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8 嘘と真実
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「将軍、おめでとう」
宰相がノアの腕を叩いた。
王のための生贄という責任を放棄し逃亡を謀った私は、役人たちにとって国を棄てた堕落した聖女だ。ノアの手前、彼らは私を罵りはしない。ただ、祝いもしなかった。
宴は賑わっていた。病床の王を除き、王族が親族として集う豪華さも人を呼んだ。彼らもまた、私を意味深な微笑みで迎えた。ノアは祝福を受けているけれど、確実に私は顰蹙を買っていた。
居心地の悪さは最高潮に達している。
それでも、生きている限り好機は訪れる。
「こんな結婚、意味がないわ」
「?」
陰口が遠慮なく聞こえる音量で叩かれ、私はまた場所を移動した。
ノアは要人に囲まれて、挨拶に忙しい。
「素敵な花嫁衣裳。でも、あれって……」
「……」
移動した先からも、すぐに避難。
本当の花嫁だったら悲しすぎて号泣するだろう。倒れるかも。
「……」
違う。
私は本当の花嫁だ。正式な夫婦。
ただ政治的策略や、愛情があるわけではない。
公にはできない強い絆で、正式な夫婦になった。
「エルシィ!」
「!?」
聞き覚えのある声に、私は息を止め辺りを見渡した。
この婚礼の宴に、誰ひとり聖女は招かれていない。そもそも勤めがあるので、特別な関りがなければこういった会には招かれない。ヒセラが生きていても、私の希望が通らなければ彼女さえ招く事はできなかっただろう。
だから、その声を聞くのは、在り得ないはずだった。
「エルシィ、こっち!」
「……マイユ」
巨大な花瓶の影に、小柄な彼女の姿があった。
汗をかき目を剥いて、髪を振り乱し、質素な法衣のまま。忍び込んだのは明らかだ。私は彼女を伴って広間を抜けだした。
「ここでなにしてるの?」
「助けてエルシィ。私、生贄候補になってるみたいなの」
「え?」
「あなたが逃げた後、もしあなたが見つからなかったら代りを立てるだろうって話はすぐに出たのよ。それでみんな神経質になってた。だから、すぐわかったの。私のほかに3人」
「3人!?」
小声で小走りに移動しているうちに、人気のない倉庫まで来ていた。
「3人のうち、あなたの代わりになるのは1人よ。それが私かもしれない。でもいつ終わるの? 順番にみんな殺される……!」
マイユが力任せに縋りついてきて、私は持っていた花束を落とした。
「お願い、助けて!」
「ええ、わかった。彼に言うわ。なんとかしてくれると思う」
「知らない男に穢されるなんて嫌よ!」
マイユは酷く取り乱している。
私は小柄なマイユを肩をぐっと抑え込んで、つぶらな瞳を覗き込んだ。
「聞いて」
「……」
「その心配はないわ」
「でもあなたは、将軍に純潔を捧げたから免れたんでしょ?」
「違うのよ」
ノアは、生贄になった聖女全員の仇討ちをすると誓ってくれた。
まず私を妻にして、それから次の聖女を救ってくれると。
ノアはひとりしかいない。
でも、ノアには考えがあるはずだ。きっと私みたいに、聖女の資格を失うような偽装をするはず。
「全てお芝居なの。生き延びるための、嘘なのよ」
「……」
マイユが瞳を揺らし、私を見つめている。
その時、暗闇から声がした。
「そういう事か」
宰相がノアの腕を叩いた。
王のための生贄という責任を放棄し逃亡を謀った私は、役人たちにとって国を棄てた堕落した聖女だ。ノアの手前、彼らは私を罵りはしない。ただ、祝いもしなかった。
宴は賑わっていた。病床の王を除き、王族が親族として集う豪華さも人を呼んだ。彼らもまた、私を意味深な微笑みで迎えた。ノアは祝福を受けているけれど、確実に私は顰蹙を買っていた。
居心地の悪さは最高潮に達している。
それでも、生きている限り好機は訪れる。
「こんな結婚、意味がないわ」
「?」
陰口が遠慮なく聞こえる音量で叩かれ、私はまた場所を移動した。
ノアは要人に囲まれて、挨拶に忙しい。
「素敵な花嫁衣裳。でも、あれって……」
「……」
移動した先からも、すぐに避難。
本当の花嫁だったら悲しすぎて号泣するだろう。倒れるかも。
「……」
違う。
私は本当の花嫁だ。正式な夫婦。
ただ政治的策略や、愛情があるわけではない。
公にはできない強い絆で、正式な夫婦になった。
「エルシィ!」
「!?」
聞き覚えのある声に、私は息を止め辺りを見渡した。
この婚礼の宴に、誰ひとり聖女は招かれていない。そもそも勤めがあるので、特別な関りがなければこういった会には招かれない。ヒセラが生きていても、私の希望が通らなければ彼女さえ招く事はできなかっただろう。
だから、その声を聞くのは、在り得ないはずだった。
「エルシィ、こっち!」
「……マイユ」
巨大な花瓶の影に、小柄な彼女の姿があった。
汗をかき目を剥いて、髪を振り乱し、質素な法衣のまま。忍び込んだのは明らかだ。私は彼女を伴って広間を抜けだした。
「ここでなにしてるの?」
「助けてエルシィ。私、生贄候補になってるみたいなの」
「え?」
「あなたが逃げた後、もしあなたが見つからなかったら代りを立てるだろうって話はすぐに出たのよ。それでみんな神経質になってた。だから、すぐわかったの。私のほかに3人」
「3人!?」
小声で小走りに移動しているうちに、人気のない倉庫まで来ていた。
「3人のうち、あなたの代わりになるのは1人よ。それが私かもしれない。でもいつ終わるの? 順番にみんな殺される……!」
マイユが力任せに縋りついてきて、私は持っていた花束を落とした。
「お願い、助けて!」
「ええ、わかった。彼に言うわ。なんとかしてくれると思う」
「知らない男に穢されるなんて嫌よ!」
マイユは酷く取り乱している。
私は小柄なマイユを肩をぐっと抑え込んで、つぶらな瞳を覗き込んだ。
「聞いて」
「……」
「その心配はないわ」
「でもあなたは、将軍に純潔を捧げたから免れたんでしょ?」
「違うのよ」
ノアは、生贄になった聖女全員の仇討ちをすると誓ってくれた。
まず私を妻にして、それから次の聖女を救ってくれると。
ノアはひとりしかいない。
でも、ノアには考えがあるはずだ。きっと私みたいに、聖女の資格を失うような偽装をするはず。
「全てお芝居なの。生き延びるための、嘘なのよ」
「……」
マイユが瞳を揺らし、私を見つめている。
その時、暗闇から声がした。
「そういう事か」
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