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「僕だよ……愚かな僕だ。君の夫だ。捨てないで」

「ねえ、話聞いてた? 離婚する気はない。でも心ではもう夫婦じゃないの。わかる? 私たちは愛しあわない。今までも、これからも。おやすみなさい」


 傷ついた顔で息を呑むリオンを置いて、自室に向かった。


「僕は愛してる。過ちは犯したけど、愛しているんだ。愛してる」


 そんな事は知らない。
 それに彼の言う言葉は信用できない。

 彼は、私に微笑んだ。
 私を愛していると言った。
 そして私にキスをして、私を抱いた。

 何度も。
 何度も。

 嘘つきだ。


「負けないわ。愛なんてなくても生きていける。そうよねゾーイ」


 そして私たちの結婚生活は続いた。

 リオンはよき父だった。そして情に厚い領主でもあった。
 私もよき母だった。節度を持って公共の場で仲のよい夫婦を装い続けた。

 彼は何度も〝愛〟という言葉を使った。
 それは声に出したり、文字にしたり、花や宝石、お祝いの会、いろいろだ。

 ある時、私は言った。
 クリストファーが寄宿学校に入って、家の中で繕う必要がなくなったから。


「私は愛が何かわからない。ただあなたには感謝しています。理由なく人を陥れる人ではないし、私も善良な公爵夫人です。あなたに対して、もう心配していません」

「そうか。少し寂しいな」

「寂しい?」


 長いテーブルを挟んで、久しぶりに夫の表情を伺う。
 思えば老けた。私も同じだ。


「なんだか、もう僕には興味がないと言われた気分だよ」

「そうよ」

「そうだね。だけど、僕は以前よりも君を愛してる」

「そう」


 リオンがフォークを置いた。


「君が僕に与えてくれた人生は、素晴らしいものだ。君が望むものを与えてあげられなかったのが、悔やまれる。僕のせいだがね」

「クリストファーがいる」

「ああ。クリストファーは僕たちの宝だ」

「そうね」

「君も。世界中のどんな宝石でも君には敵わない。君の全てを愛している」

「私から何が欲しいの? もう何も出ないわよ」

「いつも君がここにいてくれる」

「私の家だから」

「ああ。僕は幸せだ」


 会話の意図が掴めなかったけれど、それほど不快ではない。
 

「君が幸せにしてくれた。君を幸せにしたい。君は、今、何を望んでいる?」

「クリストファーの成長。立派に爵位を継いでくれる事」

「わかった」


 結婚生活は愛あるものであるべきだった。
 だから私には、本当にほしかったものが、どういう生活だったのか、それを説明する事はできない。ただ私は認めざるを得なかった。

 夫は愛という嘘を吐いた。
 そして、私との約束を全て守った。生涯を通して。
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