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2 婚約破棄と聞いて
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「よぉ~し、今日という今日は決着をつけてやるぞ! 君にギャフンと言わせてやるんだ!」
「ギャフン」
「黙れ!」
お望み通り言ってあげたのに、御不満のご様子。
「そうやって余裕をこいていられるのも今のうちだぞ。今から僕は、君の御父上に、こう言ってやるんだ」
「はい」
「『エルミーラとの婚約は破棄させてもらいます!』」
「……」
心の奥で、ポッと花が咲いた。
希望という花が。
でも、私の心と顔面は、極めて疎遠。
「僕と腕を組んで歩けるのもこれが最後だからな!」
「ええ」
喜んで。
「ああ! いったいなんなんだ!! 一度でいいから君にうら若き令嬢らしく燥いでもらいたかったよ!! キャハとかウフフとか、僕をうっとりと見つめて頬を染めて可愛くさぁ!」
「……」
本人からこの関係にけじめをつけると聞いた以上、口先だけであろうと奉仕は無用。
「だから真顔はやめろって!!」
軟弱な精神で私にどんな努力が足りないと仰るのか。
心のままに笑うとしたら、息が弾み過ぎて、涙がでるかもしれないというものよ。おほほ。
「くっそ。君はただ美人なだけのつまらない女だよ! 僕を逃したら、絶対に後悔するんだからな!!」
「喧嘩を売っていらっしゃる?」
「えっ……や、やめろよ。真顔でそういう物言いは、それこそ喧嘩を売ってるってもんだぞ!」
「私は争いなんて望みません」
「へっ。上品ぶって」
「醜い」
ギロリと睨まれた。
まったく恐くなかった。
劇場通りでそういう醜態を晒した後、婚約者であるベリエスが屋敷まで送り届けてくれた。そして組んでいた腕を忌々しそうに剥がして、トンと私を押した。玄関広間で。
「んまあ!」
目を血走らせたのは、メイド長のビルギッタ。
怒れる彼女を目で制し、その目で勇み足のベリエスの背中を見送った。父に、例の事を告げに行くのだ。
「お嬢様、あんな態度を許しちゃいけません!」
「よろしくてよ」
「いいえ! 結婚というのははじめが肝心──」
「結婚しないの」
「はっ!?」
「彼、お父様に婚約破棄を宣言しに行くのよ」
「ぃよっし!!」
ビルギッタが拳を握りしめて歓喜に打ち震えた。
私はその腕を摩り、同意を示した。
と、そのとき。
玄関広間の階段の影から、ひらりと舞い出た私そっくりの女がひとり。双子の妹ユリアーナ。
「お姉様?」
「ただいま」
「今の話、ほんとなの?」
「ええ。ただいま」
「私に〝おかえり〟とでも言って欲しいの? それどころじゃないわ! 婚約破棄されるんでしょう!? まさか冗談のつもり!?」
「この顔が冗談に見える?」
「いつもその顔よ! なんなら私もその顔よ、朝から晩までね!」
妹は心と顔面が直結している人種。
けれど……私にはない才能がある。
それは、心と直結しているかに思えるその顔面を、意識的に操作できる。かなり、精密に。
「ジロジロ見ないで。鏡じゃないのよ」
「鏡じゃないから観察したいの。私も、あなたのように表情豊かだったら彼の理想に適ったかも」
「どういう事?」
「その微妙なしかめっ面ってどうやるの? 美しさを損なわず絶妙な角度で眉を寄せて、目を眇めているのに軽蔑しているというほどでもない。私もそういう顔したことある? したとすれば無意識だけれど、鏡で試しても私は表情があまり変わらな──」
「お姉様、おかえりなさい」
私たちはトイファー伯爵令嬢。
美貌の双子姉妹と噂され、王妃とふたりの王女からかなり険悪な牽制を受けたので目立たないように努めている。
「はぁ、本当に見ていて飽きません。どちらもお嫁に行かないでくださいなんて、口が裂けても言えませんけどッ」
ビルギッタは、勝ち誇った笑みで、私の外套を我が子のように抱いている。
ユリアーナが私の手首を掴んだ。
「それでどういう事なのよ! 婚約破棄ってあいつ正気なの!? 私たちこんなに美人なのに!!」
「ユリアーナ」
「なによ!」
「痛い」
「ギャフン」
「黙れ!」
お望み通り言ってあげたのに、御不満のご様子。
「そうやって余裕をこいていられるのも今のうちだぞ。今から僕は、君の御父上に、こう言ってやるんだ」
「はい」
「『エルミーラとの婚約は破棄させてもらいます!』」
「……」
心の奥で、ポッと花が咲いた。
希望という花が。
でも、私の心と顔面は、極めて疎遠。
「僕と腕を組んで歩けるのもこれが最後だからな!」
「ええ」
喜んで。
「ああ! いったいなんなんだ!! 一度でいいから君にうら若き令嬢らしく燥いでもらいたかったよ!! キャハとかウフフとか、僕をうっとりと見つめて頬を染めて可愛くさぁ!」
「……」
本人からこの関係にけじめをつけると聞いた以上、口先だけであろうと奉仕は無用。
「だから真顔はやめろって!!」
軟弱な精神で私にどんな努力が足りないと仰るのか。
心のままに笑うとしたら、息が弾み過ぎて、涙がでるかもしれないというものよ。おほほ。
「くっそ。君はただ美人なだけのつまらない女だよ! 僕を逃したら、絶対に後悔するんだからな!!」
「喧嘩を売っていらっしゃる?」
「えっ……や、やめろよ。真顔でそういう物言いは、それこそ喧嘩を売ってるってもんだぞ!」
「私は争いなんて望みません」
「へっ。上品ぶって」
「醜い」
ギロリと睨まれた。
まったく恐くなかった。
劇場通りでそういう醜態を晒した後、婚約者であるベリエスが屋敷まで送り届けてくれた。そして組んでいた腕を忌々しそうに剥がして、トンと私を押した。玄関広間で。
「んまあ!」
目を血走らせたのは、メイド長のビルギッタ。
怒れる彼女を目で制し、その目で勇み足のベリエスの背中を見送った。父に、例の事を告げに行くのだ。
「お嬢様、あんな態度を許しちゃいけません!」
「よろしくてよ」
「いいえ! 結婚というのははじめが肝心──」
「結婚しないの」
「はっ!?」
「彼、お父様に婚約破棄を宣言しに行くのよ」
「ぃよっし!!」
ビルギッタが拳を握りしめて歓喜に打ち震えた。
私はその腕を摩り、同意を示した。
と、そのとき。
玄関広間の階段の影から、ひらりと舞い出た私そっくりの女がひとり。双子の妹ユリアーナ。
「お姉様?」
「ただいま」
「今の話、ほんとなの?」
「ええ。ただいま」
「私に〝おかえり〟とでも言って欲しいの? それどころじゃないわ! 婚約破棄されるんでしょう!? まさか冗談のつもり!?」
「この顔が冗談に見える?」
「いつもその顔よ! なんなら私もその顔よ、朝から晩までね!」
妹は心と顔面が直結している人種。
けれど……私にはない才能がある。
それは、心と直結しているかに思えるその顔面を、意識的に操作できる。かなり、精密に。
「ジロジロ見ないで。鏡じゃないのよ」
「鏡じゃないから観察したいの。私も、あなたのように表情豊かだったら彼の理想に適ったかも」
「どういう事?」
「その微妙なしかめっ面ってどうやるの? 美しさを損なわず絶妙な角度で眉を寄せて、目を眇めているのに軽蔑しているというほどでもない。私もそういう顔したことある? したとすれば無意識だけれど、鏡で試しても私は表情があまり変わらな──」
「お姉様、おかえりなさい」
私たちはトイファー伯爵令嬢。
美貌の双子姉妹と噂され、王妃とふたりの王女からかなり険悪な牽制を受けたので目立たないように努めている。
「はぁ、本当に見ていて飽きません。どちらもお嫁に行かないでくださいなんて、口が裂けても言えませんけどッ」
ビルギッタは、勝ち誇った笑みで、私の外套を我が子のように抱いている。
ユリアーナが私の手首を掴んだ。
「それでどういう事なのよ! 婚約破棄ってあいつ正気なの!? 私たちこんなに美人なのに!!」
「ユリアーナ」
「なによ!」
「痛い」
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