上 下
1 / 15

01 檻の外の魔女

しおりを挟む
 口の利けない私を、耳も聞こえないのだと思う人は少なくない。
 頭が足りないと思っている人も。

 だけど、見ていてくれる人がいる。
 目を見るだけで、わかってくれる人が。


「ギュレン、どこまでも罪深い男だ。皇女を義勇軍の手先にするとは」

「……、……」


 私は、叛逆罪で捕えられた宰相ラウフ・ギュレンの独房の片隅で体を丸め、震えていた。
 私が仕える皇女カミーラから預かった恋文を届けに来たのだ。そうしたら物々しい足音がして、宰相が燭台の灯を吹き消し、私に隠れるよう言った。

 現れたのは、皇妃ナルジス。
 カミーラ様を産んだ、実の母親。


「仰る意味がわかり兼ねます」

「しらを切るのもここまでです。私に歯向かった事を地獄の底で後悔するがいい。お前同様、カミーラも叛逆罪で処刑する」

「な……!」


 私は、息を呑んだ。
 体の震えが止まり、呼吸が穏やかになる。

 世界が音を立てて崩れていくから、呆けてしまったのだろう。

 耳を疑った。でも、私の耳は確かだ。
 
 宰相が格子を揺らした。


「それでも母親か!」

「口を慎め!」


 皇妃の侍女が掲げる灯によって暗闇に照らし出されるその顔は、とても人には見えない。醜悪な、汚らわしい、魔女そのものだった。


「この国を揺るがす者は、たとえ血を分けた娘であろうと許さぬ」

「……悪魔め」

「その娘を、お前はなぜ愛した?」


 皇妃が宰相を嘲笑う。
 一度収まった鼓動が、再び早鐘を打ち始めた。

 カミーラ様が、処刑される……
 

「くれてやる、ギュレン。皇帝に愛される女は、私、ひとりだ」

「……ナルジス」


 噛み締めるような声で、宰相が皇妃を呼び捨てにした。
 皇妃は満足したふうに笑い、去っていった。

 再び静寂に包まれる。まるで、時が止まったかのようだった。

 
「シーラ」

「!」


 宰相に呼ばれ、びくんと跳ねる。

 独房はひとつずつ地下にあって、暗く細い階段が地上の牢と繋がっていた。石の洞穴のようなところが、頑丈な格子で仕切られている。階段を下りてきた皇妃からは、私の潜んでいる位置は死角だった。

 立ち上がろうとしたら、膝が笑った。
 それでも這うように格子の前に行って、跪いた。

 宰相はまだ、灯をつけない。


「シーラ、逃げなさい」

「! ……、……」


 暗闇の中で首をふる。
 それを宰相は知っているような気がした。


「私や皇女の処刑なら見世物になる。だから生かされている。でもシーラ、君はその場で斬り捨てられてもおかしくない」

「……、……」


 私は格子に手をかけて、揺らそうともがいた。
 けれど、びくともしない。


「すべて済んだら必ず迎えに行く。皇女とまた会える。わかるな?」

「……、……」


 私は首を振り続けた。
 涙が溢れる。

 カミーラ様を置いて逃げるなんて、できない。

 格子を掴む私の手に、宰相の手が触れた。
 けれど偶然ではなかった。
 私の手に、宰相は小さな冷たい何かを握らせた。


「町に下りたらこれを売れ。数日なら食いつなげる」

「……、……」

「行きなさい」


 宰相の気配が消えた。
 もう私に構う気がないという事だ。


「……!」


 でも、私もここに留まる気はなかった。
 逃げるつもりもない。

 カミーラ様のところへ行かなくては。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

公爵令嬢は宰相の部下になりたい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:102

【完結】私がお邪魔だと思われますので、去らせていただきます。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,073pt お気に入り:3,227

皇妃になりたくてなったわけじゃないんですが

恋愛 / 完結 24h.ポイント:390pt お気に入り:5,292

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:908pt お気に入り:5,590

お飾り王妃と呼ばれた私、暴君(夫)を追放する

恋愛 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:549

処理中です...