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055 Дмитрий
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知り合いだと認めて、周りの視線も和らぐ。
「買い物?」
「ナニ?」
「またいっぱい洋服買うの?」
初めて会ったときもまりえは大量に紙袋をさげていた。僕はブーツを拾った。今になってみれば、まりえは、一生分のお洒落を先払いしてるのがわかる。彼女は病気だ。長くないと知ってる。もちろん、僕がまりえの病気を知っているのは秘密だ。だから僕は、悲しい気持ちを隠さなきゃいけない。
「エエト、ワカラナイケド」
「可愛いよ」
腿から下が銀色のポールになっているトルソーは、北極みたいな縞柄だ。まりえに青は似合わない。店内を見渡すと、レジの女性と目があった。僕が外国人のせいで驚いてぱちっと瞼を開いたが、笑ってみたら彼女もにっこりしてくれた。
まりえの手をひいて中に入る。まりえは、少し戸惑っているようだった。
他の男がどうか知らないが、僕は女の子の服を見るのが好きだ。衣装を一緒に選んだりするし、女の子は買い物が好きだから喜んでくれる。ときどき、買ってあげすぎて変な関係になるが、まりえとなら心配ない。まりえは大切なひとだ。僕だって、その気になれば軽はずみな行動くらい慎める。
「これがいいよ。形も同じだし」
濃い橙色のワンピースをポールから取る。手触りも、とろりとしていて優しい。裾に手をさし込むと、まりえが驚いて声をあげた。
「エッ」
「ちゃんと裏地もある。透けないよ」
捲って黒い布を見せる。
「アア、ウラジ。ヨカッタ。ソレハ、ソウネ。アンシンネ」
「ネー」
まりえはよく語尾にネをつける。何か肯定の意味がある感動詞なんだろう。顔をのぞきこみながらネーを言うと、わりと頷いてくれるから間違いない。
「値段は……」
値札を左袖からつまみあげ、店頭のトルソーを覗くようにしてふり返る。添えられた案内図によれば、下に着る何かと組み合わせたほうが得らしい。そうそう、女の子はセットが大好きだ。
まりえが何か独り言を洩らしていると、店員の女性が近寄ってきた。僕は笑顔で迎えた。持っていた服をまりえの身体にあわせながら、彼女に目で問いかけてみる。ふたりは僕のわからない言葉で軽快に話し始めた。まりえの手が、また別の色を取り出す。芥子色だ。
「それも似合うよ。どっちにするの? どっちもいいよ」
僕は店の女性と協力してまりえを鏡の前まで連れて行った。はじめは困った顔で笑っていたが、実際に服を合わせて鏡を覗くと目が変わった。まりえは僕を見あげて少し考えたあと、てのひらを向けて真剣な表情で店の奥に向かっていった。
「マッテテ。キチャダメヨ。カエッテモイイケド」
僕は笑顔で見送った。
試着室のカーテンが閉まった瞬間、僕は動いた。片手で財布を取り出しカードの準備を整えながら、さっきから気になっていたコサージュを指差す。青みがかった深い緑色の葉に、小さな黄色い花が三つついている。分厚いフェルトで、少し上品なデザインがまりえによく似合うと思った。僕は今ぜんぜん軽はずみなんかじゃない。女の子には、いつお花をあげてもいい決まりだ。
今は一応冬だし、まりえは僕の意見を求めないだろう。だから、脱いで、2着を着比べて、元の服に戻って出てくる。でも、美容に関しては決断力があるだろうだから長くは悩まないはずだ。短くて3分半前後、長くても5分半で出てくる。たぶん。
店員は僕の味方だった。カードを見せて人差し指を立てると、ひとりがレジの処理をして、駆けつけた別の店員が包装をしてくれる。隠して持ち歩きたいことを身振りで示すと、コサージュを保護した後に小さな桃色の袋に入れて可愛いシールを貼り、透明の薄い袋に入れてくれた。完璧だった。袋は柔らかくて、音も立たない。袋をコートの内胸にしまった。店内をぶらつく。
まりえが出てきた。僕を見て、無言で頷く。
「ソコニイテ」
指差しで何か言った。僕は笑顔で待った。店員がもう一枚下に着るものを用意する。やっぱりセットで買うみたいだ。それがいい。会計をすませ、まりえが僕の横に並んだ。ポールには芥子色のワンピースが戻った。
「買い物?」
「ナニ?」
「またいっぱい洋服買うの?」
初めて会ったときもまりえは大量に紙袋をさげていた。僕はブーツを拾った。今になってみれば、まりえは、一生分のお洒落を先払いしてるのがわかる。彼女は病気だ。長くないと知ってる。もちろん、僕がまりえの病気を知っているのは秘密だ。だから僕は、悲しい気持ちを隠さなきゃいけない。
「エエト、ワカラナイケド」
「可愛いよ」
腿から下が銀色のポールになっているトルソーは、北極みたいな縞柄だ。まりえに青は似合わない。店内を見渡すと、レジの女性と目があった。僕が外国人のせいで驚いてぱちっと瞼を開いたが、笑ってみたら彼女もにっこりしてくれた。
まりえの手をひいて中に入る。まりえは、少し戸惑っているようだった。
他の男がどうか知らないが、僕は女の子の服を見るのが好きだ。衣装を一緒に選んだりするし、女の子は買い物が好きだから喜んでくれる。ときどき、買ってあげすぎて変な関係になるが、まりえとなら心配ない。まりえは大切なひとだ。僕だって、その気になれば軽はずみな行動くらい慎める。
「これがいいよ。形も同じだし」
濃い橙色のワンピースをポールから取る。手触りも、とろりとしていて優しい。裾に手をさし込むと、まりえが驚いて声をあげた。
「エッ」
「ちゃんと裏地もある。透けないよ」
捲って黒い布を見せる。
「アア、ウラジ。ヨカッタ。ソレハ、ソウネ。アンシンネ」
「ネー」
まりえはよく語尾にネをつける。何か肯定の意味がある感動詞なんだろう。顔をのぞきこみながらネーを言うと、わりと頷いてくれるから間違いない。
「値段は……」
値札を左袖からつまみあげ、店頭のトルソーを覗くようにしてふり返る。添えられた案内図によれば、下に着る何かと組み合わせたほうが得らしい。そうそう、女の子はセットが大好きだ。
まりえが何か独り言を洩らしていると、店員の女性が近寄ってきた。僕は笑顔で迎えた。持っていた服をまりえの身体にあわせながら、彼女に目で問いかけてみる。ふたりは僕のわからない言葉で軽快に話し始めた。まりえの手が、また別の色を取り出す。芥子色だ。
「それも似合うよ。どっちにするの? どっちもいいよ」
僕は店の女性と協力してまりえを鏡の前まで連れて行った。はじめは困った顔で笑っていたが、実際に服を合わせて鏡を覗くと目が変わった。まりえは僕を見あげて少し考えたあと、てのひらを向けて真剣な表情で店の奥に向かっていった。
「マッテテ。キチャダメヨ。カエッテモイイケド」
僕は笑顔で見送った。
試着室のカーテンが閉まった瞬間、僕は動いた。片手で財布を取り出しカードの準備を整えながら、さっきから気になっていたコサージュを指差す。青みがかった深い緑色の葉に、小さな黄色い花が三つついている。分厚いフェルトで、少し上品なデザインがまりえによく似合うと思った。僕は今ぜんぜん軽はずみなんかじゃない。女の子には、いつお花をあげてもいい決まりだ。
今は一応冬だし、まりえは僕の意見を求めないだろう。だから、脱いで、2着を着比べて、元の服に戻って出てくる。でも、美容に関しては決断力があるだろうだから長くは悩まないはずだ。短くて3分半前後、長くても5分半で出てくる。たぶん。
店員は僕の味方だった。カードを見せて人差し指を立てると、ひとりがレジの処理をして、駆けつけた別の店員が包装をしてくれる。隠して持ち歩きたいことを身振りで示すと、コサージュを保護した後に小さな桃色の袋に入れて可愛いシールを貼り、透明の薄い袋に入れてくれた。完璧だった。袋は柔らかくて、音も立たない。袋をコートの内胸にしまった。店内をぶらつく。
まりえが出てきた。僕を見て、無言で頷く。
「ソコニイテ」
指差しで何か言った。僕は笑顔で待った。店員がもう一枚下に着るものを用意する。やっぱりセットで買うみたいだ。それがいい。会計をすませ、まりえが僕の横に並んだ。ポールには芥子色のワンピースが戻った。
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