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第1章 はじまるまでの5週間
29、5週目 日曜日 <日曜日になりました>
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「お風呂沸かす」なんて直接的だった気もする。
また耳が熱くなった。
いや、それを言うなら「ちゃんとしてくれる人」ってのも痛い。
痛すぎる。
わたしが言いたかったのは「ちゃんと考えてくれる」的な意味で、「ちゃんと使用してくれる」と言う意味ではなかったんだけど、どう受け止められたのか。
はじめから「ちゃんと考えてくれる」って言えばよかったのに、やらかした。
深く考えず、受け流してくれている事を願うばかりだ。
シャワーでいいと言うたろさんに、「わたしはお風呂派なんです、お湯がもったいないからたろさんも入ってください」と無理やり湯舟に浸かるよう約束してもらう。
ホテル暮らしだとゆっくり湯船につかるなんて出来ないだろうし。
単身者向けアパートの小さいバスタブだからあんまりくつろげないだろうけど、トイレは別だし、シャワーよりは断然マシだと思う。
出張帰りで着替えなどはあるとの事なので、タオルだけ用意する。
新しいタオル、洗っといてよかった。
※
ちゃんと湯船に浸かったらしい。
うっすら上気した頬と、濡れた髪がなんとも……色っぽいです。
おかしいな、たろさん年齢詐称してませんか。
どう見たって四十路前には見えません。
わたしなんて足下にも及びませんよ。
普段はきれい目ファッションのたろさんのスウェット姿もまた新鮮すぎる。
このギャップ。
これはもう、ときめかないわけがない。
出張先にはスウェット持参なんだ。
出張に何を持って行くかなんてあの頃は全く気にしていなかった。
もっと興味を持っておけば面白かったかもなぁ。
切れ長くっきり二重のたろさんが、今日はなんともうつろというか、半分瞼が下がってるというか……かわいい。
「歯磨き、しといた方がいいですよ」
そのまま寝ちゃいそうな勢いなんだもん。
「……堀ちゃんが会社で『かあさん』って呼ばれてた意味が分かった気がする」
「はいはい、お風呂入ってる間、転がっててください」
そう言えばこの間ケーキを食べた時はたろさんが「お父さん」だったな。
お風呂へは、やわらかな抱擁と唇への軽いキスで送り出された。
まったく急がず二番風呂を上がれば、自分のベッドにスリーピングビューティー。
なんという非現実的な光景。
物音を立てないよう注意しながら、そっと近づいてみる。
目を閉じていると親しみやすさが増すなぁ。
普段のたろさんはお綺麗で、いまだに少し緊張してしまうから。
好きな男性の寝顔ってどうしてこうも愛おしくなるんだろう。
掛け布団の上で寝てしまっているので、苦労して布団を引っ張りだして掛けた。
それでも起きないのだから、寝るのが正解だよ、たろさん。
したくない、わけではなく。
それより今は寝てほしい。
こういうのが『かあさん』と呼ばれた所以ゆえんなのかもしれない。
たろさんは「意思を尊重する」と言ってくれたけど、たろさんなら抵抗はない。
うん、我ながら驚くほどに。
何より━━そんな事言ってたらまた出張が入って延び延びになる可能性もありますよ、と思ってしまった。
あり得る話だ。
大いにあり得る話なのだ。
あまりに冷静な自分が女らしさを欠如しているようで、言わないけど。
ふすまを閉めて、ドライヤーで髪を乾かした。
※
「えと、おはようございます」
シングルの布団なのでごく至近距離での目覚めになった。
さすがにこれは緊張する。
たろさんはなにやら恨めしそうな、情けないような、なんとも複雑な顔をしていた。
「初お泊りなのに寝落ちした彼氏を放置した堀ちゃんが可愛さ余って憎さ百倍」
「彼氏だから寝かせてあげたかったんですよ。まさか朝まで熟睡するとは思ってませんでしたけど。もしかして寝たら朝まで起きないタイプですか?」
ベッドに入る時一応寝顔にキスはした。
と言ってもほっぺだけど。
それからドキドキしながら布団に入った。
しばらく様子をうかがって、反応が無いのでくっついて、腕を乗せて抱きしめてみた。
が、まったく起きなかったので、これは爆睡だな、そう確信すると同時に完全に気が抜けた。
その後、我ながら驚くほど簡単に寝付いた。
わたしも究極の選択を迫られたりして疲れていたのかもしれない。
「飛行機で寝なかったのが敗因かなぁ」
たろさんは己の不甲斐なさを嘆くかのように「はー」とため息をついた。
「お疲れさまでした」
布団から手を出して軽く頭をなでる。
いつもしてもらってるように。
たろさんが少し拗ねているのが分かって、少しだけひげが伸びた顎に口づけた。
なんだか気恥ずかしくて、じゃれつくように、軽く食むように、呼び水になればいいと思いながら。
目を見て照れ笑いしたら、それがスイッチだったらしい━━━
そのままするりと抱き締められた。
性急でもなく、本当に自然に。
軽く触れるだけのキスの後、たろさんは少し顔を離すと何とも言えない優しい表情で笑った。
あまりの甘さに、いたたまれずつい視線を外すと今度はおでこ、頬骨のあたりにキスされて、その後の唇へのキスはすぐに深いものになった。
たろさんは、とても丁寧で、とても優しかった。
とだけ言っておきたいところだけど━━━
たろさんも言ってたけど、それとは少し違う意味で聞いた事がある。
「三十代後半位になると抑えられる。自分の快楽より相手を優先」的な事を言ったのはあの会社の猥談仲間の男の先輩だったと思う。
はい、そりゃもう。
いやはや、もうしっかり満足させていただきました、みたいな。
出張明けのお疲れの所、そんなに尽くしていただいて、大変心苦しい物があります。
そしてまさかの着痩せするタイプであらせられましたか。
二の腕の「薄い、けれどしっかりとついた筋肉」がツボでした。
そのまま服も着ずに腕枕とともに抱きしめてくれて、たろさんはまた眠りについた。
自分の傍で安らかに眠ってもらえるのは嬉しい。
穏やかで、優しい時間だった。
今日はのんびりしよう。
たろさんの腕の中にいられる幸せをかみしめながら、わたしもまどろんだ。
また耳が熱くなった。
いや、それを言うなら「ちゃんとしてくれる人」ってのも痛い。
痛すぎる。
わたしが言いたかったのは「ちゃんと考えてくれる」的な意味で、「ちゃんと使用してくれる」と言う意味ではなかったんだけど、どう受け止められたのか。
はじめから「ちゃんと考えてくれる」って言えばよかったのに、やらかした。
深く考えず、受け流してくれている事を願うばかりだ。
シャワーでいいと言うたろさんに、「わたしはお風呂派なんです、お湯がもったいないからたろさんも入ってください」と無理やり湯舟に浸かるよう約束してもらう。
ホテル暮らしだとゆっくり湯船につかるなんて出来ないだろうし。
単身者向けアパートの小さいバスタブだからあんまりくつろげないだろうけど、トイレは別だし、シャワーよりは断然マシだと思う。
出張帰りで着替えなどはあるとの事なので、タオルだけ用意する。
新しいタオル、洗っといてよかった。
※
ちゃんと湯船に浸かったらしい。
うっすら上気した頬と、濡れた髪がなんとも……色っぽいです。
おかしいな、たろさん年齢詐称してませんか。
どう見たって四十路前には見えません。
わたしなんて足下にも及びませんよ。
普段はきれい目ファッションのたろさんのスウェット姿もまた新鮮すぎる。
このギャップ。
これはもう、ときめかないわけがない。
出張先にはスウェット持参なんだ。
出張に何を持って行くかなんてあの頃は全く気にしていなかった。
もっと興味を持っておけば面白かったかもなぁ。
切れ長くっきり二重のたろさんが、今日はなんともうつろというか、半分瞼が下がってるというか……かわいい。
「歯磨き、しといた方がいいですよ」
そのまま寝ちゃいそうな勢いなんだもん。
「……堀ちゃんが会社で『かあさん』って呼ばれてた意味が分かった気がする」
「はいはい、お風呂入ってる間、転がっててください」
そう言えばこの間ケーキを食べた時はたろさんが「お父さん」だったな。
お風呂へは、やわらかな抱擁と唇への軽いキスで送り出された。
まったく急がず二番風呂を上がれば、自分のベッドにスリーピングビューティー。
なんという非現実的な光景。
物音を立てないよう注意しながら、そっと近づいてみる。
目を閉じていると親しみやすさが増すなぁ。
普段のたろさんはお綺麗で、いまだに少し緊張してしまうから。
好きな男性の寝顔ってどうしてこうも愛おしくなるんだろう。
掛け布団の上で寝てしまっているので、苦労して布団を引っ張りだして掛けた。
それでも起きないのだから、寝るのが正解だよ、たろさん。
したくない、わけではなく。
それより今は寝てほしい。
こういうのが『かあさん』と呼ばれた所以ゆえんなのかもしれない。
たろさんは「意思を尊重する」と言ってくれたけど、たろさんなら抵抗はない。
うん、我ながら驚くほどに。
何より━━そんな事言ってたらまた出張が入って延び延びになる可能性もありますよ、と思ってしまった。
あり得る話だ。
大いにあり得る話なのだ。
あまりに冷静な自分が女らしさを欠如しているようで、言わないけど。
ふすまを閉めて、ドライヤーで髪を乾かした。
※
「えと、おはようございます」
シングルの布団なのでごく至近距離での目覚めになった。
さすがにこれは緊張する。
たろさんはなにやら恨めしそうな、情けないような、なんとも複雑な顔をしていた。
「初お泊りなのに寝落ちした彼氏を放置した堀ちゃんが可愛さ余って憎さ百倍」
「彼氏だから寝かせてあげたかったんですよ。まさか朝まで熟睡するとは思ってませんでしたけど。もしかして寝たら朝まで起きないタイプですか?」
ベッドに入る時一応寝顔にキスはした。
と言ってもほっぺだけど。
それからドキドキしながら布団に入った。
しばらく様子をうかがって、反応が無いのでくっついて、腕を乗せて抱きしめてみた。
が、まったく起きなかったので、これは爆睡だな、そう確信すると同時に完全に気が抜けた。
その後、我ながら驚くほど簡単に寝付いた。
わたしも究極の選択を迫られたりして疲れていたのかもしれない。
「飛行機で寝なかったのが敗因かなぁ」
たろさんは己の不甲斐なさを嘆くかのように「はー」とため息をついた。
「お疲れさまでした」
布団から手を出して軽く頭をなでる。
いつもしてもらってるように。
たろさんが少し拗ねているのが分かって、少しだけひげが伸びた顎に口づけた。
なんだか気恥ずかしくて、じゃれつくように、軽く食むように、呼び水になればいいと思いながら。
目を見て照れ笑いしたら、それがスイッチだったらしい━━━
そのままするりと抱き締められた。
性急でもなく、本当に自然に。
軽く触れるだけのキスの後、たろさんは少し顔を離すと何とも言えない優しい表情で笑った。
あまりの甘さに、いたたまれずつい視線を外すと今度はおでこ、頬骨のあたりにキスされて、その後の唇へのキスはすぐに深いものになった。
たろさんは、とても丁寧で、とても優しかった。
とだけ言っておきたいところだけど━━━
たろさんも言ってたけど、それとは少し違う意味で聞いた事がある。
「三十代後半位になると抑えられる。自分の快楽より相手を優先」的な事を言ったのはあの会社の猥談仲間の男の先輩だったと思う。
はい、そりゃもう。
いやはや、もうしっかり満足させていただきました、みたいな。
出張明けのお疲れの所、そんなに尽くしていただいて、大変心苦しい物があります。
そしてまさかの着痩せするタイプであらせられましたか。
二の腕の「薄い、けれどしっかりとついた筋肉」がツボでした。
そのまま服も着ずに腕枕とともに抱きしめてくれて、たろさんはまた眠りについた。
自分の傍で安らかに眠ってもらえるのは嬉しい。
穏やかで、優しい時間だった。
今日はのんびりしよう。
たろさんの腕の中にいられる幸せをかみしめながら、わたしもまどろんだ。
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