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08 火照った体を持て余しすぎてそろそろ彼の名前を呼んでみたい

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 私の宮殿生活はとても輝きに満ち、豊かになった。

 もう寂しくない。
 もう独りぼっちなんかじゃない。

 夜になれば宝物庫の夜警を勤める騎士が、私の体をあたためてくれる。
 こんな私を受けとめてくれる。
 
 熱いときめきは一日中、胸を中心にしてずっと体に留まり続けた。
 そして夜を越えるたびに、その熱は膨らみ、さらに温度を増していくのだ。

 私は活力に満ちて、つい笑顔になってしまう事が増えた。
 
 召使いにも優しくできた。
 両親とも楽しい会話を心掛け、そうする事ができた。

 そしてあの憎き貧乳の妹、第二王女イリスの事も、もう気にならない。

 だって私には、あの騎士がいる。
 私は宮殿から出ようなどとは思わない。結婚したいとも思わない。

 毎晩、毎晩。
 騎士のもとへ歩いていくあの胸の高鳴り。期待に打ち震え、全身の毛穴から汗が噴き出していく感覚。興奮と言う贅沢を知った私に、堅苦しい国と国の繋がりや、神官の冷たい視線や、貴族たちの蔑みなどは、もはや虫刺され程度の威力を持ってしか私を苦しめる事はできなかった。

 ただ……


「……」


 私は窓辺に寄りかかり、庭園のせせらぎをぼんやりと眺める。


「……貴方は、だれなの……」


 そう。
 私はあの騎士の名前を知らなかった。

 一度あの騎士に、名前も知らない男に胸を揉まれて云々と詰られて、その時は快感に打ち震えていたけれど、あれから昼過ぎ頃の意識がはっきりしている時間になると、なぜか気になってしまうのだ。

 私の胸を熱く揉みしだく、名もない騎士。
 彼は私の名前を、哀しみを、弱い部分を、そしていい場所を、知り尽くしている。

 でも私は彼を知らない。


「はぁ」


 夜とは違う種類のため息が洩れる。

 名前を教えてなんて言ったら、重い女と思われるかしら。
 私は悪い噂のせいで婚期を逃して、妹にまで先を越された寂しく惨めな行き遅れの王女だもの。
 彼は、若くて健康な宮殿付きの騎士。しかもかなりの美丈夫だ。未来は明るく、私なんかの相手をしている暇さえ本来ならないはずだった。


「……はぁ」


 でも彼の事が気になって仕方ない。
 あの声、私を名前で呼び、欲しい時に魔女だの淫乱だのと罵る低い声。熱く器用な指、私の胸を逃さない確かな掌。全てが頭から離れない。


「……だれなの……」


 我慢できず、その日の夜、私は彼に面と向かって尋ねた。
 

「アーロンです」

「……」


 私を古い寝台に仰向けで寝かせ、頭のほうから胸をマッサージしている彼は、普通に名乗った。私はポカンと彼を見あげていた。
 こんなに簡単な事だったなんて……


「アーロンです」


 快感に打ち震えすぎている私が聞き逃したと思ったのか、ぐわしと外側から内側へ揉み込みながら彼が繰り返す。


「ああんっ」

「アーロンです」

「あっ、アーロ……んふぅっ」

「はい、アーロンです」


 名を呼ぶと、彼の事がとても身近に感じられた。その手から胸へ伝わってくる熱がもっともっと膨れ上がって、私は体全身に稲妻のような痺れを感じ、仰け反って息を止めた。


「……っ」

「貴女のアーロンです。セシリア様」

「……あ、ああっ」


 その夜、彼はひときわ優しく私の胸を揉みしだいた。
 私は何度も彼の名を呼び、彼もまた、私の名を呼んでいた。
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