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10 絶縁と繋がる絆
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修道院に戻って、セリオ卿は祖母の元に直行した。
そして個室に誘い込み、私と手を繋いで、密やかに婚約を報告した。ほら、他のシスターを刺激するといけないから。
祖母は最高に厳めしい顔をして、重々しく
「ティア」
と私の名を唱えた。
正直、体が凍ったわ。
けれど次の瞬間、ほろりと目尻を押さえた。
「セリオ卿、孫娘をお願いします」
感動した。
セリオ卿も恭しく頭を下げる。
「シスター・ルース。お許し頂き感謝します」
「この子は私に似て強く逞しく頑丈で分別がありますから、それほどご迷惑はかけないと思います」
お祖母様……?
こういう時くらい、素直に感動させて???
セリオ卿は動じなかった。
「結婚して、夫婦でここを監督するんです。だから、ティアはシスター・ルースとずっと一緒ですよ。……わっ、僕シスター・ルースの親戚になるんですね。改めて考えてみると、凄いな」
そこで動じるのね。
気持ちはわかるわ。
「セリオ卿が義孫だなんて滅相もありません。私は神の僕です」
祖母が戻った。
「さて。そういう事でしたら、ここできっぱり決めておいたほうがいいでしょう」
祖母がいつもの調子で何かを宣言しそう。
私は二種類のドキドキを平べったい胸に抱えて、セリオ卿の手を強く握った。セリオ卿は安心させるように、少し力を込めて応えてくれた。
祖母の瞳の奥に、閃光が煌いた。
「あのクソ忌々しいフェンテス伯爵家、及び、アルバ伯爵家との縁を断つのです。ティアに問題がなくとも、あの両家が関わると必ず碌でもない事件が起きます。もう綺麗さっぱりと、今度こそ本気で、絶縁です」
「賛成です」
セリオ卿が即答した。
それから小さな私を見下ろして、真剣な表情でこう言った。
「でも、君の意見を尊重するよ」
「……」
私は驚いたし、嬉しかった。
なので本心で答えた。
「父はどうでもいいし、継母とは元から他人です。でも母はフェンテスの教会で眠っているし、ビビアナは……憎みきれなくて。もちろん倫理観はぶっ壊れていてどうしようもないけど、あの子は、私が死んでも愛してくれるって……」
言っていて、涙が出て来た。
異母妹だけどそれなりに仲良くやっていたし、どうしようもないアルバ伯爵のせいで絶縁なんて……とても割り切れない。
それに、醜聞を撒き散らした上、ここバルラガン修道院で問題を起こしたアルバ伯爵家のお先は割と真っ暗だ。異母妹もその煽りを喰らうと思うと、そこも割り切れない。
「実際、なぜか姉妹仲は悪くなかったようですね」
祖母が真面目に請合ってくれた。
「対象もマタドールに限定されているから、笑えはしますがなにかを危惧する必要はないですよね」
セリオ卿も祖母を後押ししてくれた。
「ですが」
祖母は甘くなかった。
「あの牝ぶ──女豹の血筋はしぶといですよ」
言い直したわね。
セリオ卿の前だから、さすがに言い直したわね、お祖母様。
「苦境に立たされても、きっと逞しく牛男と人生を謳歌し続けるでしょう。あなたが心配する事でもありません。ましてや、関りを持ち続けいざという時には手を差し伸べようなどというような事は罷り成らぬ愚行です。ティア」
「はい」
恐すぎ。
「同感です。ですが、姉妹には違いないんですから、表向きは絶縁して手紙をやりとりするくらいはいいでしょう。人情ですよ、シスター・ルース」
「セリオ卿……!」
ネタを渇望しているんでしょう。知ってるわ。
「セリオ卿がそう仰るなら」
「!?」
祖母が、折れた。
「僕が気をつけますし、今日の件についてはティアの異母妹ビビアナに直接の罪はありません」
種無しって貶したの、あの子だけどね。
セリオ卿は上品で美しいお顔と穏やかな物腰で、すべてを押し通せるようだわ。
「でも、御息女の件はどうします? 改葬もひとつの手段とは思いますが、もしそれを望んでいたならとっくにやったでしょう?」
確かに、そうだ。
私も何度か、母のお墓を祖母のいる修道院に移したらいいのにと思った事があった。
祖母は威厳たっぷりにこう返した。
「絶縁したからと言ってその領地に墓参りしてはいけないなどと、神は仰いません」
祖母は迫力ですべてを押し通せる。
「そもそも、娘は神の元で愛と幸せを抱いて眠りについたのです。私はこうして神に仕え、やがてあの子と同じ眠りにつきます。ティア、あなたがフェンテス伯爵と絶縁したからと言って、フェンテス伯爵領で眠る母親のもとで祈れないなんて事がありますか? あなたは、父親より高い地位につくのですよ?」
「あ」
そうだわ。
うっかりしてた。
「実の父であろうと『用があるのはアナタではなく母親だ、ひっこんでろ』と言ってやりなさい」
「そうします」
解決した。
この結婚と絶縁に、問題なんてひとつもないのだ。
そして個室に誘い込み、私と手を繋いで、密やかに婚約を報告した。ほら、他のシスターを刺激するといけないから。
祖母は最高に厳めしい顔をして、重々しく
「ティア」
と私の名を唱えた。
正直、体が凍ったわ。
けれど次の瞬間、ほろりと目尻を押さえた。
「セリオ卿、孫娘をお願いします」
感動した。
セリオ卿も恭しく頭を下げる。
「シスター・ルース。お許し頂き感謝します」
「この子は私に似て強く逞しく頑丈で分別がありますから、それほどご迷惑はかけないと思います」
お祖母様……?
こういう時くらい、素直に感動させて???
セリオ卿は動じなかった。
「結婚して、夫婦でここを監督するんです。だから、ティアはシスター・ルースとずっと一緒ですよ。……わっ、僕シスター・ルースの親戚になるんですね。改めて考えてみると、凄いな」
そこで動じるのね。
気持ちはわかるわ。
「セリオ卿が義孫だなんて滅相もありません。私は神の僕です」
祖母が戻った。
「さて。そういう事でしたら、ここできっぱり決めておいたほうがいいでしょう」
祖母がいつもの調子で何かを宣言しそう。
私は二種類のドキドキを平べったい胸に抱えて、セリオ卿の手を強く握った。セリオ卿は安心させるように、少し力を込めて応えてくれた。
祖母の瞳の奥に、閃光が煌いた。
「あのクソ忌々しいフェンテス伯爵家、及び、アルバ伯爵家との縁を断つのです。ティアに問題がなくとも、あの両家が関わると必ず碌でもない事件が起きます。もう綺麗さっぱりと、今度こそ本気で、絶縁です」
「賛成です」
セリオ卿が即答した。
それから小さな私を見下ろして、真剣な表情でこう言った。
「でも、君の意見を尊重するよ」
「……」
私は驚いたし、嬉しかった。
なので本心で答えた。
「父はどうでもいいし、継母とは元から他人です。でも母はフェンテスの教会で眠っているし、ビビアナは……憎みきれなくて。もちろん倫理観はぶっ壊れていてどうしようもないけど、あの子は、私が死んでも愛してくれるって……」
言っていて、涙が出て来た。
異母妹だけどそれなりに仲良くやっていたし、どうしようもないアルバ伯爵のせいで絶縁なんて……とても割り切れない。
それに、醜聞を撒き散らした上、ここバルラガン修道院で問題を起こしたアルバ伯爵家のお先は割と真っ暗だ。異母妹もその煽りを喰らうと思うと、そこも割り切れない。
「実際、なぜか姉妹仲は悪くなかったようですね」
祖母が真面目に請合ってくれた。
「対象もマタドールに限定されているから、笑えはしますがなにかを危惧する必要はないですよね」
セリオ卿も祖母を後押ししてくれた。
「ですが」
祖母は甘くなかった。
「あの牝ぶ──女豹の血筋はしぶといですよ」
言い直したわね。
セリオ卿の前だから、さすがに言い直したわね、お祖母様。
「苦境に立たされても、きっと逞しく牛男と人生を謳歌し続けるでしょう。あなたが心配する事でもありません。ましてや、関りを持ち続けいざという時には手を差し伸べようなどというような事は罷り成らぬ愚行です。ティア」
「はい」
恐すぎ。
「同感です。ですが、姉妹には違いないんですから、表向きは絶縁して手紙をやりとりするくらいはいいでしょう。人情ですよ、シスター・ルース」
「セリオ卿……!」
ネタを渇望しているんでしょう。知ってるわ。
「セリオ卿がそう仰るなら」
「!?」
祖母が、折れた。
「僕が気をつけますし、今日の件についてはティアの異母妹ビビアナに直接の罪はありません」
種無しって貶したの、あの子だけどね。
セリオ卿は上品で美しいお顔と穏やかな物腰で、すべてを押し通せるようだわ。
「でも、御息女の件はどうします? 改葬もひとつの手段とは思いますが、もしそれを望んでいたならとっくにやったでしょう?」
確かに、そうだ。
私も何度か、母のお墓を祖母のいる修道院に移したらいいのにと思った事があった。
祖母は威厳たっぷりにこう返した。
「絶縁したからと言ってその領地に墓参りしてはいけないなどと、神は仰いません」
祖母は迫力ですべてを押し通せる。
「そもそも、娘は神の元で愛と幸せを抱いて眠りについたのです。私はこうして神に仕え、やがてあの子と同じ眠りにつきます。ティア、あなたがフェンテス伯爵と絶縁したからと言って、フェンテス伯爵領で眠る母親のもとで祈れないなんて事がありますか? あなたは、父親より高い地位につくのですよ?」
「あ」
そうだわ。
うっかりしてた。
「実の父であろうと『用があるのはアナタではなく母親だ、ひっこんでろ』と言ってやりなさい」
「そうします」
解決した。
この結婚と絶縁に、問題なんてひとつもないのだ。
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