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 大きな窓から都会を見おろす。高いところも、夜景も、興味はない。寄り添い立つ彼のぬくもりに、酔い痴れている。彼は思いつめた表情で私に目を落としていた。窓に映る私たちはあまりに体格が違いすぎて笑ってしまうほどだ。とてもお似合いとは言えない。
 彼が頼んだ料理がテーブルに並んでいた。コンドミニアムのどこかの階にレストランがあるのかもしれない。ただ、どちらも手をつけていないまま、冷め始めている。

「まりえ」

 また壊れ物のように、そっと腕を撫でおろされた。

「君に、謝らないといけないことがある」

 なにかしら。家に呼んだけど特別な感情はないとか、そういうことなら心配いらない。いちばん気がかりなのは、時計の針が深夜1時を回ろうとしていることだった。明日も仕事なのに。どうなるのだろう。
 けれど彼は、私の身体を自分の方に向け、肩にかかる髪を四本の指で掬い、親指で撫でた。こよりを揉むような振動がくすぐったい。でも笑えない。彼は悲しい目をしている。様子がおかしい。

「どうしたの? 言って」

 私は平気だと笑顔で伝える。彼は長く迷った末に、大きく息をふるわせた。赤褐色だったはずの瞳が、いまは鈍い金色に輝いている。けれど彼本来の強い輝きではなかった。不安なのだ。やがて彼は言った。

「君が、熱を出して倒れた晩。みんなで嘘をついた」

 ほんの2、3日前の話だった。私と彼の話ではないとわかり、すこしがっかりした。
 けれど彼は私の両手をあわせて握り、泣きそうに眉を寄せた。低く掠れる声が、ぽつぽつと迷いながら言葉を繋いでいく。

「僕は、見たんだ。君が、殴られていた」

 息を、止めた。
 あれは夢ではなかったの? 夢にしてははっきりと覚えているし、おかしいと思ってはいた。でも、現実だとしてもおかしいのだ。私は傷一つなかったし、体調もいい。よすぎるくらいだ。
 彼が続けた。

「僕は、君を運んだ。君の薬を調べて、病気も調べた。君を、助けたかった。違法な治療を、君にしたんだ。そのせいで君は、僕と同じ病気になった。僕は君を」

 哀しい瞳が私をとらえ、凍りついた。時を止めた、古代の彫刻を見あげているような気分。私は口角をあげながら、間違いなく混乱していた。違法な治療という言葉がとてつもない衝撃となり、ゆさぶりをかけてくる。でも、納得もした。断片的な記憶はあまりにも非現実的で、だからこそ夢であると信じていたけれど。たとえば、彼のキスや、彼の涙。長谷の涙声も、覚えている。

 それを現実と認めるなら、私には、もうひとつ考えるべき重大な事実がある。彼の言う、新しい病気だ。まっさきにエイズを懸念したけれど、彼と同じ病気であるというのがひっかかった。両手をがっしりと握りこまれ、私からふれることはできない。

「ミーチャ」

 囁くと、びくんとふるえ、彼は息を吸った。泣き出す前の子どものように。すっと迷いが消え去り、私は微笑んでいた。

「助けてくれたのね。ありがとう」

 彼は泣かなかった。けれど、悲嘆に歪む表情は涙を忘れてしまっただけのようで、見ていて胸が痛んだ。どう言葉をつなげるべきか迷い、責める気持ちがないことをわかってもらえるよう、不安げな瞳を見つめる。笑顔を保つのは、嘘になる。今は、平気なふりをしてはだめ。
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