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14 夫婦? なにかしらね

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「ああ! ったく、付き合ってられるかよ!!」

「え?」


 アレンが噴火した。
 伯爵とアイリーンがぽっかーんとしている。

 いや、私もだけど。
 
 デリックだけは次期国王の貫禄で、ひたとアレンを見つめていた。
 そしてアレンは誰の顔も見ずに、大股で部屋を出て行く。


「……」


 私、オスカルに乗ってきてるんだけど。


「イヴ! 帰るぞ!!」

「!」


 私はぴょんと立ち上がった。
 伯爵と王女は手を取り合って歓喜。


「か、帰るわ……!」

「ひょっひょっひょ♪」

「お大事にね、伯爵」

「いやぁ~、元気になるよっ!」

「イ! ヴ!」


 アレンが、声の感じ的に階段のほうから叫んでいる。


「かかかっ、帰るわ!」

「アレン真っ赤だったけど、今はイヴも真っ赤よ!」

「アイリーン、またね! デリックも!」

「ふたりで落馬しないように」


 コクコク。
 デリックと真顔で頷き合って、私は階段のほうへ走った。


「グズグズすんなよ!」

「お見舞いなんだから名残惜しいものでしょ!」

「ああ、あんたといれば元気になるからな! みんなイヴが好きだ!!」

「ああそう! あなたは!?」

「俺も好きだよ!!」

「──」

「黙るな!!」


 やだぁ~。
 私も元気になっちゃう。


「歩けよ」

「はぁーい」


 熱い頬をてのひらで挟んで、アレンと並んで歩く。
 いつもより小股になってしまうのは、なぜかしら。


「びっくりしたけど、深刻じゃなさそうでよかったわね」

「ああ」

「お祖父さん」

「ああ」

「牧場どうするの? 継ぐでしょう?」

「ああ」


 ふたりで階段をおりていく。


「え? どっちを?」

「牧場はあんたのだろ」

「本当は違うってわかったじゃない」

「じゃあいつかやめるのか?」

「死んだらね」

「長生きするだろ」

「たぶんね。っていうか、お祖父さんの腹違いの弟さんの牧場なんだから、厳密にはあなたの牧場じゃない」

「だから弟子入りして手伝ってるだろ」

「あのー……その場合、私の立場ってなんなの? 今日までなんだと思ってたのよ」

「トビー爺さんの隠し子の子供か、トビー爺さんの子供の隠し子」

「やだ。複雑じゃない」

「追放されたイヴリンよかずっと単純だ」

「嘘ついてごめんなさいね」

「ああ。事情が事情だし。大変だったな」

「まあね」


 なんて事を話しながら屋敷を出て、繋いでおいたオスカルの縄を解く。


「……」

「ねえ、アレン」

「あ?」

「オスカルが見てる」

「は?」

「ジロジロ見てるのよ」

「……ホルモンかな」


 なんなのよ。
 あ、同じ女として、目敏くなにかを感じ取られたって事?

 ……興奮?


「アレン」

「なんだよ」

「私、髪が長くないけど、それでもいい?」

「ああ。それでいい」


 オスカルを撫でて惜しげもなく愛を囁き、アレンが鐙に足をかける。
 若く逞しい男性の体が、若く美しい馬の体へ、ライドオン。


「……」


 麗しいわ。


「ほら」

「あ? え?」

「掴まれ」


 ひらり、と。
 アレンの補助を受けて、アレンに背中を預けて、オスカルに跨った。


「……」


 あたたかい。
 来るときまでは、なんでもなかったのに。

 アレンの体温が、息を止めるくらい、くすぐったい。


「腹減ったな」

「えっ」

「え? でも昼だぞ?」

「〝ええ〟って言おうとして、詰まっちゃったの」

「そわそわ乗るな。オスカルが嫌がる」

「ごめんなさいね」


 絶対に私よりオスカルのほうが好きよね、アレン。
 
 来たときとは違って、アレンはオスカルを早歩きくらいのかなりゆっくりした歩調で操った。そしてあれこれと他愛ない会話を続けた。
 体の脇からにゅっと出ている腕。
 後頭部から降り注ぎ続ける低い声。


「……」

「だろ?」

「そうね」


 うん、聞いてない。
 というか、耳に入るけど頭に入ってこない。


「ところで、イヴ」

「ええ」

「夫婦って、どうなんだ」

「え、どうって?」


 振り返るわけにはいかない。
 でも、アレンにどんな意図があるのか、わからない。


「一生、死んだ相手と一緒の場合もあるだろ」

「未亡人のままって事?」

「ああ。短くても、結婚してたんだろ」

「……そうね」


 アレンがどういう答えを期待していたのか、ただの世間話の延長なのか。
 世間話の延長と見せかけた、求婚の前振りなのか。

 私は遠くに目を投げた。
 まだ幼かった頃の、父のものだった頃の私は、もっとずっと遥か彼方。

 今回の追放で私を守ってくれたのは、亡き父ではなく、亡き夫だった。


「ここまで連れて来てくれたわ。あまり思い出はないけど、確かに今もバートンと生きてる。でも、正直、声を思い出そうとしても頭の中でパルガントン伯爵の声になっちゃうのよ。肖像画もなんだか見れなくて、顔……忘れそう。持ち出せなかったから、もうチャンスはないわ」

「取り返そうか」

「え?」


 アレンの声は、ずっと静かで、低く、優しかった。

 
「爵位を継げば、あんたのためにできる事が増える」

「……アレン」

「成功するとは限らないぞ。俺、人付き合い苦手だからな」


 瞬間、答えがわかった。
 私は自然と微笑んで、アレンの腕を掴んだ。


「いいわ。あなたがいる」
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