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第四章

005 替え玉

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 翌朝、ルゥナは目覚めてすぐに部屋を飛び出し隣のユーリの部屋へ向かおうとして、廊下で同じく部屋から出てきたヴェルナーと鉢合わせた。

「お、おはようございます」
「……おはようございます。いかがされましたか?」

 いつも通りのヴェルナーだが、ロンバルトまでのあのベネディッドがヴェルナーだった事を思い返すと、昨日とは違った緊張感に見舞われた。

「ゆ、ユーリに話がありまして、お部屋へ行こうかと……」 

 ルゥナは言ってから気付いた。
 近衛騎士の部屋に王女が行くなんておかしい。
 しかも朝一番、まだ寝着のままの姿で。
 ヴェルナーは訝しげに眉間にシワを寄せ、状況が理解出来ずに困って固まっていた。
 何か正当な理由はないだろうか。

「あ、その……。えっと」
「昨夜、バルコニーでベネディッド様とご一緒でしたよね? またご不快なことでもございましたか?」
「いえ。違うわ」

 ルゥナが即否定すると、ヴェルナーは面食らった様子で目を丸くしたが、他の要因は何かと思案し始めた。
 人の心に土足で踏み込んできそうなベネディッドと違い、気遣いつつ守ってくれそうなこの雰囲気。やはり、ロンバルトへ着くまでのベネディッドはヴェルナーだったのだ。

 あの時のお礼を伝えるべきだが、ヴェルナーは隠していたいようだし、どう接して良いのか分からない。まだ気持ちの整理がつかなくてユーリに聞いてもらいたかったのに、先に本人に会ってしまうとは大失態だ。

「あの。ベネディッド様なら、アレクシア様の意思を尊重してくださると思いますので、俺からも説明しますから、ご心配には及びません」
「はい。ありがとうございます! では、失礼いたします」

 ルゥナは逃げることを選び扉をバタンと閉じて部屋へ戻って行った。どう見てもおかしいその挙動にヴェルナーは頭を悩ませた。

「……後でベネディッド様に尋問だな」

 ヴェルナーが呟くと、隣の扉が開いた。
 ユーリはルゥナの部屋の扉の開閉音を聞きつけ、慌てて出てきたのだ。

「あ、おはようございます。今、アレクシア様の部屋から出てきましたか?」
「いや。アレクシア様がユーリの部屋へ行こうとして、また部屋に戻ってしまっただけだ」
「はい? 朝からどうされたのでしょう」

 ユーリが首を傾げながら部屋へ行こうとすると、ヴェルナーは慌てて止めた。

「ま、待て。まだアレクシア様は着替えも済ませていなかった。室内の扉からスーザンの方へ行ったかもしれない」

 アレクシアとスーザンの部屋は隣同士で、中で行き来できるように繋がっている。

「ああ。そうでしたか。そんなに慌てて何でしょうね。心当たりはありますか?」
「さあ? ベネディッド様関連かと思ったが否定された。しかし、ユーリには本当のことを話すだろう。何か困っていたら教えて欲しい」
「分かりました。任せてください」 

 ◇◇

 少し間を置いてからルゥナの部屋を訪れたユーリは、昨夜のベネディッドの話をルゥナから聞いて一瞬だけ驚き、納得した。

「魔法で替え玉になっていたのですか。これは何とも複雑な……。ですが、あれがヴェルナーだったとすれば、違和感は無いですね」
「ええ。城に来てからおかしいとは思ったけれど、まさか別人だったなんて……。私が言えたことではないけれど」

 自分もそうだとは決して口にすることはしないが、互いに替え玉だったとは、複雑でおかしな話だ。王族にはよくある話なのだろうか。スーザンも驚いていた。

「何故ベネディッド様はその話をされたのでしょう。替え玉と知られれば、ルナステラの王族を騙していた事になりますのに。秘密を漏らすとは、婚約を継続したい現れでしょうか。困りますね」
「そうですね。取り敢えず、公にしてはならない事でしょうし、聞かなかったことにしておきますか」
「それがいいと思います。その件も含めて、手帳でお伝えしておきますね」
  
 スーザンの言葉にルゥナとユーリが頷いた時、バルコニーの方から何やら騒がしい声が聞こえた。

『そ、そんなぁぁぁぁ~』

「あれは……コリン様でしょうか? 見てきますね」 
「私も行くわ」

 ユーリに続いてルゥナもバルコニーから顔出すと、湖の前でコリンが大きなハサミを片手に地面に項垂れていた。

「コリン様~。どうされましたか~?」
「ん? ユーリさん! 丁度良かった。アレクシア様を貸してくださ~い! この花を咲かせたいのです~」

 コリンが指し示したのは湖の上だ。
 昨夜の蕾は水面に横たわり萎れていた。
 植物の事ならルゥナの出番だ。肩へと目を向けると、モッキュが胸を張って立ち上がっていた。

『モッキュン!』 
「モッキュ。私達の力が役に立ちそうね」
『モキュモキュ!』

 ◇◇
 
 裏の湖畔へ、ユーリとヴェルナーと三人で向かうと、ベネディッドはすでにコリンの隣に立ち湖を眺めていた。

「アレクシア様。どうかあの花を咲かせてください。折角ジェラルド様が王妃の庭から持ち出してくださったのに……」
「あれが解毒薬になるのですか?」
「はい。ベネディッド様に盛られている毒は、あの食虫植物の毒です。毒は二種類あって、一つは根から取れる相手の魔力を分解して吸収する毒で、もう一つは茎についた捕食用の袋にある毒で、自分の魔力を捕食したものへ与え拒絶反応を起こさせ弱らせる物なのです。その二つの毒を中和し自らの力へと変えられた時、蕾は開き完璧な解毒薬となる花が咲くのです」
「長い。説明が長くてアレクシアが……」

 コリンが長々と自身の研究内容を話すので、ベネディッドは頃合いを見て口を挟んだのだが、ルゥナは意外にもコリンの話に真剣に耳を傾けていた。

「そんな植物があるのですね。初めて知りました」
「魔石を用いて改良を重ねたと思われますので、王妃の庭にしか存在しない種だと思われます。ですから、この蕾が最後の望みなのです」

 ルゥナはユーリへと目配せすると、ユーリは好きにしてください、と言った顔で頷いていた。

「モッキュは、栽培が得意ですから、任せてください」
『モッキュン!!』

 モッキュはルゥナの頭の上に乗り、小躍りしながら呪文を唱えた。

『モッキュン。モッキュン!』
「モッキュン。モッキュン」

 もちろんルゥナも一緒に。急に大きな声でモキュモキュ言い出したルゥナに、ベネディッドとヴェルナーは口元を手で覆い秘かに笑っていた。





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