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5 沈黙の砦
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便宜上の夫であるランデル公爵は、私に恋をしてもいいと言った。
兄がランデル公爵のもとで様々な学びをする傍ら、空いた時間には連れ出してくれたけれど、様々な理由から恋に消極的にならざるを得なかった。
まず、隣に兄が張り付いている。
私も兄に張り付いている。
それに、社会的に妻という立場になった直後だから、気が引ける。
ランデル公爵を裏切る事になるわけではないとわかっているけれど、駄目だ。
なにより、男性の愛は恐い。
父と兄とランデル公爵以外の男性がみんなフィリップ卿に見える瞬間がある。兄はすぐに人前から連れ出してくれるけれど、心臓がおかしな鼓動で暴れ、汗が噴き出し、眩暈がする。
恋なんて、とても無理だ。
父は母を愛していた。
それは信じている。信じられる。
でも、母はもういないから。
傍に、いないから。
恐くないと、思う事が、できない。
「無理に連れ出して悪かった、ルート。静養が必要なのかもしれないな」
「ごめんなさい、お兄様」
「謝るな。なにも悪くないんだから」
そんな状態を心配して、ランデル公爵はある晴れた日の午後、私と兄をピクニックに誘ってくれた。
青い空の下で寛いで過ごす時間は、とても心地よく、安心を与えてくれる。草の匂いを嗅ぎながら、鳥の声を聞いて、遠くまで、遠くまで眺める。そうしていても恐れている人物の影はなく、私の隣には兄と夫がいる。閉じ籠っているより、人混みで享楽を探すより、ずっと、ずっと安らげた。
「寝転んでみたまえ」
「……」
あまりに心地よくて、返事が遅れた。
呆然と見つめてしまった私に、夫であるランデル公爵は穏やかな微笑みを注いだ。
促されている。
兄と夫の間でごろんと寝転び、空を見あげた。
「──」
ふしぎだった。
心が解放されて、体が軽くなった。
空に包まれている。
私はとても、美しい世界に生きているのだ。
「……」
あの綺麗な空の向こうに、母が微笑んでいるような気がした。
目を閉じる。
「眠ってもいい。私とシャーリーがいる」
「……」
眠くはない。
でも、少しの時間だけ、この安らぎに漂っていたい。
兄は私が眠ったと思ったのか、そっと頭を撫でてくれた。
その手つきが懐かしいような、知らないような、ふしぎだけれどあたたかくて、嬉しかった。
終わった。
私はもう、本当に、安全なのだ。
ランデル公爵には感謝してもしきれない。
なにか恩返しができたらいいけれど……そんな事を望んではいないだろうという事くらい、私にも理解できた。跡継ぎを産むくらい、頑張れる気がした。
兄がランデル公爵のもとで様々な学びをする傍ら、空いた時間には連れ出してくれたけれど、様々な理由から恋に消極的にならざるを得なかった。
まず、隣に兄が張り付いている。
私も兄に張り付いている。
それに、社会的に妻という立場になった直後だから、気が引ける。
ランデル公爵を裏切る事になるわけではないとわかっているけれど、駄目だ。
なにより、男性の愛は恐い。
父と兄とランデル公爵以外の男性がみんなフィリップ卿に見える瞬間がある。兄はすぐに人前から連れ出してくれるけれど、心臓がおかしな鼓動で暴れ、汗が噴き出し、眩暈がする。
恋なんて、とても無理だ。
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青い空の下で寛いで過ごす時間は、とても心地よく、安心を与えてくれる。草の匂いを嗅ぎながら、鳥の声を聞いて、遠くまで、遠くまで眺める。そうしていても恐れている人物の影はなく、私の隣には兄と夫がいる。閉じ籠っているより、人混みで享楽を探すより、ずっと、ずっと安らげた。
「寝転んでみたまえ」
「……」
あまりに心地よくて、返事が遅れた。
呆然と見つめてしまった私に、夫であるランデル公爵は穏やかな微笑みを注いだ。
促されている。
兄と夫の間でごろんと寝転び、空を見あげた。
「──」
ふしぎだった。
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「……」
あの綺麗な空の向こうに、母が微笑んでいるような気がした。
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