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2 ブチギレのエミリー

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「お前はなにを考えているんだ。伯爵が優しいのをいい事に、目の前で扉を閉めて追い返すなんて、身の程を弁えなさい」

「お父様こそ立場がわかっていないんじゃなくて?」

「なに?」


 父は大柄で逞しく、若い頃には軍功も上げた猛者だ。
 でも、私の恐ろしさをよく知っているので、ぎくりとしている。


「9才からずっとチェンバーズ伯爵の婚約者として周知されてきたのよ。それを今になってポイッと野に放たれても、手垢が層になってて誰も欲しがらないわ」

「そんな事はない。お前は美人だ。求婚はすぐ舞い込むさ」

「3ヶ月、1件もない」

「まだ3ヶ月じゃないか。それに伯爵は思い直してくれた。1件も来なくてむしろよかったんだ。万事解決だったんだ、お前が扉を閉めなければ!」

「アルフレッドとは終わったの! そして次はないのよ! いくら顔が綺麗に育ったって子供サイズなんだから寄ってくるのはロリコンよ!!」

「エミリー……」


 それを言っちゃあおしまいだ、という顔で、父がふらりと椅子に崩れ落ちた。母も小柄で美人で、巨乳だ。そして私も同じ道を辿りつつある。だから母と結婚した父が、母にそっくりな私を美人と思うのは当然だ。

 変態め。


「アルフレッドが勝手に身を引いたせいで、お父様は傷物の娘の庇護者になったのよ。穢されたわ。どう挽回するの? 私を売り込む? お父様やアルフレッドみたいに私を愛してる変態じゃなくて、ただの変態に? 地獄に落ちるわよ」


 コンコン。

 控えめに叩かれた扉を睨む。


「取り込み中よ!」


 ガチャリ。
 
 いいと言ってないのに、扉が開いて奴の半身がのそりと覗いた。


「……アルフレッド」

「チェンバーズ伯爵! どどっ、どうぞ」

「えっ!?」

「お入りください」

「えっ!?」


 父は慌てて扉まで掛けていき、室内にアルフレッドを招き入れてしまった。
 アルフレッドは神妙な顔で、それでいて悲しそうな仔犬みたいな目をして、しょぼくれた様子でズカズカと部屋の中央まで3歩で来た。だから脛を蹴ってやった。


「んっ」

「こら! エミリー! ななっ、なんてことをッ」

「いいんだ、マクベイン子爵。慣れてる」


 父に切ない笑顔を向けてから、アルフレッドが私に跪いた。
 それでも、私の鳩尾あたりには頭がくるのだから……まるで熊だ。

 胸の下で腕を組んで、精一杯ふんぞりかえって見下した。


「エミリー。本当にすまなかった。僕は臆病なんだ」

「いいえ。婚約したときも婚約を破棄したときも、とても大胆だったわ」

「ありが──」

「褒 め て な い わ よ !!」


 男ふたり、まるで吹雪でも浴びたように巨体をたなびかせる。


「いい大人がゴメンで済む事と済まない事の区別もつかないっての!? 何年婚約してたと思ってるのよ! ほとんど夫婦みたいなものよ! 勝手に身を引いて勝手に返ってきて、小波かっつの。そんな無責任で自己中な人だと思わなかったわ。見損なったし、もう嫌いよ! 帰って!!」

「エ」

「帰りなさいよッ!」

「エミリー、聞いてくれ。償いたいんだ」

「黙らないと眉毛抜くわよ」

「いいよ」

「喜ぶんじゃないわよッ! 変態っ!! ふんっ」


 もう一回、膝のお皿に蹴りを入れて、私は扉に突進した。


「くっ……!」

「帰らないならどうぞごゆっくり。私はもう1分1秒たりとも話したくないし顔も見たくないわ。なぜならもうあなたのものじゃないから。誰のものになるかもわからないけど。お父様次第ね。お父様にそんな根性があればの話だけどッ」

「待ちなさい、エミリー!」

「黒い毛から抜いて白い毛まで全部毟り取ってもいいなら、おふたりのお話を傍で黙って聞くけど。お父様、覚悟できた?」


 取手を掴んで笑顔で振り向くと、父は脂汗をかいていた。アルフレッドは高速瞬きで涙を散らしつつ、父を手で制した。


「愛してるよ。嫌われても」

「あっそう」


 簡単にやり直せると思って家にまで上がり込んでくるなんて、なんて傲慢なの。
 扉を閉めるのが駄目なら、開けていってやる。いくら家の扉を自由にできても、私の心の扉のこちら側には2度と入れてやらない。


「エミリー……っ」


 泣いても駄目。
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