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016 二年前に止まった時を
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「ごめんなさい。私はっ――」
開口一番、ベルティーナは謝罪の言葉を口にし、言葉を詰まらせ涙を流した。
婚約を申し込んで謝られると言うことは、拒絶されたということだ。ベルティーナは何か言いかけているが、その先の言葉を聞くのが怖かった。
はっきりと存在を否定されるのが嫌で、俺はベルティーナよりも先に言葉を発することを選んだ。
「二番手の男なんか必要ないんだな。君に勝つことも出来ないような男との婚約は、迷惑だったのだな」
「違うわっ。ヨハンはっ……」
顔を上げたベルティーナは俺と目が合うとポロポロと大粒の涙を溢れさせ、口をつぐんだ。
俺はベルティーナにとって何だったのだろう。
言葉が出てこないということは、何でもなかったとのことなのだろうか。
頭の中が真っ黒に塗り潰されていく。
婚約を申し込む前に抱いていた自信は欠片も残っていなかった。
「ベルティーナ。俺はずっと前から君に好意を寄せていた。あんなに近くにいたのに、君の気持ちを確認せず婚約を申し込んですまなかった」
「ごめんなさい。――わ、私より、カーティアの方が……」
彼女は嗚咽を漏らしながら、妹の名を口にした。
庭での言葉が呼び起こされ、虚しさが込み上げてくる。
「すまない。誰に何と言われようと、君の妹とは婚約できない。辛い思いをさせてすまなかった。失礼するよ」
俺は泣き続けるベルティーナになす術もなくソファーから立ち上がり、彼女に背を向けた。
ドアノブに手をかけ、俺は彼女の心にこれっぽっちも存在しなかったのか、他に好きな人がいるのか、結局なにも不確かなままだと気付いた。
だが、それを明確にする勇気は俺にはなかった。心が壊れてしまいそうだったから。
だけど――。
「もしも、ベルティーナの心が変わることがあったら、迎えに来てもよいだろうか?」
ベルティーナは一瞬だけハッと動きを止め、身体を震わせたまま声を殺してまた泣き始めた。
これ以上追い詰めて、俺は何がしたいのか。
自己満足を押し付けただけだと感じた。
「すまない。こんなことを言われたら気持ち悪いよな。忘れてくれ。学園での時間も。俺と過ごした全ての時を」
何て糞みたいなことを言ってベルティーナと離れて屋敷に戻ると、父がロジエ伯爵を追い返したことろだった。
ロジエ伯爵は終止頭の可笑しな事しか述べなかったそうだ。ベルティーナは気立てのよい娘だから、カーティアが婚約してからでないと嫁に行けないと言っているだとか。ベルティーナは妹弟のことを一番大切に思っているから、蔑ろにするような相手とは婚約できないだとか。
でも俺が急にいなくなってカーティアが泣いて戻って来たので、ロジエ伯爵からこの話は無かったことにすると突っぱねてきたらしい。
その振る舞いに静かにキレていた父は、あんなに可愛がっていたアルドとも、暫し距離を置くとまで言った。それについては、ベルティーナに良く似たアルドを俺から遠ざけたかったからだったと後から知ったけれど。
そしてシエラが学園に通い始め、またアルドと再会したことで、俺はロジエ家の内情を知ることとなった。
ロジエ伯爵についてよくよく考えてみると、やはり、それ相応の対価無しではベルティーナは譲れない。ということだったのだろう。ついでに、妹の方が気に入られれば、それはそれで良しとしていたのだ。
だから今回は、妹ですら嫁にやりたくないであろう父の後妻という縁談を装い、ベルティーナを呼び寄せ、そして妹弟の縁談についても契約に盛り込んだからか、やっとあの狸親父からサインを得ることが出来た。
さて、俺が味わった無駄な屈辱をロジエ伯爵へどうお返しするか。
と、その前に、ベルティーナに謝らなくては。
あんな両親の前でも常に落ち着いていたベルティーナ。今までどんな扱いを受けてきたのかも心配になるほどだ。
しかし、ベルティーナの顔を思い浮かべると、また自信が無くなってきた。この計画を考えた時はあんなに自信に満ちていたのに。
やはり、父は正しかったのかもしれない。
「一日だなんて、雑すぎるよな」
時間をかけて誤解を解いて、二年前に止まった二人の時間を取り戻すのだ。
俺は気合いを入れ直して隣のベルティーナの部屋へ向かった。
「ん? 何だこれは?」
扉のノブには「お色直し中。御用の際はノックしてね」と書かれた札が掛けられていた。
マールの仕業だな。シエラとふざけてよく変な遊びをしている。取り敢えずノックしてみると、扉は直ぐに開かれた。
「あっ。お待ちしておりましたよ。ヨハン様!」
満面の笑みで出迎えるマールの後方には、赤茶色の髪をアップにまとめ、落ち着いたえんじ色のワンピースを着たベルティーナの姿があった。
二年前と変わらぬ品のある立ち姿。
マールよ。いい仕事をし過ぎだ。
余計に、緊張するじゃないか。
開口一番、ベルティーナは謝罪の言葉を口にし、言葉を詰まらせ涙を流した。
婚約を申し込んで謝られると言うことは、拒絶されたということだ。ベルティーナは何か言いかけているが、その先の言葉を聞くのが怖かった。
はっきりと存在を否定されるのが嫌で、俺はベルティーナよりも先に言葉を発することを選んだ。
「二番手の男なんか必要ないんだな。君に勝つことも出来ないような男との婚約は、迷惑だったのだな」
「違うわっ。ヨハンはっ……」
顔を上げたベルティーナは俺と目が合うとポロポロと大粒の涙を溢れさせ、口をつぐんだ。
俺はベルティーナにとって何だったのだろう。
言葉が出てこないということは、何でもなかったとのことなのだろうか。
頭の中が真っ黒に塗り潰されていく。
婚約を申し込む前に抱いていた自信は欠片も残っていなかった。
「ベルティーナ。俺はずっと前から君に好意を寄せていた。あんなに近くにいたのに、君の気持ちを確認せず婚約を申し込んですまなかった」
「ごめんなさい。――わ、私より、カーティアの方が……」
彼女は嗚咽を漏らしながら、妹の名を口にした。
庭での言葉が呼び起こされ、虚しさが込み上げてくる。
「すまない。誰に何と言われようと、君の妹とは婚約できない。辛い思いをさせてすまなかった。失礼するよ」
俺は泣き続けるベルティーナになす術もなくソファーから立ち上がり、彼女に背を向けた。
ドアノブに手をかけ、俺は彼女の心にこれっぽっちも存在しなかったのか、他に好きな人がいるのか、結局なにも不確かなままだと気付いた。
だが、それを明確にする勇気は俺にはなかった。心が壊れてしまいそうだったから。
だけど――。
「もしも、ベルティーナの心が変わることがあったら、迎えに来てもよいだろうか?」
ベルティーナは一瞬だけハッと動きを止め、身体を震わせたまま声を殺してまた泣き始めた。
これ以上追い詰めて、俺は何がしたいのか。
自己満足を押し付けただけだと感じた。
「すまない。こんなことを言われたら気持ち悪いよな。忘れてくれ。学園での時間も。俺と過ごした全ての時を」
何て糞みたいなことを言ってベルティーナと離れて屋敷に戻ると、父がロジエ伯爵を追い返したことろだった。
ロジエ伯爵は終止頭の可笑しな事しか述べなかったそうだ。ベルティーナは気立てのよい娘だから、カーティアが婚約してからでないと嫁に行けないと言っているだとか。ベルティーナは妹弟のことを一番大切に思っているから、蔑ろにするような相手とは婚約できないだとか。
でも俺が急にいなくなってカーティアが泣いて戻って来たので、ロジエ伯爵からこの話は無かったことにすると突っぱねてきたらしい。
その振る舞いに静かにキレていた父は、あんなに可愛がっていたアルドとも、暫し距離を置くとまで言った。それについては、ベルティーナに良く似たアルドを俺から遠ざけたかったからだったと後から知ったけれど。
そしてシエラが学園に通い始め、またアルドと再会したことで、俺はロジエ家の内情を知ることとなった。
ロジエ伯爵についてよくよく考えてみると、やはり、それ相応の対価無しではベルティーナは譲れない。ということだったのだろう。ついでに、妹の方が気に入られれば、それはそれで良しとしていたのだ。
だから今回は、妹ですら嫁にやりたくないであろう父の後妻という縁談を装い、ベルティーナを呼び寄せ、そして妹弟の縁談についても契約に盛り込んだからか、やっとあの狸親父からサインを得ることが出来た。
さて、俺が味わった無駄な屈辱をロジエ伯爵へどうお返しするか。
と、その前に、ベルティーナに謝らなくては。
あんな両親の前でも常に落ち着いていたベルティーナ。今までどんな扱いを受けてきたのかも心配になるほどだ。
しかし、ベルティーナの顔を思い浮かべると、また自信が無くなってきた。この計画を考えた時はあんなに自信に満ちていたのに。
やはり、父は正しかったのかもしれない。
「一日だなんて、雑すぎるよな」
時間をかけて誤解を解いて、二年前に止まった二人の時間を取り戻すのだ。
俺は気合いを入れ直して隣のベルティーナの部屋へ向かった。
「ん? 何だこれは?」
扉のノブには「お色直し中。御用の際はノックしてね」と書かれた札が掛けられていた。
マールの仕業だな。シエラとふざけてよく変な遊びをしている。取り敢えずノックしてみると、扉は直ぐに開かれた。
「あっ。お待ちしておりましたよ。ヨハン様!」
満面の笑みで出迎えるマールの後方には、赤茶色の髪をアップにまとめ、落ち着いたえんじ色のワンピースを着たベルティーナの姿があった。
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マールよ。いい仕事をし過ぎだ。
余計に、緊張するじゃないか。
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