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065 Дмитрий

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「ちょっとミーチャ!」

 奥で妹が怒鳴った。

「なんにもないじゃない! 彼女にお茶も淹れられない。どういうこと!?」
「もうすぐ、荷物が届くんだ。心配ないよ」
「いま寒いの!」

 入り際に妹が用意してくれたらいいスリッパを履いて、まりえが立ちあがる。

「仲良しね」
「オーリャはえばりんぼなんだ」
「やだ。私、名前も言ってない」

 口をおさえるまりえを横目に、僕は靴を脱いだ。この文化が本当に気持ち悪い。でも、これからこの国で暮らしていくなら受け入れるべきだろう。僕はまりえを守る。彼女は病気だ。あちこちの国を連れて回れない。僕は、こうして家もあるし、ラーチカとオーリャとすばるもいる。僕は偶然、2度、まりえを助けた。これはもう運命だ。
 まりえの手をとり、くちづける。

「……」

 肩をすくめ、僕を見あげるまりえが可愛い。

 結局、義弟が下におりて飲み物を買ってきた。僕はじっと待った。ラーチカが来て緊急事態の内容を聞いたら、すぐに追い返そう。僕がいま守りたいのは、まりえだけだ。
 テーブルを囲んで暖房の効くのを待ちながら、まりえはオーリャと話していた。オーリャが質問し、まりえが答えている。義弟はなぜか、重い眼差しを僕に投げた。とりあえずオーリャも義弟も取り乱した様子がまるでないから、誰かが負傷したとかいう話じゃないはずだ。

 だが、僕の勘は外れた。
 ラーチカは大荷物でやって来た。運送業者を装った兄の元部下とばったり会い、僕の荷物を運ぶのを手伝ったからだ。あの男を稽古場で見てまさかと思ったが、うまく日本人に化けている。セルゲイも気づいた様子はない。
 すばるの顔を見ると、まりえの緊張がとけた。すばるを輪に加え雰囲気が和むのと比例して、義弟が僕を立たせ壁際まで引きずり、兄と結託して僕を挟んだ。尋問か、よくて説教の雰囲気だ。薄々感づかれているのはわかっていたが、さっきオーリャに目を見られた。決定的だ。いよいよ言い訳がきなかい。
 イーダも、これで言い逃れはできない。

「彼女を愛しているのか?」

 ラーチカが出し抜けに僕を責めた。そっちか。僕は笑った。

「そんなんじゃないよ」
「なに?」
 兄は誤解して声を絞った。先に変な聞き方をしたのが悪い。でも、相手もよくなかった。兄は愛の信奉者だ。言い直そう。

「僕は、崇めてるんだ」

 兄の憤りが、引いた。

「彼女は、朝陽だ。僕にとって、たったひとつの、きれいな朝陽なんだ」
「それが愛だ、ミーチャ」
「違うよ、聞いてた? 崇拝してる。まりえはきらきらしてる。彼女のすべてが僕をやさしく清めてくれる。安らぎに満たされるんだ。祈るみたいに。だから僕は愛したりしない。誰も彼もがお兄様みたいに正しく愛せるわけじゃない」

 ラーチカは僕を見つめ、短く頷いた。

「そうか。では、お前に任せていいんだな?」
「まりえを? もちろんだよ、僕が守る」
「わかった。だが、伝えておくべき事がある。聞きなさい」
「言ったら帰る?」
「そうなるだろう」

 兄から一切の感情が消えた。僕とは違う、濃い紫色の瞳が冷酷に光る。姉と同じ瞳だ。姉はいつも哂う。身が竦んだ。兄は哂わない。だがいつか、僕の罪を知ったら、姉のように翳る嘲笑で蔑むようになる。
 悲惨な事実を告げられることは覚悟していた。
 ただ、打ちのめされる覚悟を、していなかった。
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