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13 口づけに愛を
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「エルシィ、どうすれば信じられる?」
「……っ」
吐息がかかる。
低い囁きはまるで、皮膚を撫でるようだった。
「なぜ聞くの? 私はあなたがオーレリアを愛していても気にしないわ」
「お前の声が好きだ」
「え?」
一瞬、空耳だと思った。
きっと心が弱り過ぎたせいだと。
けれど違った。
「俺を睨む榛色の瞳が好きだ。乱れがちな細く柔らかい髪が好きだ。少し背が高く、手足が長く、野生の獣のように神々しい美しさも好きだ」
「馬って言いたいの?」
「その気の強さも、好きだ」
ノアが微笑んで髪を撫でる。
「頑固さが好きだ。勇敢さが好きだ。優しさが好きだ」
「優しくした覚えはないわ」
つい笑いが洩れた。
褒めて懐柔できると思っているのなら、的外れな事は言わないで欲しい。
「お前は、俺の傷を癒してくれた。闘う力を与えた。生きる希望を与えた」
「もうやめて」
「やめない。いい加減わからせてやる。エルシィ。オーレリアは俺の一部で、お前は俺の全てだ」
言葉もなかった。
受け入れてしまったら、もう後戻りはできない。
私は自分を奮い立たせる必要があった。
「それじゃあどうして私を抱かないの?」
「大切だから傷つけたくない」
「なぜ、愛の言葉を口にしないの?」
「今のお前はまだ俺を信じない」
ノアは大きな掌で私の頭を挟み、額を合わせた。
もう、目を覗き込む事はできない。ただ吐息と、彼の体温と声だけ。
「お前は稲妻のように俺を貫いた。それが俺の妻だ、エルシィ」
そのとき、唐突に扉が開かれ私たちはいっせいに向きを変えた。
唇を噛むノアの部下たちを押し退けて入って来たのは、白髪の逞しい男。すぐ後ろには堕ちた預言者ヨエルが薄ら笑いを浮かべていた。
「……伯父上」
ノアが私を体で庇う。
私は彼の背中に触れた。そうしているだけで、恐怖を抑えられたから。
「王は死んだ」
「!?」
血の気が引いて、座っているのに眩暈に襲われる。
「王を見殺しにした悪しき聖女よ。死を以てその罪を償え」
「伯父上!」
「将軍、女を渡せ。さもなくばこの場でお前もろとも八つ裂きにしてやるぞ」
「……!」
ノアが素早く立ち上がり剣を構えた。私は考えるより先に、彼の背に寄り添って隠れた。ノアに守られていれば、もしノアが負傷してもすぐに癒せる。
ヨエルが悲愴な声をあげた。
「ご覧ください。これが聖女エルシィの呪いです」
「走れるか?」
ノアが牽制したまま声をかけてくる。私に逃げろと言っているのだ。
扉の外には、苦渋の表情を浮かべるノアの部下たちと、兵士が見えた。
「将軍はすっかり操られているのです。あの女は王を死に至らしめ、国を滅ぼそうとしています」
「もう一度言う。女を渡せ」
「断る。エルシィは俺の妻だ」
いくら足が速くても、狭い廊下を敵で埋め尽くされていては逃げ場がない。
「ならばここで死ね、謀反者ども」
「!」
一言を合図に兵士がなだれ込んできて、ノアを襲った。
私は気づくと、彼を庇い手を広げていた。
「エルシィ……!?」
ノアが剣を下ろす気配がした。ヨエルが邪悪な笑みを浮かべる。
共謀しているのか、騙されているのかはわからない。ただ、司令官はノアを躊躇なく殺そうとした。
迷いはなかった。私は一歩、足を踏み出した。
「駄目だ、行くな!」
肩を掴まれ、力ずくで振り向かされる。
今にも壊れそうなノアが、私を見つめていた。
「俺は二度と、愛する者を喪いたくはないんだ」
「私もよ」
ノアの頬に触れ、唇を重ねる。
そして想いよりずっと大切な事を伝えた。
「あなたは生きて」
「……っ」
体に縄がかかる。
ノアを兵士が抑え込み、私たちは引き離されていった。
「彼を傷つけないで!」
「エルシィ! 待ってろ、必ず助ける!!」
叫びだけを残して。
「……っ」
吐息がかかる。
低い囁きはまるで、皮膚を撫でるようだった。
「なぜ聞くの? 私はあなたがオーレリアを愛していても気にしないわ」
「お前の声が好きだ」
「え?」
一瞬、空耳だと思った。
きっと心が弱り過ぎたせいだと。
けれど違った。
「俺を睨む榛色の瞳が好きだ。乱れがちな細く柔らかい髪が好きだ。少し背が高く、手足が長く、野生の獣のように神々しい美しさも好きだ」
「馬って言いたいの?」
「その気の強さも、好きだ」
ノアが微笑んで髪を撫でる。
「頑固さが好きだ。勇敢さが好きだ。優しさが好きだ」
「優しくした覚えはないわ」
つい笑いが洩れた。
褒めて懐柔できると思っているのなら、的外れな事は言わないで欲しい。
「お前は、俺の傷を癒してくれた。闘う力を与えた。生きる希望を与えた」
「もうやめて」
「やめない。いい加減わからせてやる。エルシィ。オーレリアは俺の一部で、お前は俺の全てだ」
言葉もなかった。
受け入れてしまったら、もう後戻りはできない。
私は自分を奮い立たせる必要があった。
「それじゃあどうして私を抱かないの?」
「大切だから傷つけたくない」
「なぜ、愛の言葉を口にしないの?」
「今のお前はまだ俺を信じない」
ノアは大きな掌で私の頭を挟み、額を合わせた。
もう、目を覗き込む事はできない。ただ吐息と、彼の体温と声だけ。
「お前は稲妻のように俺を貫いた。それが俺の妻だ、エルシィ」
そのとき、唐突に扉が開かれ私たちはいっせいに向きを変えた。
唇を噛むノアの部下たちを押し退けて入って来たのは、白髪の逞しい男。すぐ後ろには堕ちた預言者ヨエルが薄ら笑いを浮かべていた。
「……伯父上」
ノアが私を体で庇う。
私は彼の背中に触れた。そうしているだけで、恐怖を抑えられたから。
「王は死んだ」
「!?」
血の気が引いて、座っているのに眩暈に襲われる。
「王を見殺しにした悪しき聖女よ。死を以てその罪を償え」
「伯父上!」
「将軍、女を渡せ。さもなくばこの場でお前もろとも八つ裂きにしてやるぞ」
「……!」
ノアが素早く立ち上がり剣を構えた。私は考えるより先に、彼の背に寄り添って隠れた。ノアに守られていれば、もしノアが負傷してもすぐに癒せる。
ヨエルが悲愴な声をあげた。
「ご覧ください。これが聖女エルシィの呪いです」
「走れるか?」
ノアが牽制したまま声をかけてくる。私に逃げろと言っているのだ。
扉の外には、苦渋の表情を浮かべるノアの部下たちと、兵士が見えた。
「将軍はすっかり操られているのです。あの女は王を死に至らしめ、国を滅ぼそうとしています」
「もう一度言う。女を渡せ」
「断る。エルシィは俺の妻だ」
いくら足が速くても、狭い廊下を敵で埋め尽くされていては逃げ場がない。
「ならばここで死ね、謀反者ども」
「!」
一言を合図に兵士がなだれ込んできて、ノアを襲った。
私は気づくと、彼を庇い手を広げていた。
「エルシィ……!?」
ノアが剣を下ろす気配がした。ヨエルが邪悪な笑みを浮かべる。
共謀しているのか、騙されているのかはわからない。ただ、司令官はノアを躊躇なく殺そうとした。
迷いはなかった。私は一歩、足を踏み出した。
「駄目だ、行くな!」
肩を掴まれ、力ずくで振り向かされる。
今にも壊れそうなノアが、私を見つめていた。
「俺は二度と、愛する者を喪いたくはないんだ」
「私もよ」
ノアの頬に触れ、唇を重ねる。
そして想いよりずっと大切な事を伝えた。
「あなたは生きて」
「……っ」
体に縄がかかる。
ノアを兵士が抑え込み、私たちは引き離されていった。
「彼を傷つけないで!」
「エルシィ! 待ってろ、必ず助ける!!」
叫びだけを残して。
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