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5 いくばくかの愛
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「ふんぬああぁぁっ!!」
「ぐはっ!」
変な中腰になるのは仕方ないけど、縛り付けられたついでに肘掛を掴んで立ち上がり、ぐるりと旋回してやった。
ロジャーに椅子がぶつかって、人形は宙を飛び人形の群に突っ込み、ロジャーは昏倒した。
「足も縛らなかったのは失敗だったわね、ぶぁーかッ!!」
椅子という荷物を背負ったまま、私も横向きに倒れる。
ロジャーのポケットに指先を突っ込み、目的のものを引っ張り出した。
鍵束だ。
「馬鹿にしてもらっては困るわよ。私は9才の頃からクマさんの面倒みてきたのよ。あと私を奥さんって呼んでいい変態はアルフレッド・オーダムだけよ! 覚えておきなさい!!」
「……」
ロジャーは昏倒している
私は頑張って立ち上がり、変な中腰であちこちにガタガタぶつかりながら地下室を出た。それからありったけの鍵を順にさしてロジャーを地下室に閉じ込める事に成功した。
「これで終わりじゃないわよ、ロジャー・ベッタニー」
聞いているかいないかは問題ではない。
決意の問題だ。
椅子を背負った中腰のままで階段を上るのは、立ち上がったりロジャーを殴ったりするよりずっと難しかった。バランスを崩して滑り落ちる際には顎と鼻を段数分ぶつけた。
婚約破棄されて体面だけじゃなく顔面も傷物だ。
全部。
全部!
あの、いくじなしの元婚約者のせいだ。
「許さないわ、アルフレッド・オーダム……あんたの鼻に噛みついてやるまで、私は、諦めない……!」
そんなこんなで地上階にあがると、なにかを運んでいたメイドと目があった。
「きゃああぁぁぁっ!!」
幽霊でも見たみたいに、持っているものを放り出して逃げていく。
「ちょっと! あんたのご主人様は変態よ!! 助けなさいよッ!!」
声の限りに叫んだのがよかったのか、メイドの悲鳴のおかげか。
すぐにベッタニー家の執事が掛けてきて、真っ青になって十字を切った。
「神様……」
「祈っても神様はきっとお怒りよ。さっさと解いて」
「はは、はいっ。エミリー様、わたっ、わたくしがすぐに……っ」
声が裏返っている初老の執事の脛でも蹴って鬱憤を晴らしたいけど、我慢した。
そして鼻血の味を感じながら、とんでもないことに思い至った。
執事は、ロジャーがどこかとか、なにがあったかとは聞かなかった。
「……」
初めてではないのだ。
「……チッ」
私、変態ホイホイだわ……
ここから無事に帰るためになにをするべきか頭を巡らしていると、騒ぎを聞きつけたのか狭い廊下にぞろぞろと複数の足音が近づいてきた。
そしてその先頭にいた人物に、私は思わず、目を奪われた。
「エミリー!」
「……」
最初、それはただ似ている人に見えたのだ。
アルフレッドはいつものように身形を整えていたし、髪型が違うわけでもなかった。ただ体から放たれる空気や、表情や視線がまるで別人のようだった。
「ああ、エミリー」
まごついていつまでも縄を解けない執事を脇に避け、アルフレッドが跪いた。
「すぐにとってあげるよ。もう心配いらない。大丈夫だよ、エミリー」
言いながらしっかりした手つきでアルフレッドはすんなりと縄を解いた。
ゴトンと椅子が鳴る。
私は中腰のまま呆然と宙を眺めていた。
なにより驚いたのは、私がアルフレッドの姿を見て、こんなに安心したという事だ。
顔にハンカチが当てられ、私は片手でそれを押さえ、立ち上がった大きなアルフレッドにしがみついた。アルフレッドは痛くないように私をすっぽり抱きしめると、乱れた髪を撫でて整えてくれた。
とんでもない目にあった。
忘れてはいけないのは、これも元はと言えば、アルフレッドのせいだという事。
でも椅子にさえ縛られていなければ、階段で滑って鼻血を出す事はなかったのだ。
腕の中で身をよじり、椅子を睨んだ。
「忌々しい椅子」
ガンッ!
「!」
私は驚いて飛び跳ねた。
私が悪態をついた瞬間、アルフレッドが椅子を蹴ったのだ。
なにがアルフレッドを別人に見せていたか、やっと理解した。
殺意だ。
「只では済まさない……」
「ア、アルフレッド」
首をかくんとやって仰向くと、静かな憎悪の炎に燃えるアルフレッドが初老の執事を睨んでいた。
「その人を怒っても仕方ないわよ。……悪くないとは言わないけど」
「これはどういう事ですかな」
「?」
知らない男性の声がした。
アルフレッドが連れて来た足音は、屋敷の人間ではなかった。警官だった。
「──」
その瞬間、私はやるべき事を悟った。
華奢で小柄な令嬢らしく、引き攣った泣き声を噛み殺し、痛々しく泣き始めた。もちろん上手にハンカチをずらし、可愛い顔にどんな酷い怪我をしたのか披露するのも忘れなかった。
「ぐはっ!」
変な中腰になるのは仕方ないけど、縛り付けられたついでに肘掛を掴んで立ち上がり、ぐるりと旋回してやった。
ロジャーに椅子がぶつかって、人形は宙を飛び人形の群に突っ込み、ロジャーは昏倒した。
「足も縛らなかったのは失敗だったわね、ぶぁーかッ!!」
椅子という荷物を背負ったまま、私も横向きに倒れる。
ロジャーのポケットに指先を突っ込み、目的のものを引っ張り出した。
鍵束だ。
「馬鹿にしてもらっては困るわよ。私は9才の頃からクマさんの面倒みてきたのよ。あと私を奥さんって呼んでいい変態はアルフレッド・オーダムだけよ! 覚えておきなさい!!」
「……」
ロジャーは昏倒している
私は頑張って立ち上がり、変な中腰であちこちにガタガタぶつかりながら地下室を出た。それからありったけの鍵を順にさしてロジャーを地下室に閉じ込める事に成功した。
「これで終わりじゃないわよ、ロジャー・ベッタニー」
聞いているかいないかは問題ではない。
決意の問題だ。
椅子を背負った中腰のままで階段を上るのは、立ち上がったりロジャーを殴ったりするよりずっと難しかった。バランスを崩して滑り落ちる際には顎と鼻を段数分ぶつけた。
婚約破棄されて体面だけじゃなく顔面も傷物だ。
全部。
全部!
あの、いくじなしの元婚約者のせいだ。
「許さないわ、アルフレッド・オーダム……あんたの鼻に噛みついてやるまで、私は、諦めない……!」
そんなこんなで地上階にあがると、なにかを運んでいたメイドと目があった。
「きゃああぁぁぁっ!!」
幽霊でも見たみたいに、持っているものを放り出して逃げていく。
「ちょっと! あんたのご主人様は変態よ!! 助けなさいよッ!!」
声の限りに叫んだのがよかったのか、メイドの悲鳴のおかげか。
すぐにベッタニー家の執事が掛けてきて、真っ青になって十字を切った。
「神様……」
「祈っても神様はきっとお怒りよ。さっさと解いて」
「はは、はいっ。エミリー様、わたっ、わたくしがすぐに……っ」
声が裏返っている初老の執事の脛でも蹴って鬱憤を晴らしたいけど、我慢した。
そして鼻血の味を感じながら、とんでもないことに思い至った。
執事は、ロジャーがどこかとか、なにがあったかとは聞かなかった。
「……」
初めてではないのだ。
「……チッ」
私、変態ホイホイだわ……
ここから無事に帰るためになにをするべきか頭を巡らしていると、騒ぎを聞きつけたのか狭い廊下にぞろぞろと複数の足音が近づいてきた。
そしてその先頭にいた人物に、私は思わず、目を奪われた。
「エミリー!」
「……」
最初、それはただ似ている人に見えたのだ。
アルフレッドはいつものように身形を整えていたし、髪型が違うわけでもなかった。ただ体から放たれる空気や、表情や視線がまるで別人のようだった。
「ああ、エミリー」
まごついていつまでも縄を解けない執事を脇に避け、アルフレッドが跪いた。
「すぐにとってあげるよ。もう心配いらない。大丈夫だよ、エミリー」
言いながらしっかりした手つきでアルフレッドはすんなりと縄を解いた。
ゴトンと椅子が鳴る。
私は中腰のまま呆然と宙を眺めていた。
なにより驚いたのは、私がアルフレッドの姿を見て、こんなに安心したという事だ。
顔にハンカチが当てられ、私は片手でそれを押さえ、立ち上がった大きなアルフレッドにしがみついた。アルフレッドは痛くないように私をすっぽり抱きしめると、乱れた髪を撫でて整えてくれた。
とんでもない目にあった。
忘れてはいけないのは、これも元はと言えば、アルフレッドのせいだという事。
でも椅子にさえ縛られていなければ、階段で滑って鼻血を出す事はなかったのだ。
腕の中で身をよじり、椅子を睨んだ。
「忌々しい椅子」
ガンッ!
「!」
私は驚いて飛び跳ねた。
私が悪態をついた瞬間、アルフレッドが椅子を蹴ったのだ。
なにがアルフレッドを別人に見せていたか、やっと理解した。
殺意だ。
「只では済まさない……」
「ア、アルフレッド」
首をかくんとやって仰向くと、静かな憎悪の炎に燃えるアルフレッドが初老の執事を睨んでいた。
「その人を怒っても仕方ないわよ。……悪くないとは言わないけど」
「これはどういう事ですかな」
「?」
知らない男性の声がした。
アルフレッドが連れて来た足音は、屋敷の人間ではなかった。警官だった。
「──」
その瞬間、私はやるべき事を悟った。
華奢で小柄な令嬢らしく、引き攣った泣き声を噛み殺し、痛々しく泣き始めた。もちろん上手にハンカチをずらし、可愛い顔にどんな酷い怪我をしたのか披露するのも忘れなかった。
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