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2 食堂車で参りました
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たっぷりの軍資金を渡されての一人旅。
条件は、帰りは二人旅である事。
「ふん。スリル半減ね」
車窓を流れる長閑な景色を横目に、姉の残した手掛りを検める。
姉の部屋からは旅行のパンフレットや絵葉書が見つかった。もちろん訪れた事のない土地。そして新聞の切れ端。姉はどうやら、バルフォニヤ大聖堂を目指しているらしかった。
コンコン。
軽快なノックの直後、個室の扉が開いた。
向かいの席に足を乗せて寛いでいた私を見て、相手の紳士が眉を上げる。
「よろしいですかな?」
「だめよ」
「……おひとりですよね?」
「次の駅で家族と合流するの。ごめんなさいね」
「そうですか」
対手にしても仕方ないと思ったみたいで、咎めるような一瞥を投げてから紳士は扉を閉めた。
もちろん、家族なんて合流しない。
私は寛ぎたいし、姉の事もふくめ詮索されたくないし、いちいち説明もしたくない。
父もそれを望んでいるはず。
私は姉の資料を片付け、食堂車に移った。
どうせ長旅になるのだし、小腹を満たして昼寝していい頃だ。
「サンドウィッチと紅茶をお願い」
「はい、マドモアゼル」
多めにチップを渡して微笑むと、給仕も嬉しそうに目を細めた。
羽振りのいい客は好まれる。最近ではケチケチする貴族も増えてきたみたいだけれど、うちはお金がないわけではないし、お金で示せる権威というものは確かにある。
今回は、いわば公費だし。
思う存分、贅沢するつもりだ。
「……?」
頬杖をついて窓の外を眺めていると、ふと気配を感じた。
サンドイッチの到着だ。期待を込めて見あげ、私は息を止めた。
「令嬢の一人旅とは感心しないな」
「……」
そこに立っていたのは、給仕ではなかった。
「どっ、どうしてあなたがここにいるの?」
「俺も旅行くらいするんだよ」
「そう。奇遇ね」
「君は褒められたものじゃないが、今更か」
そう言って向かいに座ったのは、ヘルマン伯爵。6年前に爵位を継いだ、幼馴染。その名をベルノルト・ゲディケ。
「で、今回はどちらまで? マドモアゼル」
「……あてのない旅よ」
言えない。
「つれないな。育ての親である俺に隠し事か」
姉と同い年のベルノルトは2つ上。
これはつまり、私を暴れ馬に育てたって意味。
「まあね」
「じゃあ俺も秘密にしよう。食事は? もう頼んだ?」
「ええ、サンドイッチを」
「そうか。来たら同じものを頼むとしよう。シルヴィアは元気か? 最近めっきり音沙汰がないが」
言えない。
「元気よ」
「相変わらず牛みたいにどっかり瞑想しているのか」
「ええ。絶好調」
とても言えない。
このベルノルトこそ、姉が家出するくらい嫌がった婚約者その人なのだから。
「どうした。顔が変だぞ」
「お腹が空いて」
「サンドイッチで足りるか? 仔牛のシチューがあるぞ。牛はよすか」
「よすわ」
どうしよう。
心臓が早鐘をうち、汗が噴き出してきた。手が、じっとりとして、息が弾む。
どうしたらいいの……
よりにもよって、ベルノルトと鉢合わせなんて。
「暑いのか?」
「ええ、さっきワインを飲んだから」
「吐くなよ?」
私は窓の外に目線を投げた。瞬間、トンネルに入る。
鏡に変身した窓硝子に、ベルノルトの素敵な横顔が映った。
この恋を忘れようと努力した日々が、全部、水の泡だ。
条件は、帰りは二人旅である事。
「ふん。スリル半減ね」
車窓を流れる長閑な景色を横目に、姉の残した手掛りを検める。
姉の部屋からは旅行のパンフレットや絵葉書が見つかった。もちろん訪れた事のない土地。そして新聞の切れ端。姉はどうやら、バルフォニヤ大聖堂を目指しているらしかった。
コンコン。
軽快なノックの直後、個室の扉が開いた。
向かいの席に足を乗せて寛いでいた私を見て、相手の紳士が眉を上げる。
「よろしいですかな?」
「だめよ」
「……おひとりですよね?」
「次の駅で家族と合流するの。ごめんなさいね」
「そうですか」
対手にしても仕方ないと思ったみたいで、咎めるような一瞥を投げてから紳士は扉を閉めた。
もちろん、家族なんて合流しない。
私は寛ぎたいし、姉の事もふくめ詮索されたくないし、いちいち説明もしたくない。
父もそれを望んでいるはず。
私は姉の資料を片付け、食堂車に移った。
どうせ長旅になるのだし、小腹を満たして昼寝していい頃だ。
「サンドウィッチと紅茶をお願い」
「はい、マドモアゼル」
多めにチップを渡して微笑むと、給仕も嬉しそうに目を細めた。
羽振りのいい客は好まれる。最近ではケチケチする貴族も増えてきたみたいだけれど、うちはお金がないわけではないし、お金で示せる権威というものは確かにある。
今回は、いわば公費だし。
思う存分、贅沢するつもりだ。
「……?」
頬杖をついて窓の外を眺めていると、ふと気配を感じた。
サンドイッチの到着だ。期待を込めて見あげ、私は息を止めた。
「令嬢の一人旅とは感心しないな」
「……」
そこに立っていたのは、給仕ではなかった。
「どっ、どうしてあなたがここにいるの?」
「俺も旅行くらいするんだよ」
「そう。奇遇ね」
「君は褒められたものじゃないが、今更か」
そう言って向かいに座ったのは、ヘルマン伯爵。6年前に爵位を継いだ、幼馴染。その名をベルノルト・ゲディケ。
「で、今回はどちらまで? マドモアゼル」
「……あてのない旅よ」
言えない。
「つれないな。育ての親である俺に隠し事か」
姉と同い年のベルノルトは2つ上。
これはつまり、私を暴れ馬に育てたって意味。
「まあね」
「じゃあ俺も秘密にしよう。食事は? もう頼んだ?」
「ええ、サンドイッチを」
「そうか。来たら同じものを頼むとしよう。シルヴィアは元気か? 最近めっきり音沙汰がないが」
言えない。
「元気よ」
「相変わらず牛みたいにどっかり瞑想しているのか」
「ええ。絶好調」
とても言えない。
このベルノルトこそ、姉が家出するくらい嫌がった婚約者その人なのだから。
「どうした。顔が変だぞ」
「お腹が空いて」
「サンドイッチで足りるか? 仔牛のシチューがあるぞ。牛はよすか」
「よすわ」
どうしよう。
心臓が早鐘をうち、汗が噴き出してきた。手が、じっとりとして、息が弾む。
どうしたらいいの……
よりにもよって、ベルノルトと鉢合わせなんて。
「暑いのか?」
「ええ、さっきワインを飲んだから」
「吐くなよ?」
私は窓の外に目線を投げた。瞬間、トンネルに入る。
鏡に変身した窓硝子に、ベルノルトの素敵な横顔が映った。
この恋を忘れようと努力した日々が、全部、水の泡だ。
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