食事の後、連れて行かれたのはハイブランドの服を扱うショップだった。
貸し切りにされた店内には、急遽集められたのか俺向けと阿僧祇向けの両方が並べられている。
人払いしているのか見える範囲に店員はいない。
広い店内には靴や下着、アクセサリーに鞄などの各種アイテムも取り揃えられていた。
「好きなものを選べ」
「俺、今の服のままでいいんだけど……」
「仮にも悪の総統だった者が安い服を着るな」
レインは近所のスーパーで3枚1000円で買った、俺にはブカブカ阿僧祇にはパツパツのTシャツを親の仇のような目で睨みつけた。親は俺なんだからいいじゃん……。
しかし高い服は嫌いではない。むしろ好きだ。
着心地も肌触りも全然違う。
「じゃあ、ありがたく」
「なぜ下着に一目散に……まさか」
「あっ。こら、やめ……ああ俺のズボン……」
「……なんだこの下着は……」
いの一番に下着が並べられたコーナーへ向かおうとしたら、何かに勘付いたらしいレインに腕を掴んで引き止められた。
止める間もなくズボンが両断され、ボロボロのパンツが晒される。
もはやボロ切れと言って過言ではない、かろうじて局部を隠している程度の破れほつれだらけのパンツだ。
愕然とした顔で見下ろすレインから手で隠してしゃがみこむ。家族相手でも局部を見つめられるのはさすがに恥ずかしい。
「やめてくれよ、人いないって言っても店内なのに」
「そういう問題ではない。あなたという人は……大方『見えないからいいや』と後回しにしたのだろう」
「俺のことよくわかってるじゃん……」
「――あなたと、いう人は」
(ああ、あれがくるな……)
美しい顔に青筋を浮かべ息を吸ったレインの前に、俺はしずしずと正座した。
隣にいつの間にか来ていた阿僧祇も並んで正座している。
「刹那――人には与える癖して自分を後回しにする悪癖を改めろと何度言えばわかる。近くにいるあなたがみすぼらしければ関わる者も侮られるといつも言っているだろう。見えないからいい? それは見えないように気を使う者が言う台詞だ。あなたは公衆トイレでも銭湯でも平気で入っていくだろうが。他人は見られたくないところほど見ているものだから隅々まで気をつけろと言う割にあなた自身がそんな様子だから説得力が――」
「ハイ……スミマセン……ソノトオリデス……」
こんこんと立板に水のように続く説教。
正論すぎて何も言えず頷くことしかできない。
レインが幼かった頃は『悪の組織』も俺も貧乏だったから、育ち盛り伸び盛りのレインに優先して金を使っていた。
そしたらみすぼらしい総統だと構成員に陰口を叩かれたことがあったのだ。
それを聞いたレインは激怒し、俺自身にも金を使わせるようになった。
自分にも人相手と同じくらい金を使うと約束させられ、破ると――説教地獄が待っている。
「い、いや、でも金はほら、俺の好きな紅茶につぎ込んでるし……」
「あなたは金が無い時は自分一人なら粗悪な茶を飲むだろう。屋上で初めて再会した時の顔忘れていないからな。先日の高級茶葉は俺のために買ったもののはずだ」
「うぅ……でも俺も飲んだし……」
「第13代悪の総統とあろう者が人のおこぼれを贅沢と見做すな。俺の幼少期、同じことをやったら叱りつけてきたのはあなたのはずだが?」
「ハイ……スミマセン……ソノトオリデス……」
ちょっと言い返してもあっさり論破された。俺はひたすら肩を縮こめて壊れたラジオみたいに謝罪を繰り返すしかない。
一応反省はしているのだが、レインを拾うまでは俺はまあまあみすぼらしいただの男だったのだ。
他からみすぼらしいと言われても今更、特に気にもならない。
「……レインも成人したことだし、もう俺がどんな奴でも良くないか?」
「刹那……」
「あ、やべ。き、聞こえてた……?」
小声でぽつりと文句を零せば、レインの耳にも届いてしまったらしい。
ビキビキビキ、と整った顔に次々と青筋が浮かぶ。それにしても怒っていてもレインは綺麗だ。
だが美人が怒ったその顔は、雷親父よりよほど恐ろしい。
――説教はそれから1時間ほど続き、俺と阿僧祇の足は立ち上がれないほど痺れたのだった。
***
足が痺れた俺たちの代わりに結局レインが2人分、車に乗り切らないほどの服や小物を選び、今持っている物は全て処分すると約束させられた。
3枚1000円のTシャツが1枚3万円越えにグレードアップだ。
もちろんパンツも買われた。
20枚くらい買われた。
「養い子にパンツを選ばれるの、地味に恥ずかしい……」
「これに懲りたらもう二度とあんなもの履くなよ」
「ハイ……」
ベンツの後部座席で阿僧祇と並びレインと向かい合う。
上から下まで全てぴかぴかの新品に着替えさせられた俺たちを見てレインはご満悦だ。
(甘やかされてるなあ……)
俺のバーコードを隠すバンダナやリストバンドには何も言わず、ただ新しいものを買い与えてくれた。
何も聞かない、というのが一番甘やかされていると思う。
しばらく雑談していたが、揺れのほとんど無い車の中、知らず知らずのうちに気が抜けた俺はうとうとしていた。
そして、目を覚ました時。
「――ふぇ?」
外から鍵がかけられた部屋の、めちゃくちゃ広いベッドに寝かされていたのだった。
食事の後、連れて行かれたのはハイブランドの服を扱うショップだった。
貸し切りにされた店内には、急遽集められたのか俺向けと阿僧祇向けの両方が並べられている。
人払いしているのか見える範囲に店員はいない。
広い店内には靴や下着、アクセサリーに鞄などの各種アイテムも取り揃えられていた。
「好きなものを選べ」
「俺、今の服のままでいいんだけど……」
「仮にも悪の総統だった者が安い服を着るな」
レインは近所のスーパーで3枚1000円で買った、俺にはブカブカ阿僧祇にはパツパツのTシャツを親の仇のような目で睨みつけた。親は俺なんだからいいじゃん……。
しかし高い服は嫌いではない。むしろ好きだ。
着心地も肌触りも全然違う。
「じゃあ、ありがたく」
「なぜ下着に一目散に……まさか」
「あっ。こら、やめ……ああ俺のズボン……」
「……なんだこの下着は……」
いの一番に下着が並べられたコーナーへ向かおうとしたら、何かに勘付いたらしいレインに腕を掴んで引き止められた。
止める間もなくズボンが両断され、ボロボロのパンツが晒される。
もはやボロ切れと言って過言ではない、かろうじて局部を隠している程度の破れほつれだらけのパンツだ。
愕然とした顔で見下ろすレインから手で隠してしゃがみこむ。家族相手でも局部を見つめられるのはさすがに恥ずかしい。
「やめてくれよ、人いないって言っても店内なのに」
「そういう問題ではない。あなたという人は……大方『見えないからいいや』と後回しにしたのだろう」
「俺のことよくわかってるじゃん……」
「――あなたと、いう人は」
(ああ、あれがくるな……)
美しい顔に青筋を浮かべ息を吸ったレインの前に、俺はしずしずと正座した。
隣にいつの間にか来ていた阿僧祇も並んで正座している。
「刹那――人には与える癖して自分を後回しにする悪癖を改めろと何度言えばわかる。近くにいるあなたがみすぼらしければ関わる者も侮られるといつも言っているだろう。見えないからいい? それは見えないように気を使う者が言う台詞だ。あなたは公衆トイレでも銭湯でも平気で入っていくだろうが。他人は見られたくないところほど見ているものだから隅々まで気をつけろと言う割にあなた自身がそんな様子だから説得力が――」
「ハイ……スミマセン……ソノトオリデス……」
こんこんと立板に水のように続く説教。
正論すぎて何も言えず頷くことしかできない。
レインが幼かった頃は『悪の組織』も俺も貧乏だったから、育ち盛り伸び盛りのレインに優先して金を使っていた。
そしたらみすぼらしい総統だと構成員に陰口を叩かれたことがあったのだ。
それを聞いたレインは激怒し、俺自身にも金を使わせるようになった。
自分にも人相手と同じくらい金を使うと約束させられ、破ると――説教地獄が待っている。
「い、いや、でも金はほら、俺の好きな紅茶につぎ込んでるし……」
「あなたは金が無い時は自分一人なら粗悪な茶を飲むだろう。屋上で初めて再会した時の顔忘れていないからな。先日の高級茶葉は俺のために買ったもののはずだ」
「うぅ……でも俺も飲んだし……」
「第13代悪の総統とあろう者が人のおこぼれを贅沢と見做すな。俺の幼少期、同じことをやったら叱りつけてきたのはあなたのはずだが?」
「ハイ……スミマセン……ソノトオリデス……」
ちょっと言い返してもあっさり論破された。俺はひたすら肩を縮こめて壊れたラジオみたいに謝罪を繰り返すしかない。
一応反省はしているのだが、レインを拾うまでは俺はまあまあみすぼらしいただの男だったのだ。
他からみすぼらしいと言われても今更、特に気にもならない。
「……レインも成人したことだし、もう俺がどんな奴でも良くないか?」
「刹那……」
「あ、やべ。き、聞こえてた……?」
小声でぽつりと文句を零せば、レインの耳にも届いてしまったらしい。
ビキビキビキ、と整った顔に次々と青筋が浮かぶ。それにしても怒っていてもレインは綺麗だ。
だが美人が怒ったその顔は、雷親父よりよほど恐ろしい。
――説教はそれから1時間ほど続き、俺と阿僧祇の足は立ち上がれないほど痺れたのだった。
***
足が痺れた俺たちの代わりに結局レインが2人分、車に乗り切らないほどの服や小物を選び、今持っている物は全て処分すると約束させられた。
3枚1000円のTシャツが1枚3万円越えにグレードアップだ。
もちろんパンツも買われた。
20枚くらい買われた。
「養い子にパンツを選ばれるの、地味に恥ずかしい……」
「これに懲りたらもう二度とあんなもの履くなよ」
「ハイ……」
ベンツの後部座席で阿僧祇と並びレインと向かい合う。
上から下まで全てぴかぴかの新品に着替えさせられた俺たちを見てレインはご満悦だ。
(甘やかされてるなあ……)
俺のバーコードを隠すバンダナやリストバンドには何も言わず、ただ新しいものを買い与えてくれた。
何も聞かない、というのが一番甘やかされていると思う。
しばらく雑談していたが、揺れのほとんど無い車の中、知らず知らずのうちに気が抜けた俺はうとうとしていた。
そして、目を覚ました時。
「――ふぇ?」
外から鍵がかけられた部屋の、めちゃくちゃ広いベッドに寝かされていたのだった。
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