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第1章 はじまるまでの5週間

5、たろさんの「堀ちゃんと再会した」話

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「あの頃、『細くて顔色悪いけどこの人大丈夫か』みたいな人とか、『自分からは告白しなさそうな人』みたいな、そういう感じの人がタイプだったんですよ。でもわたしは告白してほしい派なんですよね」

 母性本能をくすぐられるタイプがいいという事なんだろうか。
 しかし堀ちゃん、そこには矛盾が無いか。

「堀ちゃん、それどうにもなんないじゃん」
「ですよねー。もっと早く気付くべきでした。たろさんの好みのタイプはどんな感じですか?」
 お互い酒の力を借りた体であけすけに話せる空気になっていた。

「タイプ、タイプねぇ」
 そう聞かれると返答に困る。

「だって合コンとか多かったんですよね、こう並んだ時に目が行くというか、あるじゃないですか。可愛い系ときれい系とか」
「可愛い系……かなぁ」
 出された二択からとりあえず選んだ。

 この年になると出会いも本当になくなる。
 最近そういった会話が無いのでとっさに答えられずにいると、堀ちゃんが「まさか」という顔をした。

「もしかしていつも女の子から言ってくるから付き合うパターンですか」
「そういう時もあるけど。付き合ってみないと分からないしさ」
「うわ~、さすが」

「出たよ、これ」みたいな言い方だった。
 堀ちゃん、リアルに引くのやめてくれないかな。

「ちゃんとしたお付き合いしますよ、俺は。今は好みのタイプとか贅沢言ってられる身分じゃないんです」
 婚活イベントのような存在も知ってはいるが、そこまでガツガツする気にもなれない。
 多分、最後の無意味な矜持みたいなものがあるんだと思う。
 認めたくないけど。
 堀ちゃんは「またまたぁ」と社交辞令的な返しをしてくれた。

「たろさん、実は『合コンとか行かなさそうな子』がタイプだったりしません?」
 ふと堀ちゃんが衝撃的な一言を発した。

「いやいや、それはないって」
 何を突拍子もない事を。
 否定はしたが、いや待てよ、と思う。

「あーでも確かにそう言われると、そういう子、いいかもしれない」
 というか、男ってみんなそうかも。
 スレてない感があるというか。

「でもそれ言ってたら出会い無くない?」
 堀ちゃんはそれは楽しそうに「ですよねー。難しいもんですねぇ」と笑いながら深く頷いた。
 こんなに充実した飲みは久し振りな気がする。

 日付が変わりそうな時間になって堀ちゃんが「そろそろ」というので一緒に席を立った。
 店に長居していたし、昨今は物騒なので女性を一人で歩かせるのも心配だった。

「忘れてるよ、これ」
「うわっ、やばい、わたし酔ってますかね」
 引き出物を忘れかけたので手に取って声を掛けたら、堀ちゃんはとても恥ずかしそうに「えへへ」と笑った。

 とても楽しい時間を過ごす事が出来たおかげで特に考えもなく、全額出そうとしたら「いやいやいや、めっそうもない」と断固拒否された。
 マスターが笑いながら「女性千円、男性4千円になります」と助け船を出してくれた。

「お気をつけて」というマスターに堀ちゃんは「ごちそうさまでした」と言った後、こちらを見て困ったように笑った。

「ごちそうになります。たろさん、相変わらずですねぇ」

 大通りからタクシーを拾うというので連れ添って歩いたら、ふいに彼女は見上げてきた。
 あれ、この子こんなに小さかったっけ。

「たろさんももう帰られます?わたし東山本なんですけど、おうちってどの辺ですか? 相乗り出来るなら割り勘にしません?」
「あ俺、西山本のあたり。じゃあ途中で降ろしてもらおうかな」
「近くまで回るからちゃんと言ってくださいね。えと、山本タクシーさんいるかな~」
 堀ちゃんは背伸びしてまばらに停まったタクシーを見渡した。

「山本タクシーがいいの?」
 ご希望のタクシー会社があるなんて結構飲みに出てるんだろうか。
 さっきは久々の街飲みだとは言っていたけど。 

「地元のタクシー会社だから家の説明するのがラクなんですよ。昔は地元だと昼料金にしてくれるってサービスあったけど、不景気だしもうやってないかな。あぁ、いないなぁ。電話して来てもらっていいですか? すぐ来てくれると思うんですけど」
 若い頃はこの通りにも客待ちのタクシーが並んでいたがリーマンショック以降、どこも減っている。意外と持ちなおさないもんだ。

 堀ちゃんは慣れた様子で電話し、「5分もかからないそうです。すみません、つきあわせちゃって」と済まなさそうにした。
 慣れたタクシーの方が女の子は安心だろうから、そんな顔しなくてもいいんだけど。

「なんか、さすがって感じだね」
「いえいえ。電話してもらった方が確実にお客さん乗せられるから、いなかったら電話してって、電話番号の入ったタオルもらった事あって。それ以来お世話になってるんです」
 楽しそうに笑っていた。
 さすが元経理部。
 本当にしっかりしている。

 飲み会では釣り用に万札を千円札に崩して持参、会計時には集金してプロの手つきでお金を数えていた気がする。
「清算になると酔いが綺麗に冷めるんですよ。嫌な職業病ですよ」と言っていたのを思い出した。
 年下なのに、とにかくしっかりした子だった。

 ふと会話が途切れた時、なんとなく堀ちゃんの頭に手を乗せてみた。
 タクシーの到着を見るためやや斜め前に立つ堀ちゃんの頭が、自分の胸の高さにあるのを見て、なんとなくそんな気分になった。
 堀ちゃんはしばらくそのまま動かなかったが、やがてこちらに首を回して呆れたような顔をした。

「これ、たろさんの癖ですか。女の子が誤解するから気を付けた方がいいと思いますよ」

 ……あれ、俺、前にもしたっけ?

 ※

 彼女が退職する前の年、クリスマスの日に偶然退社時間が一緒になった。
 いつもは俺が残業で遅いので初めての事だった。
 翌日から出張で、機械を出荷した後だったから早く上がれた日だった。
 次に会社に出社するのは1月下旬の予定で、クリスマスなのに「良いお年を」と言って別れた。

 来年は、もう少し彼女と話してみたい。

 そう思っていたが、年が明けて出張が延びたり、立て続けに次の出張が入ったりして次に堀ちゃんに会ったのは2月下旬だった。
 出張費の精算に行った時、彼女の左手の薬指にはシンプルな指輪が嵌められていた。

「堀ちゃん、年末年始の休みのうちに彼氏出来たってさ」

 俺と高校の同級生であるが、堀ちゃんと同期入社した高田がビッグニュースと言わんばかりに教えてくれた。
 あか抜けてどんどん綺麗になる年頃にもかかわらず、入社以来彼女に浮いた話はなく、だから「来年から」とタカをくくっていたのだ。

 その年の夏、彼女は退職した。
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