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 マクシモーヴィッチは箸が使えないからと、毎日、ケータリングのお弁当を誰かに食べさせてもらっている。スプーンでもフォークでも、なんでもあるのに。3歳児じゃあるまいし。

「ディーノまりたんのケーキいらない? アグたんもらっていい?」

 ここにも、中身が幼児のひとがいる。
 私は雲田が要らないといったパウンドケーキの残りを長谷のほうへ押した。彼女なら喜んで食べてくれる。それがいちばん、うれしくて、正しいこと。

 けれど。
 顔の脇を降りてきた腕が、長谷の手をそっとおさえる。

「すばーる~◎△$♪×¥○&%#」
「にぇっと」

 彼女の発音が正しいのかはさておき、一応、反抗したようだ。私は彼が左側に立ったせいで急に熱くなって、息が苦しくなる。肩をすぼめた。彼の顔を見あげる勇気はなくて、じろじろと腕ばかり見ていた。雲田は隣で頬杖をついて、渋い声をもらした。

「太るって?」
「2個はずるいって。ふんっ、ハーレム帰れ」
「はんぶんこしなさいよ」

 大人気ない長谷に、日高が溜め息をついて肩を落とす。しょげたままマクシモーヴィッチを見あげ、更に溜め息。その目は、助けを求めるように雲田へ向いた。雲田は手をひらひらとさせてから、容器を片付け始める。

「すばる。ぼくも、ぼくも」
「!」

 拙い日本語を聞いて、肩が跳ねた。

 やだ。
 どうしよう。可愛い。

「だからはんぶんこなさいって」
「ミーチャ、ミーチャ。ぱびーにゃ」
「…………パラヴィーナ?」
「だー」

 納得したのか、彼の手が離れた。長谷はしかたないといった様子で、なぜか澄まし顔で鼻歌を歌いながら型紙をはがす。指から指へ渡るのを見送るのが、私の悪あがき。

「お口に合うかわからないけど……」
「ぜったい好きだよ。子ども舌だもん」
「スパスィーバ」

 本当の姉弟のように、ふたりは同じタイミングで食べ始め、嬉しそうに目を合わせた。

「フクースナァ」
「おいひいって」

 長谷がにっこりと訳してくれる。口の端をよごして、本当に子どもみたい。

「よかった」

 私も笑った。彼女がいると、気が楽だった。

 と、彼が、私の横にぴったりとしゃがんだ。立ったまま食べることに抵抗を感じたのか、それでもお行儀は悪い。
広く逞しい肩に、美しい首筋。見惚れてしまわないようにわざと顔をしかめ、見おろした。肘が、椅子に座っている私の腿に当たった。それを合図に、彼が私を無邪気に仰いだ。

「まりえー。フクースナァ」
「まりたん、美味しい」
 
 長谷の通訳に雲田がいやらしく笑った。

「“まりたん、美味しい”」
「やめてください」

 変な揶揄い方をされては困る。雲田に釘を刺して気をそらしていた。すると、あっという間に食べ終え手を払った彼が、私の背もたれを掴み、腿に頬を乗せてきた。

「きゃっ! ちょっと……」
「スパスィーバ。まりたん、おいしい」
「違うでしょ……」
「ミーラヤ」
「……」

 どうしたらいいの。
 頼りの長谷は助けてくれない。

 あたかな体温があまりにも近くて、私は膝をすりあわせた。

 突然、日高と雲田が立ち上がった。ふたりは私からマクシモーヴィッチを引き剥がし、腕をつかむと無言で引きずって部屋を出て行った。何事もなかったように長谷が片づけを始める。テーブルにいた4人分をどんどん袋に入れるので、私も参加した。

「急に、どうしたんでしょう」

 急に、あんなに近くへ、来るなんて。

「やきもちじゃん?」

 さっぱりと言われ、返せなくなる。私の気持ちに、気づくだろうか。

「まりたんさぁ、お弁当とかつくる?」
「え?」

 容器を長谷の持つ袋にいれ、顔をあげる。目が合うと、彼女はほがらかに笑った。

「ここの弁当湿ってるじゃん。今度、みんなでおかず持ち寄ってバリッと奮起しようって話してて。まりたんもよかったらさ、なんか作ってきてよ」

 みんなで、のところでさっとダンサーの女子に目を投げた彼女は、テーブルに胸を乗せて私の腕をつかんだ。そのまま、撫で擦られ、やっぱりほお擦りされる。

「もっと餌付けされたぁーい」
「……」

 暑苦しい。嫌じゃ、ないけど。
 あと、既婚者でよかった。同性だけれど、冗談ではすまない空気がある。

 マクシモーヴィッチを連れ出した二人は、戻ってくるなり私たちを見て溜め息をついた。
 気持ちは、わからなくもない。
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