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第1章 はじまるまでの5週間

9、第2回 無礼講ですよ <下>

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「たろさんは会いたがりですか? 会わなくてもいい方ですか?」
「そりゃ人並みには会いたいけど。会社が会社だから会えるだけで嬉しい、なんてすごい謙虚になった」
 力なくうなだれるたろさんの様子に笑ってしまった。
 女の子みたいじゃないですか。

「分かります。まぁもともと毎週会わなくてもいい派だったんですけど、社員さん見てて、あんなに仕事してプライベートの時間がない人もいるんだから、ちょっと会えたらそれだけでありがたいじゃん、って思っちゃって。あの会社で余計にそうなっちゃった気がします。ってわたしがこんなにドライでシビアになっちゃったのはあの会社のせいって事ですかね」
 うわ、ちょっと新たな仮定がここに浮上。
 まじでかー

「堀ちゃん、明日の昼間って何か用事あった?」

 って、いきなり恋バナ終了!?
 先輩、まだ足りないっす!
 これからっす!
 後で絶対に蒸し返してやりますから。覚えといてください。

 その聞き方は「なぜ夜になったのか」ですよね。
 そこ突っ込みますか。

 確かに日曜はあの時点では一日予定は空いていた。
 もう予定は入れたけど。

「なんで飲みを希望したかと言うとですね、ここまで来たらもう言っちゃいますけど、わたしの知ってる会社のたろさん、ちょっと怖かったんですよ。男性社員さん同士ではそんな風には見えなかったんですけど、わたしとか話しかけるなオーラというか感じちゃって。でも飲むと話しやすいっていうのが女子の共通認識でして。素面で会って会話が続く自信が全くなかったんですよ」

 「たろちゃんは飲むと面白いねー」と社内恋愛でゴールインし、現在もお勤め中の明子姉さんも言っていたから、間違いない。

「俺そんなだった?」
 たろさんは信じがたいという顔をしていた。
 無自覚だったか。
 そりゃホントに社内恋愛とか無かったのかも。

「もともとこのお店気になってたのでご近所のよしみで誘ってみました。ここからなら簡単に帰れますしね」
「俺、ほんとそんなだった?」
 たろさん、アイデンティティ崩壊ですか、大丈夫ですか。
 この際だ、わだかまりも解いておこう。

「しかもですよ。お互い始めの頃の印象って悪かったじゃないですか。わたしはなんで経理に来てこの人しゃべらないんだろ、って思ってたし、たろさんも高田兄さんに『誰にでも笑って気持ち悪い』って言ってたでしょ?」

 あれはちょっとショックだったけど、先にたろさんを悪く言ったのはわたしだ。
 今なら自業自得だと思える。
 大人になった。

「ちょ、ちょっと待って、俺そんな事言ってないけど」
「まぁ10年も昔の話ですから。わたしが同期の飲みでたろさんの愚痴を言ってたから高田兄さんが気を遣ってと言うか、それか気分を害して言い返したのかもしれませんね。たろさん、高田兄さんと仲いいから。まぁ、みんな若かったですし、そう言われたらわたしも仕事中、笑ってごまかしたりとか思い当たる事ありましたし」

「ごめん、俺ほんと覚えてなくて」
 真剣にたろさんが困惑しているのでわたしも慌てた。 

「あ、文句言ってるんじゃないですよ。なんか誤解が解けたじゃないけど、言えてすっきりしました。ほんと、根に持ってるわけじゃないですからね。て言うか、たろさんが言ったかどうか怪しくなってきましたし。言ってなかったら完全にわたしの逆恨みですよ。こちらこそ古い話してすみませんでした。はい、乾杯」
 カウンターに並んで座っているので、置かれたままのたろさんのグラスに梅酒のロックを軽く当てた。

「わたし変な事ばっかり恐ろしく覚えてるんですよ。高校の時の生物で『オーストラリアにしかいない生物は』って先生に聞かれて『バンビ』って答えた男子生徒いたなぁ、とか」

 たろさんはぐっ、と何かをこらえた。

「『それは小鹿の名前ですねー』って言われてましたけど。中学校の時で友達が俳句で大臣賞か何か取ったんですけど、その俳句も覚えてたり。俳句と言えば、若い頃、会社に不満があった友達が社内の仕事に関する真面目な俳句募集で『早くしろ。そういう事は早く言え』って提出したんですけど、すごくないですか」
 
「ごめ、堀ちゃん、もう勘弁して」
 口元を覆って向こう側を向いたたろさんの声も、肩も震えていた。
 よし、勝った。

「若い時って妙に難癖つけというか、けっこうな毒舌家だったんですよ、わたし。ほんとにあの頃はすみませんでした。まぁ今日もひどい事ばっかり言っちゃった気がしますけど」
「いや、なんか、こちらこそ、すんません、みたいな」
 たろさんも少し、浮上してくれた。

「お互い、この年で会えたから言えるんですよねー」
 うん、お誘いメールが来た時は動揺しまくりの、途方に暮れまくりだったが話せて良かった。
 自然と顔が緩んだのが自分でも分かる。
 こんなに素敵な飲みは久し振りだ。
 ほろ酔いでいい気分になっていると、前を向いて座っていたたろさんが首をかしげるようにこちらを見た。 

「堀ちゃん明日空いてる? 遊びに行かない?」

 本当に、この人は━━なんでそういう事をそんなにナチュラルに言えるのかなぁ!

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