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01 檻の外の魔女
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口の利けない私を、耳も聞こえないのだと思う人は少なくない。
頭が足りないと思っている人も。
だけど、見ていてくれる人がいる。
目を見るだけで、わかってくれる人が。
「ギュレン、どこまでも罪深い男だ。皇女を義勇軍の手先にするとは」
「……、……」
私は、叛逆罪で捕えられた宰相ラウフ・ギュレンの独房の片隅で体を丸め、震えていた。
私が仕える皇女カミーラから預かった恋文を届けに来たのだ。そうしたら物々しい足音がして、宰相が燭台の灯を吹き消し、私に隠れるよう言った。
現れたのは、皇妃ナルジス。
カミーラ様を産んだ、実の母親。
「仰る意味がわかり兼ねます」
「しらを切るのもここまでです。私に歯向かった事を地獄の底で後悔するがいい。お前同様、カミーラも叛逆罪で処刑する」
「な……!」
私は、息を呑んだ。
体の震えが止まり、呼吸が穏やかになる。
世界が音を立てて崩れていくから、呆けてしまったのだろう。
耳を疑った。でも、私の耳は確かだ。
宰相が格子を揺らした。
「それでも母親か!」
「口を慎め!」
皇妃の侍女が掲げる灯によって暗闇に照らし出されるその顔は、とても人には見えない。醜悪な、汚らわしい、魔女そのものだった。
「この国を揺るがす者は、たとえ血を分けた娘であろうと許さぬ」
「……悪魔め」
「その娘を、お前はなぜ愛した?」
皇妃が宰相を嘲笑う。
一度収まった鼓動が、再び早鐘を打ち始めた。
カミーラ様が、処刑される……
「くれてやる、ギュレン。皇帝に愛される女は、私、ひとりだ」
「……ナルジス」
噛み締めるような声で、宰相が皇妃を呼び捨てにした。
皇妃は満足したふうに笑い、去っていった。
再び静寂に包まれる。まるで、時が止まったかのようだった。
「シーラ」
「!」
宰相に呼ばれ、びくんと跳ねる。
独房はひとつずつ地下にあって、暗く細い階段が地上の牢と繋がっていた。石の洞穴のようなところが、頑丈な格子で仕切られている。階段を下りてきた皇妃からは、私の潜んでいる位置は死角だった。
立ち上がろうとしたら、膝が笑った。
それでも這うように格子の前に行って、跪いた。
宰相はまだ、灯をつけない。
「シーラ、逃げなさい」
「! ……、……」
暗闇の中で首をふる。
それを宰相は知っているような気がした。
「私や皇女の処刑なら見世物になる。だから生かされている。でもシーラ、君はその場で斬り捨てられてもおかしくない」
「……、……」
私は格子に手をかけて、揺らそうともがいた。
けれど、びくともしない。
「すべて済んだら必ず迎えに行く。皇女とまた会える。わかるな?」
「……、……」
私は首を振り続けた。
涙が溢れる。
カミーラ様を置いて逃げるなんて、できない。
格子を掴む私の手に、宰相の手が触れた。
けれど偶然ではなかった。
私の手に、宰相は小さな冷たい何かを握らせた。
「町に下りたらこれを売れ。数日なら食いつなげる」
「……、……」
「行きなさい」
宰相の気配が消えた。
もう私に構う気がないという事だ。
「……!」
でも、私もここに留まる気はなかった。
逃げるつもりもない。
カミーラ様のところへ行かなくては。
頭が足りないと思っている人も。
だけど、見ていてくれる人がいる。
目を見るだけで、わかってくれる人が。
「ギュレン、どこまでも罪深い男だ。皇女を義勇軍の手先にするとは」
「……、……」
私は、叛逆罪で捕えられた宰相ラウフ・ギュレンの独房の片隅で体を丸め、震えていた。
私が仕える皇女カミーラから預かった恋文を届けに来たのだ。そうしたら物々しい足音がして、宰相が燭台の灯を吹き消し、私に隠れるよう言った。
現れたのは、皇妃ナルジス。
カミーラ様を産んだ、実の母親。
「仰る意味がわかり兼ねます」
「しらを切るのもここまでです。私に歯向かった事を地獄の底で後悔するがいい。お前同様、カミーラも叛逆罪で処刑する」
「な……!」
私は、息を呑んだ。
体の震えが止まり、呼吸が穏やかになる。
世界が音を立てて崩れていくから、呆けてしまったのだろう。
耳を疑った。でも、私の耳は確かだ。
宰相が格子を揺らした。
「それでも母親か!」
「口を慎め!」
皇妃の侍女が掲げる灯によって暗闇に照らし出されるその顔は、とても人には見えない。醜悪な、汚らわしい、魔女そのものだった。
「この国を揺るがす者は、たとえ血を分けた娘であろうと許さぬ」
「……悪魔め」
「その娘を、お前はなぜ愛した?」
皇妃が宰相を嘲笑う。
一度収まった鼓動が、再び早鐘を打ち始めた。
カミーラ様が、処刑される……
「くれてやる、ギュレン。皇帝に愛される女は、私、ひとりだ」
「……ナルジス」
噛み締めるような声で、宰相が皇妃を呼び捨てにした。
皇妃は満足したふうに笑い、去っていった。
再び静寂に包まれる。まるで、時が止まったかのようだった。
「シーラ」
「!」
宰相に呼ばれ、びくんと跳ねる。
独房はひとつずつ地下にあって、暗く細い階段が地上の牢と繋がっていた。石の洞穴のようなところが、頑丈な格子で仕切られている。階段を下りてきた皇妃からは、私の潜んでいる位置は死角だった。
立ち上がろうとしたら、膝が笑った。
それでも這うように格子の前に行って、跪いた。
宰相はまだ、灯をつけない。
「シーラ、逃げなさい」
「! ……、……」
暗闇の中で首をふる。
それを宰相は知っているような気がした。
「私や皇女の処刑なら見世物になる。だから生かされている。でもシーラ、君はその場で斬り捨てられてもおかしくない」
「……、……」
私は格子に手をかけて、揺らそうともがいた。
けれど、びくともしない。
「すべて済んだら必ず迎えに行く。皇女とまた会える。わかるな?」
「……、……」
私は首を振り続けた。
涙が溢れる。
カミーラ様を置いて逃げるなんて、できない。
格子を掴む私の手に、宰相の手が触れた。
けれど偶然ではなかった。
私の手に、宰相は小さな冷たい何かを握らせた。
「町に下りたらこれを売れ。数日なら食いつなげる」
「……、……」
「行きなさい」
宰相の気配が消えた。
もう私に構う気がないという事だ。
「……!」
でも、私もここに留まる気はなかった。
逃げるつもりもない。
カミーラ様のところへ行かなくては。
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