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「あ、ミーチャ。ミーチャ~」

 手をふっている。長谷が気づくのは、視線のほんの2割くらい。彼女は義理の姉とあってマクシモーヴィッチのことを愛称で呼んでいた。これは今、徐々に広がりつつある。だれも彼女を悪く言わないのが不思議だった。けれど納得もした。彼女には実力と華にくわえ、愛嬌がある。思わず笑ってしまうような、せっかちでドジなところもあった。とても憎めない。

 まりたんなんて、初めて呼ばれた。

「古賀ちゃんは、ドンピシャリだよね」

 日高が笑いながら言う。

「……え?」

 髪を整え、集中しているふりをした。

「長谷さんの好み」
「……すみません。なんですか?」
「年下で、しっかりしてて、小柄で、可愛い」
「まぁ~りたぁ~ん♪」
「きゃっ!」

 足にからみつき、ほお擦り。いっきに汗が湧き出て、すぐに冷えた。
 なにこの人。よっぱらい?

「あー……こうなる気はしてたんだよね」

 日高が疲れた笑いを浮かべている。 
 ちょうど音楽が途切れ、雲田の声が届いた。

「3人とも同い年なんで、部活みたいで楽しいですよ。俺、老け顔なんで」
「私いっこ若いもーん」
「人妻だけどね」

 仲がいいのはいいけれど、私の足を離してほしい。

「結婚してもー。あたいは女の子が大好きぃ~♪」

 ぎゅっ、とふくらはぎがしめつけられ、生温かさが増していく。いらいらするけれど、とても楽しい。
 でもだめ。仕事なんだから。流されては、だめ。
 
 そうは思っているのだけれど……。 

 お弁当タイムになると、私はバナナのパウンドケーキを長谷の前に置いた。日高の隣で彼女は白身魚のフライを半分口から出したまま、大きな目を爛々とさせて私を見つめた。寛いだ長谷はすでにアイメイクを辞めて、そのために若く見える。童顔なのね。

「おぉ~? 古賀ちゃん、できるんじゃん」
「なんだか……触発されました」

 パウンドケーキを日高の前にも置いて、肩をすくめた。彼も甘党だ。ここは甘党ばかりいる。私は隣に座る雲田にも一応のお伺いをたてる。雲田はいかにも甘いものは嫌いに見え、実際、マクシモーヴィッチの差し入れに手を出したことは今のところ一度もない。気持ちだけ、と雲田は軽やかに言った。

「ああ、家庭の味だ」

 日高が喜んでくれてとても嬉しい。

「まりたーん、いただきまーす。大好きっ」
「長谷さんはお菓子とか作られます?」
「うー、ふぁんふぇんほか」

 一気に半分口に含みながら言うので、わからないし、ケーキがぽろぽろとこぼれた。日高がすかさず長谷の食べこぼしをティッシュで拾って笑う。彼女はぺこぺこと頭を下げた。

「あ、……すんませ」
「落ち着きなさいよ」
「いや、無理っす。デレたまりたんに鼻血出そうっす」
「うちの子こんなで、ごめんなさい」

 すでに保護者目線の日高が申し訳なさそうに半笑いで頭を下げる。そしてわずかに顎をあげ、少し意地悪な目で長谷を促した。

「で、なんだって?」
「寒天とかは、夏に作ります」
「あ、そうなんだ。あれってあんこで羊羹になるの?」

 とんちんかんな事を言っている。雲田が会話に加わり、長谷があどけない表情で大笑いする。とても和やかな、和気藹々とした時間が心地よい。雲田はよく長谷を揶揄った。がやがやと煩い二人の掛け合いの最中、ふいに日高が親密な眼差しを向けてくる。

「ありがとね。美味しい」

 この笑顔にクラッとした時代もあった。いまは慣れて、ただ感心するだけ。それに、彼を色男にする責任が私にはある。これは仕事で、誇りを忘れた日はない。

 私もパウンドケーキを食べた。たったひとつ作れる焼き菓子だ。今はただ混ぜてレンジに入れるだけなんて便利なものが売られているけれど、やっぱり馴染んだ味はおいしい。
 雲田の分に見せかけて、ひとつ、残っている。

「まりたん、野菜食べないよね。もらっていい?」

 頷くと、長谷の箸がのびてきて私の残した野菜をつまんだ。生ものは受け付けない。

「好き嫌いするからチビッこいんだよ」

 雲田はキャストではない私にも気さくに接してくれる。日高の傍にはりついているため白い目で見られると覚悟していたけれど、そんなことはなかった。3人は同学年で私だけ3つ下というのもあり、少しずつ、構われている。日高がいる手前かもしれないけれど、ダンサーの人たちも優しかった。

 ところで、ダンサーの女の子に囲まれてマクシモーヴィッチは今日も幸せそうだ。
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