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4 知らないふりはしました

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 朝になってベルノルトが個室を出て行った。朝食か、デッキで空気を吸ったりするのだろう。


「……はっ」


 私は緊張の糸が切れて、急に眠気に襲われた。
 もともと、人前で眠れるような性格じゃない。

 
「……」


 ガタゴトという走行音も、わずかとは言えない振動も、気持ちいい。
 というわけで私は爆睡した。

 次に目が覚めたとき、既に座席を整えていたベルノルトが窓枠に肘をついて頭を支え、長い脚を組み読書をしていた。


「!」

「おはよう」


 一瞥と、挨拶。
 パッキリ覚醒した。


「やだ。何時?」

「頭ぶつけるなよ」

「ああ、うん」


 起き上がって窓の外を見ると、燦燦と太陽が照り輝いていた。
 

「着替えたら昼食にしよう。今日こそ俺は仔牛のシチューにする」

「そうね。私はラム肉のソテーとパンにするわ」

「見ないからさっさと着替えろ。腹減った。1時だぞ」

「……嘘」


 お昼過ぎじゃない。
 びっくり。


「食堂車の時計を見れば信じるさ」


 ベルノルトは読書に戻った。
 素敵な横顔だ。伏目がちで切れ長の目に、すっきりした鼻梁。顎がシュッとしている。小賢しいというのがぴったりな冷たい美丈夫だ。私は彼が悪戯好きのヤンチャ坊主だと知っているけど。

 咳ばらいをして、さっと着替えた。
 

「あと6時間だな」

「そうね。いっぱい寝ちゃった」

「宿はどうする? 目星がついてるのか?」

「いいえ。でも大きな都市だから、ホテルなんていくらでもあるでしょ」

「そうだな。贅沢するなよ。すぐ見つかるとは限らないんだから」

「ええ。安すぎない、ちょうどいい感じのところを探すわ。っていうか、あなた旅行はどうしたの? まさか、一緒に来るわけじゃないわよね?」


 ベルノルトがページをめくった。


「今、君と旅行している」

「まあね。だけど、元々の予定があったんでしょう? 御守りは汽車だけで結構よ」

「ペトラ。俺にも心があるんだよ」

「え?」

「家出した婚約者がそこにいるらしいというなら、探すだろ、普通」

「……そう、ね」


 なんだか、普通のようで普通でない感じ。
 そもそも昨夜、私がベルノルトを……という事を言い当てていたわけだけど、その話題は振ってこない。

 これはもしかして、あれかしら。
 私が寝ていると信じて、ベルノルトは独り言を洩らした的な?


「そんなに思い詰めるほど俺のなにが嫌だったのか聞いてやりたい」

「……」

 
 幼馴染の情なのか、冷たい怒りか、どっちつかずの発言。
 仮に、一緒に行動して姉を見つけたとして、その後どうするのだろう。


「……んん」


 最高に気まずいのでは。

 私は顔を洗って髪を整え、軽く筋を伸ばす体操をして場を持たせた。
 いい頃合いと察したのか、ベルノルトが本を閉じる。


「ペトラ」

「なに?」

「君に浮いた話はないのか?」

「ないわよ」

「そうか」


 立ち上がったベルノルトのほうを向いて、身形を確認してもらう。
 一応、背中も。
 髪も払ってみる。

 ベルノルトはじっと見ていた。
 昔から服装には煩いから、あとで小言を言われないように先手を打っただけだ。他意はない。

 そのとき汽車が揺れて、体が傾いだ。普段ならそんな事ないのに、寝起きだったのと変に緊張していたせいで私はバランスを崩した。


「!」


 ベルノルトに抱きしめられた。
 それはもう、普通に。自然に。スマートに。

 顔がボッと熱くなる。


「靴が合ってないんじゃないか?」

「いえ。寝惚けて」

「昨夜、寝てないだろ」

「いえっ、寝たわ!」

「歯軋りが聞こえなかった。君は、起きていた。俺になにかされると思った?」


 耳元に囁かれ、頭が真っ白になった。
 自分の心臓の音が聞こえる。


「昨夜、言い忘れた事がある。シルヴィアは君のためだけにやったんじゃない。俺の心を見抜いていた。子供の頃から。ペトラ」

「……!」


 どうせなら抱きしめていてもらいたい。
 今、顔を見られたらまずい。

 でもベルノルトは腕を緩め、私を薄く微笑んで見おろした。


「所詮、親の決めた結婚だ。でも、親の言う事なんて聞かないだろ?」

「……ベル」


 唇が重なった。
 ベルノルトと、キス、していた。
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